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Sad in Satin・後書き

 第3回のシナリオはPabit様より「Sad in Satin」でした。

 Readmeファイルには「貧乏クジを楽しんでください」とありましたし、基本コメディのワースハンターズならゾンビにやられる、あるいは松明を使い切って大パニックとかの方が「らしい」んじゃないかな~とは思ったのですが、……完全クリアで行きたかったんです。

 今回のリプレイでは、実プレイとの差異がいくつかあります。

 第1に依頼を受ける理由ですが、リプレイでは「宿の修理費を払うため」となっておりますが、実際はこんな話はありません。
 ただ普通に依頼を受けます。
 しかもこの修理費に使った1200spは、中身はガルディスとエリカの技能代なんですよね……。
 設定上ガルディスもエリカも該当スキルを「最初から使える扱い」にしてるため、このような描写になりました。
 エリカのスキルはGM屋オリジナル作成であるため、ユーティリティで600sp消費させました。

 第2に洞窟突入時の選択肢。
 逃げて突破する・ゾンビを全部倒す・遠回りする・脱いで入る(特定条件で発生)の4つがありますが、実プレイではどれか1つを選ぶと「キャンセル不可能」なんですね。
 ただワースハンターズの性格を考えると逃げて突破は当然ですが「脱ぐことを検討する」くらいはしそうだなぁと思ったんです。
 そこでリプレイでは「脱ぐ→キャンセル→逃げて突破」ということになりました。

 第3に洞窟での行動について。
 これはもう……、やっちゃいましたw
 シナリオ内でも「松明を投げ込んで先の状況を知る」という話はあったんですが「戦闘中に松明を使用すると先の道へ投げ込んでくれる」というのを完全に失念してたんですw
 なぜ戦闘中に使うという発想ができなかったのかとw
 そこであらかじめデバグ宿でプレイし、地図をメモ帳で作っておき、それに従って逃げて、リプレイでは戦闘中に松明を投げた扱いにする……、なんてことをしました。
 で、リプレイを書いてる最中にふと気になって、デバグ宿で戦闘中松明投げをやってみたら、できてやんのw

 いや、それにしても、レベル2で完全突破はきつかった……。
 実際クリアするまでに途中セーブも挟んで、合計75回はやり直しました……。
 回避が足りないから、別のスキルを買っておいてそれでドーピングを、ってのも考えたんですが、それでもうまくいかない。
 ので、もうね、根性でやり抜きましたよw
 道中の石弓はナオミかガルディスなら実は一定確率で発射可能だった(実際何回かは成功してた)んですが、いくらリプレイにするにしてもやりすぎだと思ったので失敗でいいよなぁと。
「ぶたハンマー」も無視しました。
 誰も使わないだろうしw
 ついでに「川越えで鷹に襲われる」話も盛り込みたかったんですが、さすがに断念しました。
 次回のリプレイでちょっとだけ入れようかなぁ……。

 そしてここまで書いておいて言うのもなんですが、はっきり言ってこのシナリオは実際にプレイする方が面白いです。
 リプレイでももうちょっとドタバタ劇にしたかったんですが……、それはまたの機会にしましょう。

 エリカに習得させた「雷精の掌」はGM屋オリジナル作成のスキルです。
 性能は以下の通り。

・魔法属性、回避属性、沈黙時に使用可能
・精神力+勇猛性
・技能レベル1、使用時の能力値修正無し
・全属性レベル比3ダメージ、肉体属性1ラウンド束縛
・敵単体、成功率修正+1
・キーコード→雷による攻撃、電気による攻撃、魔法、攻撃

 近接攻撃の電撃でスタン効果あり、ってのが欲しくて……。
 接近戦に弱いエリカのほぼ唯一となるであろう近接技。
「超少女明日香」のアレがやりたかっただけなんです……。

Sad in Satin・1←Prev
Sad in Satin・2←Prev

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Sad in Satin・2

「さて……」

 ひと通りの情報を聞き出した冒険者たちは決断を迫られていた。

 冒険者の仕事は端的に言えばゾンビの一掃で、その打ち合わせのために領主邸へ行こうとしている。
 通れる道は依頼目的でもあるゾンビが巣食う洞窟と、遅刻必至の山道のみ。
 普段の装備品はほとんどが質入れされており、今の格好は貸衣装でまともにゾンビと戦える状態ではない。

「選択肢は3つ。ゾンビとの戦闘はできるだけ避け、ひたすら逃げながら突破する。ゾンビ退治が仕事なのでこの際全てのゾンビを一掃してしまう。遅刻は仕方ないとして回り道を通る。ただしいずれのパターンもそれなりのリスクを背負うことになります」

 ひたすら逃げる場合、当然ゾンビからの攻撃は受けてはならず、逆にゾンビに対して――特に接近しての攻撃はしてはならない。
 攻撃によってゾンビの返り血や飛び散った腐肉を浴びてしまえば意味が無いからだ。

 一掃する場合、これは一見特に問題無いように思えるが、今は「まだ依頼の雇用が成立していない」状態である。
 この状況で事前に依頼を遂行してしまえばただの慈善事業になりかねない。

 回り道を通るのは最も安全だ。
 だが時間や礼節にうるさい依頼人のこと、いかなる理由があろうとも遅刻したというだけで報酬ゼロの可能性がある。

 今のワースハンターズにとって最も理想的な展開は当然「服を一切汚さずに、刻限に間に合い、依頼の雇用を完全に成立させ、全てを完璧にこなす」ことだ。
 となれば、選ぶべき選択肢は最初の「ひたすら逃げる」しか無い。
 成功すれば大きいが失敗する可能性は非常に高い……。

 エリカがそう結論付けようとしたその時だった。

「あのさ……」

 ふと名案を思いついたようにジョナサンが指を鳴らす。

「この際さ、服を脱いで行くってのはどう?」

 その発言の内容を理解するのに数秒を要した。

「……はぁ!?」

 突然の提案に理解できないとばかりにエリカは素っ頓狂な声を上げる。

「ち、ちょっと待ってください。脱ぐってどういうことですか!?」
「どういうことも何も、そのままの意味だけど?」

 さも当然と言わんばかりの表情をしたリーダーに女性陣が抗議の声――というか怒号を上げた。

「い、いやいやいやいや! 何を馬鹿なことを!?」
「ふ、ふざけないでよ! なんで脱がなきゃいけないのよ!」
「こんな衆人環視の前で脱げって、頭おかしいんですか!?」
「だってゾンビは上等な服が憎いんでしょ、だったら脱げばいいじゃん?」

 ジョナサンの考えはこうだ。
 件のゾンビは貴族が着るような上等の衣服を憎しみの対象にしており、逆にボロの衣服であれば自分たちの仲間だと思い込む。
 上等の服を着ているからゾンビに襲われるのであれば、その衣服さえ無ければゾンビは襲ってこないということだ。
 話し合いのための貸衣装しか持ってきていない以上、ボロの衣装に着替えるのは不可能。
 であれば、もはや今の衣服を脱いで洞窟を抜けるしかない。

「なるほど、そら名案やな」
「うんうん、オラもそう思うだ。策士だぁ。立派だーよ」

 ジョナサンの「名案」に大工と盗賊が賛同する。
 確かに脱いでしまえば衣服を汚す心配は無いし、そもそもゾンビに襲われない。
 なるほど確かに合理的だ。

 だが女性陣はもちろん、男性陣からも反対が出た。
 エリオットである。

「……私は反対だ」
「え、なんで?」
「当たり前だろうが! 確かに合理的かもしれんがだからってそんな馬鹿馬鹿しい真似ができるか!」
「そ、そうです! いくらなんでも短絡的に過ぎます! その前に男の前で脱げるわけないでしょうが!」

 エリオットに乗る形でナオミも文句をぶつけてきた。
 それはそうだろう。
 うら若き18歳の女性が同じ年代の男の前でどうして進んで服を脱げるというのか。

「なるほど確かにナオミはそぉやな。となると、ナオミさえ解決できればそれでええんやな」
「は? なぜ?」
「そらそぉやろ。エリカとローズマリーはまだ子供やで。別に見られても問題あれへんやろ?」
「問題大アリに決まってんでしょうが! アタシはこれでも16なのよ!」
「私だってエルフ年齢で130歳ですからね!」

 ガルディスの失言とも取れるその言い方に子供扱いされた少女2人は憤慨する。
 当然だ。
 いくら子供だとしても彼女たちは女性なのだから……。

「でもさ、ナオミ。これ以外に確実で、安全で、しかも早い方法が他にあるの?」
「そ、それは……」
「無いでしょ。これがつまりベストなんだよ。だからほらこの際はしょうがないってことで、さっさと裸になっちゃいなよ」
「い、嫌に決まってるでしょう! というか、どうして裸なんですか! それならせめて下着だけでもいいでしょう!?」
「……良くないんだよな、それが」

 そう、ナオミの言う通り「服を脱ぐだけ」であれば最悪は下着だけを身につければそれでいい。
 少なくとも大事な部分は隠せるから。
 だがそうはいかなかった。

 なぜなら、ジョナサンの貸衣装は下着にも及んでいたのだから。

「いや俺もシルクの下着なんて使わなきゃ良かったって思うんだけどさ……」
「ワシもや。ワシなんてサテンの下着やで。見えへんとこまで高級にしたんはアカンかったなぁ」
「見え見えの嘘つかないでください! そんなものまで用立てる貸衣装屋がありますか!」
「そんなこと言われたって、はいてたんだからしょうがないじゃない。っていうか、ナオミも同じのはいてるんでしょ?」
「……は?」
「だって俺たち全員、同じ貸衣装屋から衣装を借りたんだから」
「……!」

 しまった、と思った。
 確かにワースハンターズは全員が同じ貸衣装屋から衣装を借りたのだ。
 高級な下着まで揃える貸衣装屋など無いと言ったが、この男どもがシルクやサテンの下着をはいているということは、必然的に女性陣も同じ素材の下着を身に着けていることになるのだ。

 つまり、ナオミはもちろん、ローズマリーとエリカも「下着まで脱がなければ」ゾンビに襲われてしまうのだ。
 だが……、

「だ、だからってこの状況で脱げますか!」
「そうは言ってももう時間無いんだよ? 俺だって恥ずかしい思いをするんだからここはもう一蓮托生、というか、洞窟もみんな裸なら恥ずかしくないってことで」
「無理なものは無理です! 大体そんなこと言って合法的に私の裸が見たいってだけでしょ、このナンパ男!」
「そ、そんなぁ……」

 当たり前だ。
 いくら服を守るためとはいえうら若き女性が男の前で喜んでストリップショーなど演じられようはずがない。
 現役の軍人として、血と暴力と悲鳴が飛び交う戦場に身を置くのは日常茶飯事だが、だからと言って女を捨てたわけではないのだ。
 ナオミの拒絶は当然のものだったが、せっかくの名案を否定されたとジョナサンはうなだれる。

「せっかくみんなの安全を考えたつもりだったのに……。誠意が通じなかったんだなぁ……」

 今のやり取りのどこに誠意があったのだろう。
 脱衣反対派は揃ってリーダーに冷ややかな視線を送る。

 だがジョナサンはまだ負けてはいなかったらしい。

「……それなら最後の手段。これは言いたくなかったんだけど……」
「こ、今度は何ですか……?」

 うなだれていたかと思えば、力を取り戻したかのようにゆらりと立ち上がるジョナサン。

「なあ、ナオミ。俺たちって何だろうね?」
「……冒険者、でしょうか?」
「そう、俺たちは冒険者!」

 拳を握り締め、今、リーダーの演説が始まる。

「平和に見えるこの世界、だが見えない危険は数多く存在する。その危険に自ら飛び込み、しかも生き残る。それが俺たちの世界、それこそ俺たちのルール、俺たちの生き様!」
「…………」
「そして俺たちの目の前に、まさに危険がある。そこに飛び込み、危険をぶっ飛ばすことができるのは誰だ? そう! 俺たちだ!」
「…………」
「俺たちはそのためにここに来た! そのためにここにいる! ここで怖じ気づくわけにはいかないんだ! たかが服1枚のために目の前の危険から逃げるわけにはいかないんだ! そんなことで冒険者を名乗るわけにはいかない!」
「……言葉はかっこいいんですけども」

 ジョナサンが熱弁を振るう度にナオミの熱は急激に下がっていく。
 無論、ジョナサンがそのことに気づくわけがない。

 そしてそれは、同時にジョナサンの命が奪われる危険性をはらむことになるのだ。

「まあつまり俺が言いたいのはね……」

 そうしてリーダーは女軍人に向き直る。

「選べ! 脱ぐのは誇りか、ふ――」

 服か! と叫ぼうとしたその瞬間だった。

 ジョナサンの目の前で銀のきらめきが横一文字に走った。
 きらめきが消えた後、つやの無い金髪が何本か宙を舞う。

 ナオミの右手に握られた儀礼用の長剣が抜き放たれ、刃の付いていないただの棒のはずのそれが、ジョナサンの髪の毛を斬り飛ばしたのだ。

 銀閃と同時に起こされた極小規模の突風が斬られた髪の毛を吹き飛ばし、静寂が残る。

「…………」
「…………」
「……ジョナサン」
「……はい」
「……次にくだらないこと言ったら、今度はその首を落とすわよ?」

 ナオミから普段の丁寧な口調が抜けていた。
 ワースハンターズの面々は知っている。
 これがナオミの本来の口調であることを。
 そして、今の状況でその口調が出るということは、彼女は本気で怒っているということを。

 彼女が最も嫌う貴族からの依頼に加え、ナンパなリーダーから服を脱ぐように強要された。
 その不満や怒りがついに爆発したのだ。
 これでジョナサンがもう二言三言ほど追加で何かを言っていれば、間違いなく彼の首は刃の付いていないはずの剣で綺麗に斬り落とされていたことだろう。

 ジョナサンの敗北が確定した瞬間だった。
 ただ付け加えるとすれば、この時の彼には実は下心など一切無かったのである……。

*     *     *

「徹底的に避けましょう」

 ナンパ男を黙らせ、自らの裸を守り抜いた女軍人が方針を決定するのにそう時間はかからなかった。

「賛成です。リスクは大きいですが、この状況でとれる最善の手はそれしかありません」
「安全策を採用してほしかったが、仕方ないな……」

 ナオミの言葉に他の面々の賛同の意を示す。
 最初は脱ぐことに賛成していたガルディスも、ナオミのあの剣幕を見てしまった以上、女性陣の意見に従うしかなかった。

「まあ遅刻なんかして仕事がおシャカになったらそれこそ大損だものね」
「大体ここでゾンビ退治なんかしたら慈善事業や。ワシもそれは嫌やで」

 そう、この時点で洞窟内のゾンビを倒してしまうわけにはいかない。
 危機回避のためにある程度は倒さざるを得ないだろうが、勢い余って全滅させるような真似だけは避けなければならないのだ。

「でもさぁ……」

 名案を潰されたジョナサンが洞窟の奥を睨む。

「問題はそのゾンビたちでしょ。全滅させずにどう捌くの。服を汚しちゃうわけにはいかないでしょ?」

 そう、それこそが最大の問題だ。
 ゾンビという魔物は言うなれば動く「死体」だ。
 死んでしまったその肉体は形を維持する力を失っており常に崩壊を続けている。
 そんなゾンビを力任せに殴りつけでもしたら返り血ならぬ「返り汁」を浴びる破目に陥るのは間違いない。
 最悪の手段としてゾンビを倒してしまう場合、その攻撃手段には限りがあるということだ。

 服を汚さずにゾンビを安全に倒すのであれば飛び道具による遠距離攻撃しか無い。
 ワースハンターズの中で遠距離攻撃を得意とするのはエリオットだ。
 彼の操る魔法の矢と氷柱の槍は、対象を認識することさえできれば確実に命中させられる魔術。
 彼こそが攻撃の要となるのだ。
 ただし彼以外にも遠距離攻撃の手段を持つ者はいる。
 ローズマリー・レイドワイズだ。
 先日の戦闘では披露する機会が無かったが、実は彼女も薙ぎ疾風と呼ばれる技を持っている。
 武器を薙ぎ払い不可視の風の刃を撃ち出す魔法剣の一種で、威力こそ並だが超高速で発射される上、込められた魔力により対象に追いすがるため、回避は不可能とされている。
 今のローズマリーが持っているのは愛用のショートソードではなく、ナオミのそれと同じ儀礼用の剣だが、技を扱うのに不自由はしない。
 ただし、それなりに集中が必要になるため、気軽に使えないのが難点だったが……。

 だがこれだけでは足りない。
 それなりに安全な攻撃手段がもう1つ2つ欲しいところだった。

「ん……?」

 その手段を考えているローズマリーの目にある物が映る。
 その視線は大工の男が引いていた荷車に注がれていた。

「その角材って?」
「なんだべ、これがどうかしただか?」
「それ使えるわ。何本か譲ってちょうだい!」

 言うや否や、ローズマリーは角材の1本を荷車から取り上げる。

「ほげっ!? でもそれは領主様の言いつけで買ってきた資材だべ!」
「報酬が入ればそれくらい払ってあげるわよ! で、ガルディス。アンタ、ナイフ持ってるでしょ。貸して」
「持っとるけど、何するんや?」

 言いながらガルディスは服の内側から愛用している細身のナイフを取り出した。
 装備品は全て質入れしてしまったはずなのだが、どうやら彼は万が一を考え、服の中に5本だけ仕込んでいたらしい。

 普段は投擲に使用されるナイフを、ローズマリーは彫刻刀よろしく角材にあてがい、滑らせる。
 長さはそのままに角の部分だけを削り、形を整えていく。
 数分後、ローズマリーの手には元はただの角材だった長物の武器が握られていた。

「はい、ジョナサン。アンタならこれでいけるでしょ?」
「おおっ! サンキュ!」

 ジョナサンが得意とする武器は自身の身長ほどの長さのある棒だ。
 ローズマリーは即席でそれを作り上げたのである。
 狭い洞窟の中では振り回すことはできないが、槍のように突き出せばゾンビと距離を取りながら戦うことができる。

「それにゾンビが相手なら刃物で斬るよりも鈍器でブッ叩く方が有効だしね」
「そういうこったべか……。1本ぐらいなら構わんけんど、それ以上は弁償してもらうだよ」

 幸い角材自体はそれほど高価なものではないらしい。
 それを聞いたローズマリーは続けてもう1本を手に取り、今度は先端の一方を握りやすい形に削り、もう一方は平たくなるように削る。
 出来上がったのは反りの無い「木刀」であった。

「これはナオミの分ね。槍でもいいんだろうけど、使い慣れた形の方がいいでしょ?」
「感謝します、ローズマリー」

 長大な木刀を受け取り2、3度振って感触を確かめる。
 ジョナサンと同じく大きく振り回すのは不可能だが、突きを中心に立ち回れば問題は無いだろう。
 無論これで返り汁を完全に防ぐことはできないが、少なくとも素手で殴り合ったりするよりは遥かにましだろう。

「よし、これで準備は整ったな。後は突破あるのみ!」

 即席の武器を手に今度こそ冒険者たちは洞窟に向き直る。

「逃げる、走る、掻い潜る! 死ぬ気で避けろ! いや、むしろ死んでも避けろ!」

 貸衣装の裾は可能な限りたくし込み、被害は最小限に抑える。
 今回の冒険者は気合が違う。金のために必死で逃げるのだ!

 大工の健闘を祈るという声を背に、ワースハンターズは洞窟へと突入した。

*     *     *

 午後0時35分。
 洞窟の入り口にて、エリカの持つ松明の明かりを頼りに、手頃な石を拾いながらローズマリーがふと思い出したように確認を求めた。

「……ちょっと相談したいんだけど、ここの洞窟って、分かれ道があったら片方はすぐにわかる行き止まり、もう片方は奥に続いてるのが確定してる、だったわよね?」
「あの大工さんはそう言ってたけど、それがどうかしたの?」
「今思ったんだけど、それって問題大アリじゃない」

 ローズマリーの言いたいのは、例えば分岐点でゾンビに襲われた場合、逃げようとして片方の道へ行ったとして、仮にそれが奥へと続いている道であればいいが、もし行き止まりを当ててしまった場合、それ以上は逃げられないということだ。
 しかも襲われている状況で道の奥を悠長に調べている暇など無い。
 2分の1の確率を外してしまえば終わりである。

「素早く奥の状況を確認できる方法があればいいんだけど……」
「じゃあ、松明を投げ込むのは? 少なくとも奥が明るくなれば様子がわかるかもしれないし」

 言いながらエリカは手持ちの松明を確認する。
 荷物袋に入っていたのは5本。
 内2本をそれぞれエリカとガルディスが持つ。

「松明を投げてくれたらアタシが調べるわ。ただし、光源は切らさないようにね」

 ローズマリーが拾った石は投擲用の武器としてガルディスやエリカにも渡される。
 ゾンビに対して石つぶてなど大した対策にはならないだろうが、角材の武器と合わせればある程度はゾンビに対する牽制にはなるだろう。

 松明と石を手にガルディスが洞窟を進む。
 目の前は1本道だ。
 ここは奥の様子を確認する必要は無い。
 奥が三叉路になっていようが、仮にゾンビがいようが確認するだけ無駄だからだ。

 それを証明するかのように奥の部屋からゾンビの咆哮が飛んでくる。

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」
「ゾンビが錦言うなっ!」

 石を投げつけ、ガルディスが正面のゾンビの顔面を潰す。
 これが普段使いのナイフであれば顔面の肉をえぐり取ることができたのだが、洞窟に転がっていただけの石では大したダメージにはならなかった。
 生憎と手持ちのナイフは5本だけ。
 この後どれだけのゾンビを相手にするかわからない状況で、切り札を早々に使うわけにはいかない。

 ゾンビに痛覚は無い。
 殴られ、斬られたところで怯みはしない。
 だからこそ完全に動きを止めるためには叩き潰し、倒してしまうしかない。
 だが今回は依頼内容の手前、倒してしまうわけにはいかない。

「実際に戦ってみるとさ、これホント、キツイね!」

 即席の棍でジョナサンがゾンビを突き飛ばす。
 痛覚のある相手ならば、打撃を与えた箇所によってその動きを止めることができるが、痛覚の存在しないゾンビはどこを殴られようが意に介さず向かってくる。
 そんなゾンビから一切の攻撃を受けないようにするには文字通り距離を離すしかない。
 ある程度は牽制して、逃げるスペースを確保する。
 そのためのジョナサンとナオミだ。

 角材と投石で1、2体ほどは倒してしまい、道を開く。
 その隙を狙いローズマリーが動いた。

「こっちよ!」

 先の道を確認せず走り抜ける。
 松明を投げ込んで先の様子を探りながら進む作戦だったが、体力や精神に余裕のある今は必要無い。
 最初は勘だけで進み、作戦を利用するのは後でいいのだ。

 果たしてその戦略は正しかった。
 追いすがるゾンビを尻目に駆け抜けた先はカーブのある1本道。
 続きの存在する道だった。
 この場にゾンビはいない。

 残してきたゾンビが追いかけてくるが、ゾンビというのは皮膚から筋肉に至るまで腐っているためその歩みは非常に遅い。
 少なくとも今は、投げつけた石を補充する余裕はある。

「とりあえず最初の難関は突破したわね」

 後方のゾンビを気にしながらローズマリーは息を整える。
 洞窟等で主に調査役を任される彼女の精神的疲労は、普段の冒険ではともかく、今回のそれは尋常ではなかった。
 ゾンビとメンバーの動向、松明の本数、洞窟の構造。
 あらゆるものを気にしながら動かなければならないのだ。

「最初の分かれ道で松明作戦を使わずに済んだのは大きいわ。どれだけの分岐があるかわからないもの。だからこの後は遠慮なく松明を放り込んでちょうだい」

 その言葉を受けガルディスとエリカが頷く。
 松明を投げて奥の道を明るくするのは――手元の光源を残す必要があるため――2人の内のどちらかだ。

 左へとカーブする道を抜けると、そこはやはり三叉路になっていた。
 曲がり角を背に、前方と左へと道が伸びている。
 だがその三叉路には今までのそれとは違うものがあった。

「石弓……。なぜこんなところに?」

 発見したエリオットの言う通り、そこには車輪付きの土台に固定された大型の石弓があった。
 1本の矢がすでに装填されており、撃とうと思えば今にも撃てそうだ。

「あの大工のオッサンが作ったんやろか。攻城兵器も作れるとか言うとったし」
「こんな洞窟内で使うとはとても思えませんが」

 軍事的な観点からナオミがガルディスの言葉を否定する。
 車輪の付いた大型の弓というのは、普通、狭い所での対人戦を想定して作られてはいない。
 広い場所で、人間以上の大きさを持つものを攻撃するのに使われるのがほとんどだ。

「50年前の反乱で使われる予定だったものでしょうか。使われる前に生き埋めに遭ったからそのまま放置されたのでしょうね」

 放置された石弓を改めるナオミ。
 もし動くのであれば、これからやってくるゾンビに対する有効な攻撃手段になるだろう。
 ただし、使えればの話だが……。

「その元の持ち主が来たようだ」

 エリオットの言葉に呼応するかのように、4体のゾンビが姿を現した。

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」
「……ッ!」

 お決まりのセリフを叫ぶゾンビの1体に狙いを定め、石弓の引き金を引く。
 だがそこはやはり年代物、引き金は完全に錆びついており動く気配は無かった。

「……やはり無理でしたか」
「50年前のポンコツやからな!」

 ゾンビの攻撃をかわしながらガルディスが前方の通路へと松明を投げ込む。
 投げ込まれた火が、前方の通路が行き止まりであることを教えてくれる。

「前の道はハズレね。残った方を行くわよ!」
「それならちょっと手伝ってもらえませんか?」

 ジョナサンの棒とエリオットの魔法の矢が2体のゾンビを破壊したのを確認すると、ナオミはその場で石弓の車輪を回転させた。

「な、何してんの?」
「これを押すんですよ! これだけ重い石弓です、ゾンビを吹き飛ばすこともできるでしょう!」

 引き金が動かなければ弓は弓としての機能を果たさない。
 だがこの石弓には車輪の付いた台座というもう1つの大きな特徴がある。
 この特徴に最大限働いてもらおうということだ。

 車輪付き石弓を押して、道中のゾンビを巻き込みながら突き進む!

 それができればこの場にいるゾンビはもちろん、次に待ち構えているであろうゾンビも弾き飛ばすことができるだろう。

「動くかどうかわからないでしょうに……」
「おもろいやんけ! 轢き逃げ万歳や、押したるで!」

 こういう突飛な発想には敏感なのがガルディス・ネイドンという男である。
 不安な表情を見せるエリカを横目に石弓に手をかけ、ハーフエルフのそれとは思えない力を込める。

 ジョナサンやエリオットも加わり、数人がかりで押そうとするが、そこはやはり50年物の石弓、そう簡単に動きはしない。
 先程の曲がり角から追いかけてきたらしいゾンビも姿を見せ、状況は非常に悪くなる。だが……。

「おりゃああああああ!!」

 冒険者たちの手によって石弓の車輪は息を吹き返し、自身が取り付けられたものを動かす本来の役目を思い出す。
 その役目を果たさんと、車輪は残る力を振り絞り、その重い体を運び始めた。

 近くにやってきたゾンビを跳ね飛ばしながら。

「ボロは着てても――」
「どけえええええぇぇぇぇッ!!」

 進んだ先には三叉路、そこを陣取るようにゾンビが4体。
 礼服を着た憎き貴族どもを認めた哀れな亡者は、その腐った腕で仇を叩きのめさんと殺到する。
 だが、それがよくなかった。

 貴族どもが押してくる大型のそれ。
 本来自分たちが奴らに叩き込むはずだった車輪付き石弓が逆に自分たちに牙を剥いて襲い掛かってくる!
 腐った体でその牙から身を守ることは不可能だった。
 同胞の1人がその牙の餌食となり、腐ってしまったその身は粉々に粉砕されてしまった。
 牙の方も壁に叩きつけられた勢いで粉々になったようだが……。

 その勢いのまま貴族ども――の姿をした冒険者は残ったゾンビに狙いを定める。
 石弓を押した勢いも手伝ってか、ローズマリーが腰に下げていた儀礼用の剣を逆手で抜き放ち、一気に振り抜く。
 振り抜かれた剣から一陣の風が飛び出し、腐った身に襲い掛かる。
 本来ならば皮膚と肉を切り裂き出血を負わせるのが目的の薙ぎ疾風は、ゾンビの肉体相手には相性が悪い。
 だが撃ち出された風はゾンビを数歩押しのけるには十分な威力を持っていた。

 残ったゾンビも戦士2人の角材攻撃、魔術師による魔法の矢と氷柱の槍でことごとく破壊され、後には石弓によって生み出された砂埃だけが残された。

「って、勢い余ってゾンビやっつけちゃったわよ。ヤバくない?」
「通り過ぎた通路や三叉路にゾンビがまだ残っている。わざわざ戻って掃討でもしなければ十分だろう」

 ローズマリーに答えながらエリオットは荷物袋から松明を取り出し、それに火をつけて右の通路へと投げ込んだ。

「……三叉路。ゾンビが5体いるわね」
「ではそっちが正解ですね」

 荷物袋に入っている残り2本の松明も取り出し、それに火をつけた。
 手元の光源用にエリカが1本。
 投げ込み用にナオミとガルディスが1本ずつ。

「……洞窟の規模と、目的地への距離。次か、次の次くらいで抜けられると見ていいでしょう」

 松明を左手に、角材の刀を右手に、ナオミは右の道を睨む。

「ここまで順調でしたが、まだ油断はできません。何としてでも逃げ切ってみせましょう」

 その言葉に全員が頷き、そして、走り出す。

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」
「しつこい!」

 お決まりのセリフを叫ぶゾンビにナオミの刀が炸裂する。
 服を汚さないように距離を置いた攻撃だったため、無論、大したダメージにはならない。
 続いてジョナサンの棒が別のゾンビを突き飛ばし、エリオット以外の残りの面々が投石を行う。
 ジョナサンに突き飛ばされたゾンビの顔がガルディスの放った石によって砕かれ、その勢いのまま後ろに倒れ込むと、石壁によって後頭部が潰れそのまま動かなくなる。

「生命を摘み取る凍てつく刃よ、彼の者を死の大地へと誘え。凍れ、氷柱の槍!」

 角材と投石の被害を免れたゾンビにはエリオットによる氷柱の槍が突き刺さる。
 魔法の矢と同じく追尾性能を持った冷凍光線が、ゾンビの頭部を貫通する。
 これも本来ならば正常な肉体を持つ生物に対し凍傷を負わせることが可能なのだが、今回に限ってはその追加効果は望めなかった。

 他のゾンビをジョナサンとナオミが押しとどめている間にガルディスが左に伸びる道へと松明を投げ込んだ。

「行き止まり!」

 ローズマリーの声が響く。
 その言葉を確認したジョナサンがゾンビの1体を叩き潰す。
 この場にいるゾンビは残り2体、これならば!

 ゾンビを潰したジョナサンがすぐさま正解の道へと走る。
 その動きを確認した残りのメンバーが続く。
 ゾンビを木刀で牽制するナオミをしんがりに、冒険者はその場から逃げ出した……。

*     *     *

 午後0時45分。

「出口です! 出口に着きました!」

 ゾンビどもを置いて逃げ出した冒険者たちの前に、松明ではない自然の光が見えた。
 天から降り注ぎ、地面に跳ね返って差し込んでくるそれは、間違いなく外の光だった。

「服が汚れたのはいる!? いないわね!?」
「全員大丈夫だ! 外に出て服を元に戻そう!」

 腐臭漂う洞窟を抜けたにもかかわらず、彼らの中で貸衣装が汚れた者はいなかった。
 袖や裾を折り込んだせいで多少は皺ができてしまったようだが、ゾンビの攻撃で汚れるよりははるかにましだ。

 洞窟の外に出ると空気が一変した。
 長雨のせいで湿気った石壁と地面、元は人間だった多くの腐った肉の塊の臭い、それらが完全に一掃された、外の空気。
 生きるとは、まさにこの瞬間を味わうことだ。

 などという私的な感想を考えている暇は彼らには無い。
 時間短縮のために洞窟を抜けたが、それでも多少は時間が経過しているのだ。
 まだ完全に安心はできない。

 全員が互いに衣服の乱れを直し、いざ出発しようとしたその時だった。
 領主邸へと続く道の向こうから男が2人やってきた。
 どちらも50は過ぎているだろうか、頭髪は薄く、髭を蓄えている。
 片方は今の自分たちとほぼ同じ格好――貸衣装などではない、本物の礼服を着用した気品のある男。
 もう片方は類型的な燕尾服と眼鏡で身を整えた男。
 前者を貴族とするなら、後者は執事と言ったところか。

「…………」
「…………」

 洞窟の外で対面した冒険者たちと貴族たちは互いに面食らったような顔を見せる。
 それはそうだろう。ゾンビの腐臭漂う洞窟の前で、綺麗な身なりをした者が顔を合わせるなど、普通なら考えられない事態だ。

 先に口を開いたのは貴族の方だった。

「……私はこの地の領主、ビロードだ。お前たちに質問がある」
「……!」
「お前たちは何者だ。ここで何をしている。まさか屍ではあるまいな?」

 目の前の人物が依頼主たるヘンプ地方領主ビロード公であると理解した冒険者たちの間に緊張が走る。
 馬鹿な、まさか依頼主本人がこんな場所に現れるなど!

「……ご領主様のご依頼にはせ参じた冒険者にございます」

 打ち合わせ通りエリザティカ・レンコップを前に出し、残りの面々は彼女の後ろで跪く。
 この中で貴族――特に今回は礼節を重んじる者を相手にまともに話ができるのはエリカしかいないのだ。

「長雨にて橋が崩れておりましたゆえ、下見も兼ね、屍の洞窟を抜けた次第にございます」
「下見の時間など後でいくらでもあろうに。本当にそれで通ったのか?」

 無論、これはただの方便に過ぎない。
「時間に間に合いそうになかったから」などとは、この場では口が裂けても言うわけにはいかないのだ。

 だがそんな冒険者たちの心情を破壊したくて破壊するようなセリフが執事の口から飛び出した。

「いえ、おそらくは急ぎのあまりここを通ったものかと。約束の時間が迫っております」

 この執事め、余計なことを!
 冒険者たちは口に出さずに毒づいた。
 こちらがどんな思いであのゾンビたちを相手にしたと思っているのだ。

「はて? それにはまだ1時間あろう、わざわざ急ぐ必要もあるまい。だからこそ私は今の時間、会合前に現場の視察ができるのではないか?」
「……?」

 まだ1時間ある。
 その言葉に冒険者たちが驚きの声を上げなかったのは、おそらくは称賛に値する。
 つまりこの領主は、まだ打ち合わせの時間が来ていないから、その時間が来るまでに件の現場を見ておこうとここに来たということだ。
 だがそれでは、自分たちが聞いていた時間と辻褄が合わない。

 その答えは執事の口から語られた。

「僭越ながら、私の一存にて2時の約束を1時と変えて依頼をいたしました」
「…………」
「聞けば冒険者という職に就く者、立ち居振る舞い粗野にして礼節を軽視する者ばかりとか、時間の貴重さを知らぬ莫迦も多いと聞き及びました。いささか不信な者たちです」
「……ッ!」
「万が一にも遅刻などをし、ご領主様が機嫌を損なわれては、その健康に障ると思いまして。ゆえに、1時間早めて知らせた次第にございます」

 この執事め、余計なことを!
 再び冒険者たちは口に出さずに毒づいた。
 確かに冒険者というものはこの執事の言う通り、社会の最下層に属するチンピラ揃い、場合によっては犯罪者まがいの振る舞いを恥と思わず、それどころか誇ってさえいるような輩もいるような手合いだ。
 信用ならないのも無理は無い。
 だが、そんな信用ならぬ連中に依頼を出しておきながら、何という言い草か。

 要は自分たちの都合1つで死ぬほどの苦労をさせられたということだ。
 運悪くその対象となってしまった冒険者たちの間に怒りの炎が燃え上がる。
 それが顕著に表れたのがナオミ・アンダーソンだった。
 腰に差した儀礼用の剣の柄の部分に左手が伸びる。
 左の親指で柄を押し上げ、自由な右手を伸ばせばすぐにでも剣を抜き放てる。
 刃の付いていない偽物の剣だが、目の前のこの絵に描いたような貴族とその手下を殺害するには十分だ。

 それを止めたのは、ナオミの隣にいるジョナサン・グレスティーダだった。
 ワースハンターズの中で最も貴族を嫌っているのがナオミだと知っている彼は、その貴族たちに見えないようにナオミの右手を掴む。

「……ナオミ」
「……ッ!」
「気持ちはわかる。でもここは抑えて。……頼むから」

 隣の者にしか聞こえないその声に、ナオミは引き下がらざるを得なかった。
 確かにここでこの2人を殺してしまうのは簡単だ。
 だが問題はその後だ。
 さすがに立場のある貴族を、一切の大義名分無く害してしまえば、罪に問われるのはこちらなのだ。
 自分だけに全ての責任がのしかかるのであればまだいいが、今は集団で動いているのだ。
 それに、目の前の貴族どもに怒りを覚えているのは彼女だけではない。
 顔にこそ出していないが、他の面々もかすかに体が震えていた。
 それを知ったナオミは剣にかけていた左手を離し、右手にかけられたジョナサンの手を静かに振りほどいた。

「まったく、目に余るお節介だな。しかも黙っておくとは」
「ははっ、申し訳ありません……」

 当然ながら執事に悪びれた様子は無い。
 冒険者を信用していないという部分ではなく、打ち合わせの時間を早め、それを黙っておいたところだけを咎められたのだ。
 つまり、ビロード公としても同じ考えなのだろう。
 冒険者とは信用ならない存在だ、と……。

 ビロード公は複数の冒険者の宿に同様の依頼を出した。
 それはつまり、それなりに使える者であれば誰が来ようと問題無いという意思表示であるが、今回に関してはビロード公は運が良かったと言えよう。
 執事の言う通り、冒険者とは礼節を弁えぬ乱暴者が多く、場合によっては依頼主を殺して金品を奪おうとする殺し屋のような手合いもいるのだ。
 ビロード公の目の前に現れたのが、もしそのような連中だったら……?
 貴族という立場にある者の事だ、万が一目の前の連中に襲われようものなら、おそらくは背後に隠してある私兵集団を差し向けて対抗するだろう。
 そうなれば当然冒険者としては自らの命を守るために必死で戦うことになる。
 どちらが勝つにせよ、血を見ずにはいられない。
 ワースハンターズはそういう意味ではそれなりに良心的な冒険者パーティだった。
 血の気の多い連中ではあるが、必要に応じて忍耐力を見せることができる。
 依頼を受け、最初に目の前に現れたのが、絵に描いたような乱暴者でなかった事が、両者の運命を決定づけたのだ。

「しかしそうなると……、どうしたものかな」

 そんな冒険者たちの心情など知らぬ顔で、ビロード公は思案する。

「普通ならこのような洞窟を抜けるなど気狂いの沙汰に違いないが――」

 言いながら領主は礼服で着飾った冒険者たちを見やる。

「泥1つ付けてないとは、な……」

 その言葉に真っ先に反応したのはエリカだった。
 ここがチャンスだとばかりに、対貴族用の歯の浮いたような美辞麗句を並べ始めた。

「我々にとって、この程度の洞窟は困難などと申しません。暗闇など網の目隠し、屍の歩みなど風に揺れる芦の葉と同じでございます。景色の違いを除けば、石畳の街路を往くのと大した差はありません」
「ほう……」
「その証拠にご覧ください。この場には腐臭を引きずる者も、足を擦った者もおりません。身の程を知らずして自負するものでないことは、見ての通りでございます」

 我ながらふざけたセリフだ、とエリカは思った。
 普段の交渉でもこのような馬鹿馬鹿しい言葉を使うことは無い。
 いかに貴族とは外面の美しさだけに狂喜するものか、これだけでわかるというものだ。
 だがこの場においてはいかに自分たちの存在をアピールするかが重要なのだ。
 そのためならばいくらでも気持ち悪い言葉を吐いてやろう……。

 果たしてその思いは天に届いたらしい。

「ふむ、疑う余地が無い。冒険者たるもの、まさかこれほどとは……」

 言いながら領主はやや後ろに控えた執事に目をやる。

「爺よ、お前の見分も当てにならんな」
「左様にございますな。しかし、むしろ当てにならず良かったように思います」
「そうだな、幸運と言うより他は無い。なんとも良い巡り合わせよ。……しかしそうなると、いささか問題があるな」

 領主の言う問題とはこうだった。
 人の能力には正当な評価と正当な代価が必要で、今回の仕事は銀貨1500枚で依頼したが、目の前の冒険者にはそれでは不釣り合いである。

「爺よ、増額だ。今日の話し合いでは、この報酬についても論議しよう」
「多大なるご厚意、痛み入りましてございます」

 ワースハンターズは確信した。
 自分たちは賭けに勝ったのだ、と。

 領主邸へと向かうヘンプ地方領主ビロード公とその執事に続き、身の丈に合わぬ礼装で身を包んだ冒険者たちはその背を追った……。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:武闘都市エラン
対象レベル:1~10
作者   :飛魚 様
入手場所 :ギルド→作者ホームページ

シナリオ名:Sad in Satin
対象レベル:1~3
作者   :Pabit 様
入手場所 :ギルド→ベクターのダウンロードページ

・今回の収支
所持金  1600sp
支出-   600sp…武闘都市エランにて【盗賊の矢】を購入
  -   600sp…GM屋オリジナル【雷精の掌】の習得分として消費
収入+  2000sp…報酬
支出-    15sp…2本目の角材の購入費として消費
―――――――――
合計=  2385sp

・入手品
(シナリオ開始前)
スキル…盗賊の矢→ガルディスへ
   …雷精の掌→エリカへ

・取得クーポン
全員    …Sad in Satin - 完全突破(+1)

・備考
レベルアップ→エリカ…レベル2ヘ
盗賊の矢、雷精の掌はシナリオ開始前に入手。それらの支出はリプレイでは「宿の修理費として消費」に変更。

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Sad in Satin・1

 冒険者という存在は、全てがそうとは言わないが主に何かと戦うのがその仕事である。
 最も多いのがゴブリンやコボルトをはじめとした妖魔や怪物の類であり、野盗や山賊といった悪党の集団がそれに続く。
 場合によっては自分たちと同業である冒険者や、稀に貴族や王族と事を構えることもあるだろう。

 だが上に挙げたこれらは確かに戦う相手にはなり得るが、必ずしも冒険者にとっての「敵」になることは無い。
 基本的に何でも屋扱いされる冒険者の中には、一切の戦闘行為に参加しない者も含まれるからだ。
 もっとも、そのような存在は業界内では非常に稀なのではあるが……。

 では、世の中にいる全ての冒険者にとって共通の「敵」とは何か。
 特定の攻撃しか通じない幽霊の類か。
 一定の地域を治める領主等の権力者の類か。

 正解は、依頼が来ない事と、それに伴う貧困である。

 冒険者は社会の底辺に位置する存在である。
 一部例外も存在するが、基本的には定職に就かずわずかな金銭を頼りにその日暮らしを余儀なくされているのがほとんどだ。
 外部から持ち込まれる依頼とそれについてくる報酬を頼りに生き永らえている。
 それらが無くなるということは、すなわち死に直結するのと同義なのだ。

 その状況を打破するためにはどうすればよいか。
 さらなる依頼と報酬を自分たちの所に引き寄せるために、冒険者はその大半が力のある者――貴族や王族とのコネクションを求めるのだ。
 それら有力者とのコネが成立すれば、まずその冒険者及び所属する宿は有力者の庇護に置かれる。
 これで他の貴族等から不当な扱いを受けるのを回避することができる。
 自分たちと繋がったその人物の力が強ければ、あるいは評判が良ければ他の有力者からの依頼を受けることも可能になる。
 それこそ場合によってはその日暮らしの冒険者から貴族お抱えの私兵集団へと成り上がることも可能だ。

 食うことに困らない。
 それは多くの冒険者にとっての夢である。

 だが当然ながら冒険者というものはそんな貴族や王族との繋がりなど持っているはずがない。
 極稀に初めから強力な貴族とのコネクションを持っている冒険者もいるが、そのような存在は砂粒の中から1粒の砂金を見つけるに等しいほどの奇跡のようなものだ。
 では、並の冒険者が有力者とのコネクションを持つにはどうすればいいか。

 貴族や王族が自分たちに依頼を持ち込んでくる偶然を待つしかないのだ。

 その日の早朝、冒険者の宿「星屑の夜空亭」はいつになく煌びやかな光に包まれていた。
 築何10年、壊れた箇所を修繕しながら倒壊だけは防いできた宿は、おおよそ金銀財宝のきらめきとは無縁の場所である。
 だがこの日だけは違った。

 宿に唯一所属する冒険者パーティ、ワースハンターズ。
 今日の彼らは、普段の安い布ばかりの格好からは想像もつかないほどに美しく輝いていた。

「おっ、随分めかし込んだな。あの依頼か、ゾンビ退治の奴?」
「そう、その依頼や。わざわざ貸衣装屋に行ってきたんやで」

 見た目が完全に変わってしまった貧乏冒険者の姿に宿の亭主は複雑な表情を浮かべる。
 今のワースハンターズは絹やサテンの布地に金や銀の輝きを含んだ糸の刺繍、金箔や宝石が散りばめられた、高級、いや、高価な服に身を包んでいたからだ。
 普段の彼らの生活態度を考えれば、このような服を着ているところなどまず考えられない。
 いや、それどころか彼ら自身がまずこういった服装をよしとしないと公言して憚らないのだから、それを知っている者にしてみれば今のこの状況は夢か幻にしか映らないだろう。
 彼らの格好を一言で表すのなら、まさに「絵に描いたような貴族」だった。
 どちらかといえば貴族嫌いを主張する彼らがなぜこのような格好をしているのか。

 それは数日前に遡る。

 星屑の夜空亭は冒険者の宿であるが、宿として使われるのは階段を上がった2階部分である。
 下の1階部分は食堂を兼ねた酒場として使われ、その利用者は冒険者に限らない。
 宿に所属する冒険者は当然、別の宿に所属する同業者が気分を変えてとばかりに食事や酒を楽しみに来たり、あるいは交易都市リューンに住む一般市民が外食のつもりで酒盛りに来たりするのだ。

 専門の料理人がいるレストラン等の飲食店と比べれば、さすがに宿で出される料理は質において劣る。
 だがその分それなりの安値で提供されるので、意外と宿に来る客は多い。
 また星屑の夜空亭には他の冒険者の宿とは違う楽しみもあった。

 ワースハンターズの1人、エリザティカ・レンコップ――愛称エリカは冒険者でありながら同時に歌い手も務める。
 片腕に抱えられる小型のハープを弾きながら、世に出回っている既存の歌を歌う。
 その歌を聴きながら飲む酒を楽しみにやって来る客も多い。
 エリカはその性格上ハイテンポの歌は歌いたがらず、どちらかといえばゆったりとしたバラードを中心に歌う。
 複数の楽器を激しく鳴らし合うロックもいいが、静かな音楽と料理を肴に飲む酒もまたいいものだ。
 だが例外というのはどこにでもあるもので、エリカのそうした歌が気に入らないとわめく迷惑な手合いも存在する。

 そしてその日もそうだった。
 どこかですでに飲んでいたのだろう、初めから酔っていた男が数人、客として星屑の夜空亭にやって来た。
 その日も冒険者の傍らの副業として歌っていたエリカだがそのエリカに酔っ払いが絡んだのだ。

「やめろやめろ! そんなチンケな歌で盛り上がるわけないだろ!」
「酒場は男の世界だぞ! 女子供ごときが何いっちょまえにここにいるんだ!」
「ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃねえぞ!」

 もはや後半はただの言いがかりであるが、もちろんそのようなヤジや暴言程度に怯むエリカではない。
 宿に来たばかりの頃であればいざ知らず、今ではそれなりに荒事もこなす女である。
 それらの言葉を無視して歌い続けていると、今度はその態度が気に入らなかったのか、酔っ払いの1人がエリカに詰め寄ってきた。

「おい何様のつもりだこのガキ! 人の親切な忠告を無視するとはどういう了見だ!」

 さすがに目の前にまで来られると演奏を中止せざるを得ない。
 ハープを爪弾く手を止めて、エリカは男に向き直る。
 それと同時に酒場のカウンター、及び酒場内にいるある人物に視線を送る。
 すぐさま視線が返ってくる。
 その視線の意味は、大丈夫だ、という合図。
 それを理解したエリカは静かに口を開いた。

「……別にあなたの忠告が欲しいから歌ってるわけじゃないんですけどね」
「何!?」
「そもそも私がここでどんな歌を歌っているかはみんなが知っている通りです。それを知らずに入ってきてそれで文句をつける方がよほど無礼なのでは?」
「……ッ!」
「まあ、酔っ払い風情に言ったところでどうせ改善なんてするわけないでしょうけども」

 そこまで言ったところで男の手が振り上げられた。
 このまま何もせずにいれば間違いなくエリカに絶対の暴力が浴びせられる。

 だがそれを易々と受け入れるエリカではなかった。
 男の手が振り下ろされる前に、逆に男の懐に飛び込み左手をその腹に押し当てる。
 瞬間、エリカの左手から光が迸ったかと思うと、男の全身が激しい痙攣を起こした。

 冒険者としてのエリカは精霊術師としての役割を果たす。
 そのエリカが扱う精霊術は、力を持った精霊を召喚する「召喚術」ではなく、精霊を自分の身に宿しその力を行使する「憑精術」でもない。
 精霊の力の一端を瞬間的に発現させる「霊験」に近いもので、一瞬だけ精霊を呼び出すそれとは違い、エリカは自らの体でもって精霊の力そのものを操るのだ。
 エリカの手から発せられたそれは雷の精霊の力による電撃。
 どちらかといえば腕力の無いエリカの数少ない近接戦闘の技である。

 酔っ払いの1人がエリカの電撃で倒されたのを見た他の酔っ払いが、仲間の仇だとばかりにエリカに殺到する。
 だがその手がエリカに触れることは無かった。
 男たちが動いた瞬間、酒場内にいた別の冒険者2人がその男たちを殴り倒したからである。
 行動を阻害された酔っ払いたちはそれに激昂し、今度は邪魔者の冒険者に殴りかかる。
 だが所詮は勢いだけがいいだけの素人。
 荒事のプロフェッショナルに敵うはずがない。
 痙攣から復帰した男もまたその戦闘に参加するが、今度は少女から蹴りを食らい酔った頭を揺らされる。
 仲間の1人は金髪の冒険者に頭から投げ落とされ、もう1人は長身の冒険者から顔面に拳を叩き込まれる。

 場違いな酔っ払い3人がふらつく足で酒場内を歩き回る。
 冒険者たちから離れて体勢を立て直さんとたたらを踏んだのだが、それがいけなかった。
 冒険者から離れることには成功したが、今度は冒険者とは関係ない別の客から酒瓶の一撃を貰ってしまう。
 エリカの静かで優しい歌声を聞きにやって来たのにそれを邪魔されたファンからの無言の抗議である。
 それを皮切りに星屑の夜空亭は、小さな闘技場と化した。
 そこで行われたのは戦闘やケンカと呼ぶのもはばかられる、とても醜い乱闘騒ぎだった。

 エリカに防衛の許可を出したのは確かに宿の亭主だが、さすがにこの事態には頭を抱えざるを得なかった。
 当事者であるエリカと、交戦能力の無い宿の娘はすでに退避させたが、残った冒険者と酔っ払いどもは当然乱闘を続ける。
 結果、酒場の備品の半数以上が使い物にならなくなり、宿の亭主はその損害賠償請求に追われることとなった。
 店に来ていた乱暴な酔っ払いを含めた客からは一定量の金銭を求めたが、それでも被害の方が大きい。
 交戦の許可を出された冒険者に罪は無いように思われるが、宿の亭主曰く、

「さすがにやりすぎだ。むしろ乱闘が始まったらそれを鎮圧するのが普通だろうに、嬉々として参加しおって」

 とのことで、さすがに反論できなかった冒険者たちも弁償せざるを得なかった。

 その金額、銀貨にして1200枚。
 こうして彼らは、早急に金策に走ることになったのである。

 そんな中、1つの依頼が舞い込んできた。

「ビロード邸近郊の洞窟に動く屍が出没する。これらの一掃と、事後処理、計画の立案について仕事を依頼する。報酬は銀貨1500枚。500枚は前金として支払う。仕事の詳細と、最終的な雇用の決定については、面談にて話す。×月×日の午後1時に、ビロード邸へ来られたし。なお、時刻と礼節を弁えぬ者は不要である」

 ヘンプ地方領主ビロード公の署名――厳密にはその執事によるもの――が成されたその依頼書は、星屑の夜空亭だけに出されたものではなく、どうやら複数の宿に同時に出されたものであるらしい。
 特定の冒険者を頼ったものではなく、受けてくれるのであれば誰でも良いのであろうそれに、彼らが飛びつくのは必然と言えた。
 公爵からの――それも特に服装や礼儀にうるさいビロード公からの、貴族からの、……依頼。
 女軍人ナオミ・アンダーソンを筆頭として、全体的に貴族嫌いを主張する彼らだが、宿の弁償のために金策に走らなければならない事を考えれば、もはや背に腹は代えられぬとばかりにこの依頼を受けることに決めた。

 それから期日までの数日間、貴族の作法を知るナオミ――から知識を教わったエリカ指導の下、ひと通りの礼儀作法をその身に叩き込み、絵に描いたような貴族を演じられる程度に仕上げたのである。

「依頼書にまで忠告を入れる徹底振りやからなぁ。煩わしいったらあらへんわ」
「まあ、中心になって話を進めるのは私なんですし、とりあえずみんなはそれっぽく見せることに集中していただければと」

 着慣れない礼服を煩わしく思うガルディスをエリカがなだめる。
 普段からお洒落には気を遣うエリカは堂々としたもので、完全に礼服を着こなしていた。
 先日のリヒャルト・フォン・リンツの依頼の時と同じように、エリカが交渉役を担当することになっていた。

「ご苦労な事だ」

 宿の亭主はそんな彼らの姿に苦笑を返した。
 酒場の弁償のためとはいえ不本意なことをさせているのにはさすがに心が痛む、といったところか。

 だがそれにしても、と思う。
 なぜ手持ちの金銭に困っている彼らが、そのような礼服の類を借りることができたのか。
 礼服1着だけでもかなりの金銭を要求されるはずなのだが……。

 それに答えたのはエリオットだった。
 賃借料の確保のために普段着や武具の類を質入れしたのだという。
 エリオットだけは例外で、賢者の杖をその手に持っていたが。

「おいおい……。その格好でゾンビ退治する気か?」
「まさか、交渉の時だけです。前金を頂いたらすぐに払い戻すつもりでいます」

 エリカによればこうだ。
 依頼書には「仕事の詳細と、最終的な雇用の決定については、面談にて話す」とある。
 面談を行った結果、雇われない可能性も出てくるのだ。
 これはつまり、その場でゾンビ退治を行うことを示しているのではない。
 荒事は面談の後、自分たちの雇用が決定してから始まるのだ。

「つまり荒事はもう少し先の話。今日は話し合いだけで日帰り、って事よ」

 エリカの説明をローズマリーが引き継いだ。
 自分たちの実力を考えれば、面談さえ乗り切れば報酬獲得は間違いなしである。

「なんともうまい皮算用だ。1500の依頼となればこうも目が眩むかね」
「いや、目が眩まざるを得ないでしょ、今回は」

 何を言ってるんだ、とばかりにジョナサンが噛みついた。
 そもそも自分たちに原因があるとはいえ、1200もの賠償金を要求してきたのは他ならぬ宿の亭主ではないか。

「まあそれに、わずかな投資で大金御礼、ついでに貴族のコネも付くとなればな。計画、準備、収支計算にリハーサル、戦力分析に対ハイソ用礼儀作法まで徹底したのだ。……不本意ではあるが」

 エリオットが言った通り、不本意ではあるものの失敗する要素はことごとく排除した。
 多少の不確定要素はあるだろうが1000枚の黒字は確実だろうというのが彼らの主張だった。

「……たくましいことで」
「重き暗雲たちこもり、冷たき長雨降り注いだ昨今。青き空、陽光こそ我らが祝福。のみならず、我らがご主人よりお褒めの言葉を授かろうとは。おお、まさに最上の門出!」
「やめんか。全く似合っとらん」
「わはは、そぉやな!」

 徹底的に勉強したのだろう、まったく似合わない口上をこれまたまったく似合わない立ち居振る舞いで披露したガルディスに、亭主は渋い顔を浮かべる。
 もっとも、本人もやりたくてやっているわけではないのだろうが……。

「というかそもそも……」

 メンバーの中で最も嫌そうな顔をしたナオミが苛立ったように口を開く。

「そもそもあなた方が宿で大暴れしなければよかった話でしょうが。いや、金策自体はいいのです。ですがよりによって貴族からの依頼を受けようとは……」
「それはホンマに悪い思てるがな。ただあれはエリカを守るためにやな」
「それは構いませんが、どうせなら酔っ払いどもをまず宿から追い出してですね――」
「文句言うのは後よナオミ。そろそろ馬車の時間」

 不満たらたらのナオミをローズマリーが遮る。
 依頼主のいるヘンプ地方へは馬車でも5~6時間はかかる距離にある。
 今から行けば十分に間に合うが、ここでケンカでもして馬車に乗り遅れてしまえば1000の黒字どころか大赤字間違いなしである。

「昨日おとといの雨で地面がぬかるんでるからな。気をつけろよ」
「そういえばすごい雨だったよね。おかげで礼儀作法の練習も宿の中でしかできなかったし」
「水たまりでも踏んづけて靴や服を汚しちゃったら大変よ」

 無論、そのような事が無いように練習に練習を重ねてきたわけだが、確かにそれは1つの懸念事項だった。
 いくら雨のせいで地面がぬかるんでいたからといって、泥を跳ねさせてせっかくの貸衣装を汚してしまっては意味が無い。

 貸衣装を汚してはならない。
 この事が彼らに多大なる試練を与えようとは、誰も予想だにしていなかった。

*     *     *

 同日、正午。
 ヘンプ地方、領主邸付近の川縁にて。

「……すみません。質問していいですか?」
「却下。余計な質問は禁止だ」
「橋、見当たらないんですけど……」
「そんなもの見ればわかるッ!」
「どうするって言うんですか! 約束の刻限まで後1時間しか無いんですよ!?」
「それをどうするか今考えているんだろうがッ!」

 リューンからの馬車でヘンプ地方までやって来た冒険者たちだったが、彼らの眼前には広大な川が広がっているだけだった。
 本来ならば自分たちは馬車に乗ったままこの川に架けられているはずの橋を渡り、約束の午後1時より20分も前に領主邸に到着しているはずだった。
 だが目の前に橋は無く、橋の向こうまで運んでくれるはずの馬車もとうにどこかへ行ってしまっていた。
 普通ならば別の道を通って領主邸の前まで馬車を走らせるものだろうが、乗ってきた馬車の御者はこの惨状に表情1つ変えず、これ以上は進めないから降りろとばかりに冒険者たちを降ろしたのである。
 当然冒険者としては文句の1つでもぶつけたかったが、その前に御者は当然のごとく冒険者たちを無視していずこかへと走り去ってしまったのだからタチが悪い。

「間違いなく長雨のせいだよね。あの雨で川が増水して橋が流されちゃったんだよ」

 呆然とした顔のままジョナサンが状況を考察するが、そのようなことは言われずとも誰もが理解していた。
 今必要なのは、いかにしてこの川を越えて、その向こうへと辿り着くか、その手段である。

「……泳いでいくのは却下よね」
「流れが速すぎるから当然ね。それに貸衣装に泥水を浴びせるわけにもいかないし」
「水の精霊に頼んで流れを抑えてもらうとかできないの? あるいは風の精霊に頼んで空を飛ぶとかは?」
「……昔の私ならできたと思うけど、今は無理よ」

 エリカは精霊術師である。
 その力を利用して自然界に存在する精霊に働きかけ、自然の流れを操作することはできなくはないだろうが、とある事情により今のエリカにはそれだけの力を振るうことは許されなかった。

「となれば、回り道しか無いわよね……」

 げんなりした顔でローズマリーが呻く。
 確かに川の流れを無視できる迂回路を探し当てれば、少なくとも身に着けている礼服を汚さずには済む。
 だがそれでは当然、刻限を大幅に過ぎてしまう。
 事情が事情だけに多少の遅刻は許されても良いとは思うが「時刻と礼節を弁えぬ者は不要」と依頼書にあったことを考えれば、

「いかなる事情があろうとも約束の刻限に間に合わなかったのは事実。第一、長雨で橋が流されていることも想定した上で行動するのが人として当然というものだろう」

 と無茶な言いがかりで断罪されてしまうのは目に見えている。

 となれば、まずは聞き込みである。
 幸いにも自分たちがいるのはヘンプ地方の中。
 であれば、土地勘のある者が近くにいるかもしれず、その人物から最適な迂回路を聞き出せるかもしれない。
 場合によっては船を借りるのも手だ。

 そうして聞き込みを開始しようとした時だった。

「あんれ、おめぇら何してるだ?」

 立ち尽くす彼らの所に男が1人やって来た。
 大量の角材が載った荷車を引いているところから、どうやら大工であるらしい。
 聞き込みの手間が省けたとばかりに、冒険者たちはその大工らしき男に殺到した。

「ななな……、なんだべ、おめぇら?」
「ここの領主、ビロード公に用があるんだ。ただ橋が無くて困っててさ、他の橋とか知らない?」
「領主様に? ははぁ、あんたらがゾンビ退治に来るっていう……」

 ジョナサンの一言でどうやら男の方も何かを察したらしい。

「冒険者よ。自己紹介はまた今度ね。約束まで1時間しか無いの、下手すれば遅刻しちゃうわ」
「そりゃ大変だべ。うちの領主様は時間にお厳しいからなぁ、遅刻しようもんなら門前払いもおかしくないべ」
「だから聞いてんのよ。船を持ってる人を紹介してくれてもいいケド?」

 そんなローズマリーの問いに男は無理だと返した。
 橋が無いこの状況では1時間で川向こうまで行けるような道など無く、まして川を渡れるような船を持っている者もいないという。

 そして当然そのような返答に満足するローズマリーではない。
 低い身長を精一杯伸ばして男に掴みかかる。

「だから時間が無いって言ってんでしょ! 何でもいいから思いつきなさいよ!」
「こここ、怖い顔してもダメなもんはダメだべ。川に流されるまでここにあった橋が唯一だったべさ。他の方法なんて無えべ」
「だからそこを何とかって言ってんのよ! わかるでしょ!?」
「わ、わかるけんども……」

 そこまで言って男はふと思い出したように言った。
 厳密には川を渡る方法が無いこともないそうだ。
 もったいぶらずに教えろと迫るローズマリーの気迫に負けて、男は観念したように話し出した。

 使えるルートは2つ。
 その内1つはずっと遠い川の上流にあり、そこへ行くには長い山道を歩かなければならない。
 かなりの大回りになってしまい1時間では到底間に合うわけがない。
 まして普段の冒険者としての格好であればいざ知らず、現在の彼らの格好は全身礼服の絵に描いたような貴族である。
 山道を歩くのは諦めるべし、というのが男の結論だった。

 ならば問題は残ったもう1つのルートである。
 そちらはどうも上流に向かって10分程度の所にあるそうで、そちらから行けばおそらくは時間に間に合うそうだ。

「だったら決まりね! アタシたちには文字通り他に道が無いのよ、早く案内してちょうだい!」
「ほ、本当に行くだか? オラは構わんだけんど……」

 小さいのに怖い女の子だ。
 領民の男はやれやれと冒険者たちを該当の場所へと案内する。

 道すがら聞いた話では、この男はやはり大工であるそうで、今は橋を架けるための角材を運んでいるところだったという。
 今より水が引けば彼が橋を架けるそうだ。
 何でも彼は代々この領内で大工をやってきたエリート中のエリート大工だそうだが……。

「自慢のノコギリさばきに奥方はみんなイチコロだべ。ハッタリかまさず揺り籠から攻城兵器まで何でも作ってみせるだ。でも結婚だけは勘弁だぁ」
「どぉでもええわ」

 かなり無駄な情報を聞いてしまったとばかりにうんざりした表情を隠さないガルディスであった。

 午後0時15分、川の上流にある丘の麓に到着した一行の前に洞窟が見えた。
 この洞窟を抜ければ川向こうに出られるとのことだそうだ。

「何よ、こんな便利なものがあるなら最初から言いなさいよ」

 喜色満面といった様子のローズマリーに、先程まで詰め寄られていた大工の男が安堵の息を漏らした。

 確認したところ、この洞窟はさほど複雑な構造をしておらず、分かれ道こそあるものの基本的に一本道であるため迷うことは無いという。
 仮に片方の道が行き止まりであれば、もう片方の道は確実に繋がっている。
 逆に片方の道が繋がっていれば、もう片方の道は確実に行き止まりということだ。

「それなら大丈夫ね。ありがとう、助かったわ」
「あっ……、だどもこの洞窟は……」

 言いながら冒険者たちは意気揚々と洞窟へと向かう。
 この洞窟を抜けさえすれば打ち合わせの時間に間に合う。
 間に合えばエリカの交渉で間違いなく好条件を引き出せる。
 すなわち、多額の報酬をせしめることができるのだ!

 大工の男の言葉を完全に聞き流し、ワースハンターズは確実に辿り着ける理想郷へとその1歩を踏み出した。

 ……その時だった。

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」

 突如、洞窟の奥から襲い掛かる叫び声!
 当然その標的となったのは金銭に目が眩んだ哀れな冒険者ども!

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」
「ん゛あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 情けない悲鳴を上げるジョナサンを先頭に、冒険者たちは入り口の外までそれはそれは見事な全力疾走で帰ってきた。
 山歩きに不向きな礼服を着用した状態にも関わらず、普段と変わらないかそれ以上の速度で彼らは叫び声からの逃走に成功した。

 息も絶え絶えに入り口まで引き返してきた冒険者を待っていたのは、大工の暢気な労いの言葉だった。

「良かったぁ、無事だったべか」
「ふ――」

 真っ先に息を整えることに成功したのはローズマリーであった。

「ふざけないでよっ! ゾンビがいるなんて聞いてないわよッ!?」
「そりゃそうだぁ、オラだって聞かれてねぇ」
「…………」

 大工の男の涼しい返事に、ローズマリーは逆に何も言えなくなった。

 ひとまず冷静になり、エリカが代表して大工の男の話を聞くことにする。

「この洞窟、ゾンビが出たということは……」
「多分、ご推察通りだべ。あんたらの仕事現場だぁ」
「……他に道はありませんか?」
「さっきも言うたべさ。短いのはここだけだぁ。別の道は大回りになるだ」

 最悪だ……。
 この場にいる冒険者の誰もが同じことを考えた。
 約束の刻限は迫っているため、大回りはできない。
 しかも今回自分たちは通常の装備のほとんどを質入れしてしまっているため、およそ戦闘が可能な状態ではない。
 ナオミとローズマリーは普段使いの武器の代わりに儀礼用の剣――ただし刃の付いていない完全な飾り物である――を持っており、戦力に欠ける。
 魔術師のエリオットだけが魔術師のシンボルとして杖を持つことが許されているが、明確な戦闘力はそれだけ。
 つまり、目的達成のためには、このゾンビが群がる洞窟を、ほとんどの戦闘を無視して一切の無傷で突破しなければならないということだ。

 どう考えても不可能事だと思うが、それでも何かしらの打開策を求めて大工の男から情報収集を図ることにする。

 男の話をまとめるとこうだ。
 今から50年前、現在のビロード公から数えて先々代の領主が地方を治めていた当時、領民の反乱が起きた。
 それというのも、領民は重い税を課せられ、当然それに対する慈悲は無く、身につけるものはボロ布のみという有り様で、しかも当時の領主は自分の服だけは立派に飾っており、こう言い放ったそうだ。

「麻が無いなら繻子(サテン)を着ろ」

 当然、領民はそれに反発。
 反乱も起きようというものだ。
 そして洞窟のゾンビはその当時の反乱を起こした領民たちなのだという。
 その当時も今日のように長雨の上がった後で、今日の日と同じく橋が崩れていた。
 襲撃をかけようとする領民たちは、今の冒険者と同じく目の前の洞窟を使って領主邸へと向かおうとしたのだが、その時に土砂崩れに遭ってしまったそうなのだ。
 領民たちは当然生き埋め。
 それから50年の時が経ち、溜まりに溜まった怨念が彼らをゾンビとして蘇らせたというわけだ。

 洞窟のゾンビたちはその当時の怨念によって動いている。
 そのゾンビたちには非常に変わった特徴があった。
 衣服に対する執着心である。
 反乱の引き金となったのは何よりも上記の領主の一言だ。
 だからこそ、今の冒険者たちのような上等の服を着ている者に対し激しい怒りをぶつけてくるのだ。
 逆に言えば、ボロを着ていれば仲間だと思い込んで何もしてこないということなのだが……。

 だがここで疑問が湧いてくる。
 当時の領民たちはこの洞窟を抜けようとして土砂崩れに遭った。
 であれば、その当時と全く同じ状況である今、この洞窟を抜けようとする自分たちが土砂崩れに遭う可能性があるのではないか。
 だがその疑問は大工の男によってあっさりと解決した。

「土砂崩れなんて起きるわけねぇだ。ほれ、見ればわかんべ」

 言われて洞窟を改めて観察する。
 なるほど、確かに洞窟は土よりも岩で固められた頑丈な造りになっており、そう簡単に崩れる心配は無さそうだ。

「でも50年前は土砂崩れが起きたんですよね、雨のせいで?」
「誰も『雨のせいで』なんて言ってないだ。まあ、表向きはそうだけんど」
「……ああ」

 その言葉でエリカは理解した。
 なるほど、確かに土砂崩れを起こせるのは自然や神様だけではない。
 知識と技術さえあれば誰にでもできるということだ。

 当時の状況と、目の前に広がる状況、そして今回出された依頼の内容を照らし合わせれば、1つの答えが見えてくる。
 なぜヘンプ地方領主ビロード公がこのような依頼を出したのか。
 そしてなぜ依頼内容にゾンビの一掃の他、事後処理、計画の立案まで含まれていたのか。

「今の領主様は厳しいだども、理解はあるお方だべ。でなけりゃ50年前に反乱した領民を供養しようなんて考えないべさ」
「……要は50年前の尻拭いを自分に代わってしっかりやれと。こんな馬鹿げた騒ぎになると考えもせずに、ですか」
「……この娘っこ、なんか妙にピリピリしてんなぁ」
「最近ストレスが溜まってるんです。そっとしておいてあげてください」

 目の前の若い女が貴族嫌いであるとは知らぬ大工に、妖精の娘は苦笑いを浮かべるしかなかった。

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家宝の鎧・後書き

 第2回のシナリオはgroupAsk様より「家宝の鎧」でした。
「豚が爺様の鎧を着とるっ!!」はカードワース史に残る名言の1つではないでしょうか。

 さてこのシナリオについて思うことがあるのですが、このシナリオではリヒャルトの事を一貫して「リヒャルト卿」と表記しており、登場人物もリヒャルト卿と呼んでいるんですね。
 ただ実は私、この呼び方にどうも違和感を覚えてしまうんです。
「〇〇卿」というのは言うなれば貴族や騎士に対する敬称なんですが、この手の敬称って「名前」の方につけるものなんでしょうか。
「先生」とか「捜査官」とかの広義の敬称は大抵は「名字」の方につくはずですし(親しい間柄だったら名前の方につけることもあるでしょうが)。
 銀河英雄伝説の短編ボイスドラマでもオスカー・フォン・ロイエンタールが「こちらのミッターマイヤー卿が(フルネームはウォルフガング・ミッターマイヤー)」と言っていたので、どうしても「名前の方に卿をつける」というのがなんとなく嫌なんです。

 そのため、リヒャルトに対する呼び方はこのリプレイではほとんど明記しておりません。
 せいぜいナオミの「リンツ卿」とかガルディスの「おっちゃん」程度です。
 また今後のリプレイに関しても似たような表記になると思いますので、悪しからず、ご了承願います(もしかしたら私の、ひいては銀英伝での言い方が実は間違っている、という可能性もあるでしょうがw)。

 後、エリオットで妙な設定が出てきましたがこれに関してはシステム的にどうこうするつもりはありません。
 あくまでも文書表現を盛り上げるためのフレーバーでしかありませんので……。

ゴブリンの洞窟←Prev

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家宝の鎧

 冒険者と呼ばれる連中のそれぞれの生い立ちや経歴は様々である。
 貧乏な村に生まれ口減らしのために、あるいは自ら村を出て食べていくためになった者。
 名のある貴族や王族の出だったが落ちぶれてしまい、行く当ても帰る場所も無くなってしまった者。
 自身の目的を果たすのに冒険者という立場がちょうど良いと思う者。
 特にこれといって特長らしいものは無いがわずかな可能性に賭け一獲千金や大出世を狙う者。
 冒険者になるしかなかった者もいれば、自ら冒険者になりたがる者もいる。
 いずれにせよ共通しているのは、正規の役職に就けなかった者であることだ。
 大手を振って自慢できる何かに就けるほどの者が、社会の最底辺に属するチンピラ、ゴロツキまがいの冒険者になりたがる訳は無かった。
 もしいるとすれば、やはり何かしら問題のある人物ということだ。
 無論、本人にその自覚は無いだろうが……。

 冒険者の宿に持ち込まれる依頼は多岐にわたる。
 妖魔退治、動物の捕獲、植物の採集、遺失物や行方不明者の捜索、要人の護衛、あるいは、……殺人。
 冒険者の依頼は原則として冒険者の宿の経営者が事前に調査を行い、依頼主や内容が信頼に値するかを見極める。
 その後、実際に依頼を受諾する冒険者に仲介が行われる。
 経営者の方で裏が取れなかった場合は冒険者自身がそれを行うこともある。
 時と場合によっては、経営者を仲介せず冒険者自身が依頼を受けてしまうこともある。
 もちろんこの場合は宿の仲介が無いために、宿の方に仲介料が発生しないので、経営者としては可能な限り避けたい案件であるが。

 冒険者とは社会の最底辺の存在だ。
 普通なら社会によって駆逐されてしかるべき汚物そのものとして扱われるのだが、そんな汚物に依頼を持ち込む者がいる。
 それは農民であったり、街の一般市民であったり、何かしらの職に就いた職人の類であったり、自警団や治安隊のような組織であったり、はたまた名のある貴族や王族からであったり……。

 星屑の夜空亭も例外ではなく、取り潰しの憂き目に遭いかける以前なら、それなりに売れている冒険者を求めて、様々な立場の者から多くの依頼が入ってきたものだ。
 だが今はかつての栄光も空しく、依頼らしい依頼が入ってこない。
 今でこそ所属する冒険者たちのおかげで取り潰し手前のところで踏みとどまっていたが、これもいつまで続くやらわかったものではなかった。

 前回の妖魔退治から2週間ほど経った頃、そんな星屑の夜空亭に新たな依頼が舞い込んできた。

「求む、勇敢なる戦士。私用にて人手を必要としている。怪物との戦闘が予想されるため、勇気ある戦士を募集する」

 内容の下方、依頼主の欄には「リヒャルト・フォン・リンツ」という名前が書かれていた。

「亭主、この依頼書だが……」

 先日の依頼で手に入れた賢者の杖を手に、エリオットが壁に張られた依頼書を確認する。

 先日の主にゴブリンを対象とした妖魔退治において報酬として提示されたのは銀貨600枚だったが、それとは別におそらくゴブリンが溜め込んでいたのだろう銀貨200枚と賢者の杖という魔術発動体が見つかった。
 後日、依頼主の農民たちに確認したところやはりこの両者は農家の持ち物ではないことが判明したため、そのまま冒険者――ワースハンターズの収入ないし所有物として扱われることとなった。
 銀貨の臨時収入はもとより、彼らが喜んだのは杖の方だった。
 術者の集中と魔術の構成を補佐する魔術が組み込まれたこの杖は、魔術師であるエリオットにとって強力な武器となる。
 魔術師学連に所属していながら杖の1つも持とうとしなかったエリオットだが、さすがにその態度を改めたのか、今の彼は大人しく杖をその細い指の中に収めていた。
 その代わり、それまで使っていた武器の弓矢は彼の部屋に放置されていたが……。

「ああ、その依頼な。リヒャルト・フォン・リンツというのは王国騎士団に所属する騎士さんだ。なんでも、長く使っていなかった山荘の大掃除を手伝ってほしいとか何とか……」
「大掃除ぃ~?」

 近くのテーブルでエリカとチェスに興じていたローズマリーが前回と同じく不満げな声を上げる。
 自分たちは冒険者であって掃除屋ではないと言いたいのだろう。

「掃除というが、依頼書には『怪物との戦闘が予想される』と書いてあるぞ」
「えっ、そうなの? エリカ、確認してきたら?」
「その間にこっそり駒を動かすつもりでしょ、乗らないからね?」
「チッ……」

 依頼書の方に見向きもしないエリカに舌打ちを返し、ローズマリーが依頼の再確認を求める。
 チェスは圧倒的にエリカが優勢だった……。

「依頼書には戦闘を想定した戦士を、だが亭主からは大掃除という単語が聞こえた。大掃除という名の怪物退治というのが妥当な線だろうが……」
「わしもそこを確認しようと思ったんだが、どうも先方は焦っているようでな。うまく確認できなかったんだ」
「亭主が確認できないほどに焦っていた?」
「とにもかくにも受けてくれる冒険者を、ということだったから……。わしが説明するより、本人に直接聞いた方がいいだろう」
「どう思う、ジョナサン?」

 カウンターテーブルでのんびりと紅茶を楽しんでいるジョナサンに問いかける。

「相手が騎士団の騎士さん、っていうのがなぁ……」
「嫌なのか?」
「いやまあ騎士だからダメ、っていうわけじゃないんだけどね。ただほら、騎士とか貴族とかって作法にはうるさいでしょ、そういうのがどうもね?」
「冒険者に依頼するくらいだから、その辺りは特に考えなくともよさそうだが……」
「そんなわけないでしょう」

 魔術師とリーダーの会話に割って入ったのは軍人の女だった。

「貴族というものは悪意と傲慢が人の形をしたものです。自らの地位や権威を見せつけたいがために冒険者に依頼を持ち込むということも考えられます。冒険者とは所詮チンピラやゴロツキと同程度の存在。そういった存在を嘲笑いたいために、わざわざ依頼してくるんです。私たちはストレス解消の玩具(おもちゃ)としか思っていませんよ」
「……お前さん、かなり貴族に偏見を持ってるな」
「事実ですから」

 ナオミは北国の出身で、その国はいわゆる貴族社会だ。
 その貴族から財産と両親を不当に奪われたナオミにしてみれば、地位と権力のある騎士や貴族といった存在は憎むべき敵になるのだ。
 そのような事情を知っているからこそ、亭主は苦笑いを浮かべるだけに留めた。

「まあナオミの気持ちはわからんでもないが、今回はそういった心配は無用なんじゃないか?」
「と言いますと?」
「リヒャルト・フォン・リンツという名前をわしの方でも調べてみたんだがな、どうやらその人は王国騎士団でも下級騎士だそうだ。お前さんが嫌う爵位を持った上位の貴族とはまた違う存在というわけさ」

 リヒャルト・フォン・リンツ、44歳。
 王国騎士団に所属する下級騎士で、勇敢ではあるが冷静さに欠け、騎士の例に漏れず非常にプライドが高い男。
 亭主が仕入れた騎士に関する情報がこうだった。貴族というものは非常にプライドが高く、自分より下位の者を蔑む傾向が強い。
 だがそんな貴族でも下位の者はむしろ蔑まれる立場にあるから、そういった者なら冒険者に偏見を持つ事は無いはずだ、というのが亭主の言だ。

「まあ実際に話を聞いてみて、それで気に入らなければ断ればいいさ。今回はまだ仲介料を貰ってないから、断ったところでこっちの損失は無いに等しい。騎士さんの家まではここからそれほど遠くないし、行ってみたらどうだ?」

 その言葉が決め手となり、ワースハンターズの面々は騎士の家へと向かう事となった。
 ただ、ナオミは嫌そうな顔を必死に隠そうと努力していた……。

*     *     *

 件の騎士が住むというマタタビ通り7丁目といえば、星屑の夜空亭から歩いて10分とかからない場所である。
 目玉となる冒険者がいない星屑の夜空亭に、いくら下級とはいえ騎士からの依頼が来るというのは少々気になるところだったが、徒歩でさほど時間のかからない場所からとなれば、前回の妖魔退治と同じく「手近な冒険者の宿にとりあえず依頼を出した」程度のものでしかないのだろう。

 目的の住所にたどり着き、エリカが扉を叩く。
 交渉する相手によっては別の者が担当するが、基本的には彼女が交渉を担当することになっていた。
 交渉担当がエルフというのは、特に人間の貴族などに悪印象を持たれそうなものだが、ワースハンターズの中でまともに――というか丁寧に交渉ができそうな者はいないも同然だったので、自然とエリカが交渉を務めるようになったのだ。
 そのために彼女は、普段はそうでもないが交渉相手により自身の長い耳を隠すためにバンダナを頭に巻くようにしていた。
 プラチナの長髪である程度は耳を隠すことはできるが、念には念を入れて、である。

「どなたじゃな?」

 扉から現れたのは灰色の髪に同じ色の口ひげを蓄えた中年の男だった。
 騎士と呼ぶには服装が一般市民のそれに近いが、この男が依頼主だろうか。

「私たちは、星屑の夜空亭からやって参りました冒険者です。依頼書を拝見して……」
「おぉ、あんたらが。わしが依頼人のリヒャルトじゃ」

 どうやら目の前の男性は依頼主だったようだ。
 一見、騎士のようには思えないが、さすがに四六時中、騎士らしくしているわけにもいかないのだろう。

「じゃ、早速じゃが仕事の話をさせてもらおう」

 リヒャルトに家の中に入るよう促された冒険者たちは、そのまま居間らしき部屋に通された。
 交渉役のエリカを対面に座らせ、彼女の隣にはナオミとエリオットが控える。
 残りのメンバーは3人の後ろで待機する形だ。

 リヒャルト・フォン・リンツの話では、彼は北の山に亡くなった祖父から譲り受けた山荘を持っており、そこを人を雇って管理させていたという。
 王宮勤めの身では直接足を運ぶこともままならないからだ。

「ところが最近、その山荘にわしの留守を良いことに、下等な妖魔どもが棲みついてしまったらしいんじゃ」
「妖魔、ですか……」
「まったく、管理人の職務怠慢としか言い様が無いが、今さら言ってもしょうがあるまい」

 そこで近く妖魔退治を行うと決めたのだが、彼1人では戦力としては心許ない。
 下級騎士であるが彼には部下がおり、その部下を妖魔退治に駆り出すことも考えはしたが、私物の山荘の妖魔退治――要は私用であるがゆえにそれは不可能である。

「そこであんたら冒険者を雇おうと思ったわけじゃよ」
「なるほど。大掃除と聞きましたが戦士が必要というのは、そういう事だったのですね」

 宿でエリオットが想像した通り、今回の依頼は「大掃除という名の妖魔退治」であったようだ。
 それならば文句は無いとばかりに後ろで待機しているローズマリーは微笑んだ。

「報酬として銀貨800枚を用意しておる。どうじゃろう、引き受けてもらえるかな?」
「その前に確認なんですが……」

 結論を出す前にエリカが詳細の確認を求める。

「下等な妖魔ということですが、具体的にはどのような妖魔でしたか?」
「ふむ、管理人の話では豚のような顔をした人型の魔物、とのことじゃったな」
「……オークか」

 オーク。
 妖魔の中でも鬼族と呼ばれる類のもので、その中でも下級。人間の成人男性ほどの体格を持ち、山荘の管理人が言った通りの醜い豚面をしていることで有名だ。
 オークというものは不器用で鈍重な上、頭も悪いときているが、生命力と腕力は並の妖魔と比べても特筆すべきものがある。
 欲望に忠実で自制心が存在しない故に、普段は無人同然の山荘を格好の棲み処と選んだのだろう。

「集団で襲い掛かられるとさすがにまずいが、規模によっては我々でも十分対処は可能だろう」
「正確に数えたわけではないが、棲みついたのは10にも満たんそうじゃ」

 エリオットの言葉にリヒャルトはそう答えた。
 10に満たない数ということであれば、小集団を各個撃破すればどうとでもなる。
 エリカだけでなく、その場にいる全員が同じ案を考えていた。

「ところで……、その管理人の方は今はどちらに……?」

 その疑問はエリカだけでなく誰もが思っていたものだった。
 山荘の管理をしていた者からも詳しい話を聞ければという思いから発した質問だが、質問を受けたリヒャルトは苛立ちを隠さずに顔を歪めた。

「……とっくにクビにしたわい」
「まあ、当然といえば当然ですね。誰だってそうします」
「わしも、そうする」

 ナオミの言葉に我が意を得たりとばかりにリヒャルトは頷く。
 管理人から詳しい話を聞き出すことは叶わなくなったが、戦うべき敵の正体とその規模がわかっただけでも十分だろう。

 依頼を受諾したワースハンターズは、一旦宿へと引き返すこととなった。
 リヒャルトの方にも準備があるということで本日は山荘へと向かわず、翌日の正午に出発ということになったのだ。

*     *     *

 リヒャルトとの仕事の打ち合わせから、翌日、正午。
 ワースハンターズの面々は待ち合わせ数分前にリヒャルトの邸宅前にやって来ていた。
 貴族が相手ならば実際の待ち合わせ時間よりも少々早く着いている方がいいと宿の亭主に言われたからである。
 ナオミだけは時間きっかりに着くようにしようとうるさかったが……。

「おはようございます」
「おはよう。……うむ、みんな揃っとるな。近頃の若者にしてはなかなかに礼儀正しいのう」

 先日と同じくエリカが前面に立ちリヒャルトと相対する。
 先日と違うのは、リヒャルトが一般的な洋服姿ではなく、鎧を身に着け剣を腰に差しているところだ。
 なるほど、これが騎士としてのリヒャルト・フォン・リンツの姿であるらしい。

「冒険者とはいえ、さすがに仕事で遅刻するというのは許されることではありませんので」
「ふむ、そうじゃな。では、参るとしよう!」

 リヒャルトの号令の下、冒険者たちは件の山荘へと向かう。
 問題の山荘がある北の山はリューンから歩いて1時間ほどの距離にあり、そこは特に人が立ち寄らない場所というわけではない。
 とはいえ、目立った特徴があるわけでもなく、山菜や果物を採りに農家が訪れたり、あるいはリヒャルトのように奥まった場所に山荘を建てて別荘とする者がたまにいるくらいである。

 山を登ることおよそ20分、問題の山荘に到着したところでリヒャルトが口を開いた。

「こほん……。作戦遂行にあたり、まず諸君らに言っておかねばならん事がある。心して聞いてほしい」
「……はい?」

 依頼についての打ち合わせはすでに済んだはずだ、これ以上何を言う事があるのだろうか。
 雇われた冒険者全員に疑念が湧いたが、それに気づかずリヒャルトは続ける。

「屋敷に巣食っておるのは卑劣極まりない妖魔どもじゃ。戦うとなれば建物を傷つけてしまう事もあるじゃろう。それはそれで一向に構わんが……」
「構わへんのかい……」

 思わず漏れたガルディスの呟きを無視し、リヒャルトは続けた。

「ただし……、ただしじゃ。2階に安置されている鎧だけは間違いなく回収してほしい」
「……鎧?」
「左様、鎧じゃ」

 それはここに来て初めて聞く単語だった。

 聞くところによると、リヒャルトの祖父は非常に高名な騎士で――かく言うリヒャルトも騎士道一筋20年の男なのだが――その祖父が先代の国王より鎧を下賜されたのだという。
 厚手の金属板を多用した非常に重いが並外れた防御力を有する、由緒正しい逸品。
 リヒャルトの祖父は騎士を辞するその時までその鎧を愛用し続けたという。
 孫にとっては命よりも大切な家宝の鎧というわけだ。
 その高い防御力がゆえにそうそう壊れることは無いだろうが、万が一が起きる前にその鎧は回収せねばならないのだという。

「依頼の打ち合わせの際に鎧の話は出ませんでしたが、なぜ今この時になってそのような話を?」
「……すまん。依頼を出す際もそうじゃったが、焦っていたものですっかり話すのを忘れておったのじゃ」

 ナオミの険を含んだ声に、さしものリヒャルトも謝罪せざるを得なかった。
 その代わりというわけではないが、山荘の中にある物でリヒャルトとは無関係の物であれば報酬の足しにしてもいいという約束は取り付けられた。
 もっとも、基本的に何も置いていない山荘であるため、冒険者の役に立ちそうなものがあるとは考えにくいが……。

「建物が傷ついてもいいとのことですが、例えば妖魔を殲滅するために建物を外から完全に破壊するというのは?」
「……いや、それは、できれば常識の範囲内で対処を頼みたい」

 エリカのあまりにも過激な提案はリヒャルトの冷や汗と共に却下された。
 もっとも、エリカとしても本当にそのような作戦を実行するつもりは無かったのだが。

「ま、まあ妖魔どもを殲滅し、鎧を回収できればそれでよい。話は以上じゃ」

 その言葉でワースハンターズは山荘への進入を決定した。

 山荘自体は騎士の所有物という割にさほど大きくはなく、どちらかといえば少しばかり大きめの一軒家といったところだ。
 長物の武器を振るうには少しばかり狭いといったところだろう。

「前回の洞窟もそうですが、これだけ狭所での戦いが続くとなれば武器を改めるべきなのでしょうかね」

「それを言うなら俺もだよ。一応、素手で戦うこともできるけどさぁ」

 ワースハンターズの6人の中で特に長い武器を扱うのがナオミとジョナサンだ。
 ナオミの武器は全長1.5メートルの大太刀で、ジョナサンは自身の身長ほどの長さの棍である。
 どちらも前面に突き出して攻撃することは可能だが、やはり遠心力を利用して大きく振り回すことで威力を発揮できる武器である以上、狭い場所で扱うには非常に不向きである。
 仮に愛用の武器を封じられたとしても戦う術が無いわけではないが、主に打撃を多用するジョナサンと違い、軍人畑のナオミは関節技や投げ技の方が実は得意――すなわち対人戦を想定した格闘しか知らないためどうしても妖魔とは戦いにくいのだ。
 スライム等の不定形の魔物が相手ならなおさらである。
 今回戦うことになるオークは骨格を含めた肉体構造が人間とほぼ同じであるため、格闘攻撃が通じないという心配は無かったが、それを抜きにしても狭い場所での戦闘を想定した武器や技の用意は今後必要になるだろうと考えていた。

「何だかんだで私たちも課題は多いですね」
「だね。まあそれもこの依頼が終わったらゆっくり考えようか」

 そう、何はなくとも今はこの依頼をいかにして達成するか、である。
 洞窟の時と同じくナオミは刀を抜いた状態で、ジョナサンは棍を手に山荘の探索を進めた。

 玄関ホールには左右に扉があり、左は書斎と2階への階段があり、右は食堂に繋がっているという。
 今回の目的は妖魔の殲滅と家宝の鎧の確保である。
 鎧の確保は優先事項であるが、どこに妖魔が潜んでいるかわからない以上は山荘内全てを探索する必要があった。
 そこで一行はまず食堂へと向かうことにした。
 食堂には当然食料がある。
 妖魔が食料の確保としてそこにたむろしている可能性があるからだ。

「なんじゃ、あの箱は? 怪物たちのもんかの?」

 食堂に妖魔の姿は無かった。
 食料を食い荒らされている可能性が無いことに安堵した一行だったが、食堂のテーブルの上に置かれた金属製の箱の存在が彼らを別な意味で悩ませることとなった。

「前の管理人の持ち物ゆう可能性は?」
「それだったら管理人さんが逃げ出す時に持って帰ってるんじゃない?」
「それもそぉか」

 言いながら盗賊2人がその箱を改める。
 その金属製の箱には毒針の罠が仕掛けられていた。
 不用意に鍵を外すと毒針が飛び出す仕掛けになっているという。
 山荘の管理人が自身の所有物にわざわざそのような罠を仕掛けるとは思えない。
 つまりこの箱は必然的に妖魔の持ち物ということになる。

「まぁ、この程度の罠やったらワシにかかれば……」

 ほどなくしてガルディスの手によって毒針は外され、鉄の箱はその中身を暴かれた。
 箱の中にはガラスの瓶が3つ入っており、中身は無いように見える……。

「空のガラス瓶? なんでそんなものを罠を仕掛けてまで大事そうに保管しとくのよ?」

 顔に疑惑の色を浮かべながらローズマリーが瓶を取り上げる。
 何かしらの粉や液体が入っているのかと思ったが、どうやら本当に何も入っていないようだ。

「ん……?」

 瓶を眺めていたローズマリーが異変に気付く。
 中身の無いと思っていたそれには注視しなければよくわからないほどに小さな何かが入っていた。
 そしてそれは同じく瓶を改めていたリヒャルトも気づくこととなる。

「なんじゃ、その瓶は。なんか黒い小さなもんがたくさん入っとるぞ? ほれ、動いた!」
「……ちょ、これって……!」

 瓶の中に入っていたのは、数えきれないほどの大量のノミだった。
 3つの瓶それぞれに同じ数の大量のノミが詰まっていたのだ。

「の、ノミぃ~!?」
「毒針の罠まで仕掛けておいて保管していたのが、ノミだと!?」
「そ、そんなもの大切にとっておいて何に使うつもりだったの!?」

 あまりにも信じられない展開に冒険者たちは騒然とする。
 先日のゴブリンがいた洞窟にもガラクタの類が集められていたが、それと比べてもこのガラス瓶の存在は衝撃的に過ぎた。

 結局このガラス瓶はローズマリーが持つこととなった。
 どう考えてもゴミ同然のそれだが「ドッキリには使えるかも」とのことでひとまず持っておくつもりらしい……。

 残る扉の向こう――書斎にて一行は再び捜索を開始した。
 書斎に足を踏み入れた際に3体のオークに襲われたが、所詮は下級鬼族、それなりに戦闘経験を有した7人の敵ではなく、一行は無傷で豚の妖魔どもを倒すことに成功した。
 その勝因は何と言ってもエリオットの目覚ましい活躍である。
 彼の眠りの雲が炸裂したからこそ、豚の化け物を傷1つ負わずに圧倒できたのだ。

「やはりこの手の道具は馬鹿にはできないな。これがあるだけで魔術の扱いが変わってくる」
「だったらなんで今まで杖とか持たなかったの?」

 エリオットは魔術師だが、彼は今の今まで賢者の杖のような魔術発動体を持とうとしていなかった。
 魔術師にとって杖というのは非常に大きな意味を持つのだが、エリオットは、

「あんな長ったらしい物、誰が持つか」

 としか言わず、常に素手のまま今日まで来たのである。
 先程のジョナサンの質問にも同じ答えを返したが、賢者の杖の有用性は認めているらしく、手放そうとはしなかった。

 その書斎にてガルディスが本棚の1つを熱心に漁っている。
 書斎にはリヒャルトの祖父が集めたのであろう騎士道に関する自己啓発本や戦術論、戦略論の類が並んでいる。
 いかにも騎士道一筋の男が読みそうな本で埋め尽くされた中において、盗賊の勘というものだろうか、ガルディスはそこに違和感を覚えたのだ。

「おっ、ええもん見つけたんとちゃうか?」

 そんな彼が本棚から1冊の書物を引き抜いた。
 他の書物と違いその本は表紙からして魔術の色が濃い。
 魔術の理論や扱いが書かれた見た目通りのそれは、およそ騎士道精神に満たされた者の持ち物とは思えなかったが、リヒャルトによれば、その魔術書はおそらく祖父の持ち物だという。
 なんでも晩年のリヒャルトの祖父は魔法や魔術の類に凝っていたらしく、ガルディスが引き抜いた本はその研究成果かもしれないそうだ。
 リヒャルトの許しを得て手に入れた魔術書は間違いなくエリオットの所有物となるだろう。

「その魔術、今すぐ使うことできるんか?」
「いや、さすがに無理だな。理論の理解と解析には時間がかかる。宿に持ち帰って読み進めない事にはどうにもならん」

 手に入れた魔術書をひとまず荷物袋にしまい込み、一行は再び捜索を開始した。

*     *     *

 書斎の奥には2階への階段と通路があるだけで特に目を引くようなものは無い。
 あるとすれば山荘内をうろつくオーク程度か。
 通路の途中でオークの群れに出会ったが、これも無傷で退けることに成功した。
 道中での戦闘である程度は消耗するものだと覚悟はしていたが、2階最奥の部屋に到達するまで一切の傷を負わずに済んだのは実に幸運だった。

「さて、残ったのはこの部屋だけかな」

 2階最奥の部屋――山荘の寝室はそれまでの部屋と違い両開きの扉が備えられている。
 書斎や通路で倒したオークで全勢力でないとすれば、おそらくこの部屋に残りのオークが潜んでいるのだろう。
 そして、リヒャルトが山荘前で言っていた家宝の鎧も……。

 意を決してジョナサンは両開きの扉を大きく開け放つ。
 そこには予想通りというか、オークの一団がいた。
 部屋にいたのは5体のオークだが、真ん中にいる1体は他のオークに比べて一回りも体格が大きく、しかも質の悪そうな服や皮鎧を着たオークと違い上等な金属鎧を着こんでおり非常に目立っている。

「前回はシャーマンときて、今回はロード種か。面倒な……!」

 苦々しくエリオットがこぼす。
 大規模なオークの群れにはそれを統率するリーダーが存在し、その役目を担うのは主にオークロードである。
 オークの亜種であり体格は並のオークと比べて大きく、その分膂力にも富む。
 オークに限らず、他の妖魔にも言えることなのだが、ロード種のような特別な存在に率いられる妖魔は単独で活動するよりも遥かに勇敢であり、恐るべき敵となるのだ。

 ロード種がいるからといって、妖魔退治を引き受けた以上、彼らとしては退くわけにはいかない。
 何よりも同行するリヒャルトがそれを許さないだろう。

 だがそのリヒャルトの様子がおかしい。
 部屋に飛び込んでからというもの、どこか一点を見つめながら顔を青くしたり赤くしたりしている。
 それどころか体もかすかに震えているようだ。
 どうやらその視線はオークロードに向けられているようだが、リヒャルトの様子は卑劣な妖魔の親玉を許せない騎士のそれというよりは、もっと別の何かが感じられた。
 一方、注視されているオークロードも訳が分からぬといった様子で目を丸くしている。

「ぶひひっ?」
「ぶ、ぶ、ぶぶぶ……」
「おっちゃん、どないしたんや?」

 あまりにも奇妙なその光景に、ついガルディスが口を挟んでしまう。
 すると、それをきっかけにしたのか、リヒャルトは部屋どころか山荘全体に響き渡るような大声を発した。

「豚が爺様の鎧を着とるッ!!」
「は!?」

 その言葉でワースハンターズの面々は改めてオークロードに注目する。
 オークロードが着込んでいる上等な金属鎧は、どうやらリヒャルトが求めていた祖父の遺品である家宝の鎧であるらしい。
 ある程度の知能を持った妖魔は人間や亜人種と同じく服や鎧を着る習慣がある。
 とはいえ、自らそれらを作り出す文化は無く、専ら他の種族からの分捕り品であり、しかもまともな整備を行わないため大抵は非常に劣化している。
 そのため、楽に手に入り、しかも上質なものであれば優先的にそれを手に入れようとする傾向がある。
 しかしだからといって、まさか家宝にしている鎧に手を出すとは!

 当然、リヒャルトの怒りたるや凄まじい。
 目の前に現実を突きつけられた彼に、もはや理性ある行動を期待するのは無理だった。

「おのれ、この豚野郎め!」

 その言葉を皮切りに、オークの集団との戦闘が始まった。

「ち、ちょっとリンツ卿!?」

 ナオミの制止しようとする声も届かず、騎士道一筋20年の男リヒャルト・フォン・リンツは豚野郎に奪われた家宝の鎧を奪還すべく単騎突入を図る。
 これで彼らから戦略的撤退の文字は無くなった。

「豚野郎、爺様の鎧を脱げっ!」
「ぶひひんっ!?」
「脱げっつーに、この腐れ豚っ!」
「ぶひひん、ぶひひんっ!」

 オークロードに対し鬼のような形相で剣を振り回すリヒャルト。
 突然やって来た人間に襲われながらも必死で抵抗するオークロード。
 そのオークロードを守るべく人間に襲い掛かり、逆にその人間に吹き飛ばされるオーク。
 もはやどちらが悪でどちらが正義かわからない。
 いや、無論オークの方が悪なのだろうが……。

「ああもう、まさかこんなことになるなんて……」
「言ってる場合じゃないわ! アタシたちも行くわよ!」

 頭を抱えるナオミを叱咤しながら、ローズマリーも戦闘に参加する。
 その言葉に続き残りのメンバーも戦列に加わった。

 だが状況は非常に悪い。
 リヒャルトの突撃のせいで場が混乱し、敵味方入り乱れての乱戦となったのだ。
 しかも相手はロード種に率いられた精鋭。
 これまで無傷だった冒険者たちも被害を免れることはできなかった。

 唯一の例外は1人だけ後ろに下がっていたエリオットだった。
 手にした賢者の杖で集中力を高め、身体を流れる魔力を練り上げ、対象を視線で認識し、発動に必要な呪文を唱えながら、指先を向けて準備を完了させる。

「全てを貫く魔法の矢よ、その牙の洗礼を彼の者に与えよ」

 狙うはオークの1体。
 対象を視認することさえできれば、たとえ乱戦になっても確実に命中させられる。

「貫け、魔法の矢!」

 最後に発動用の呪文を唱え、エリオットの指先からエネルギーの塊が1本の矢となって発射される。
 リューンは賢者の塔にて教えられる魔術師護身用の攻撃魔術、魔法の矢だ。
 魔術師になりたての者でも手軽に扱える基礎的な魔術だが、その割に非常に威力が高く、しかも対象を狙えるのであれば絶対に命中させられる高い性能を誇っていた。
 放たれた矢はオークの首を貫通し、気管と血管をまとめて潰された豚もどきは血を噴き出しながら絶命した。

 しかしオークの1体を倒せても状況はあまり変わらない。
 部屋の中での乱戦であるがゆえに距離を取って動けない両者は、互いに殴り殴られていた。
 オークから手痛い一撃を受けたローズマリーは、隙をついたエリカから水の治療を受け全快したものの普段の速度重視の戦いができずにいたし、長い得物を持つジョナサンやナオミも思い切った攻撃ができずにいた。
 その上、集団を率いるオークロードはリンツ家の家宝の鎧で身を守られており、リヒャルトがいくら攻撃してもその身を傷つけることができない。
 なるほど、確かにその防御性能は家宝にされるだけあって非常に高いようだ。

「こ、この……。ぜぇ、ぜぇ……」
「ぶひっ、ぶひっ……」

 剣をぶつけあっているリヒャルトとオークロードだが、攻撃はいずれも決定打とならず、両者とも疲労の色を濃くしていた。

「あの鎧が特に邪魔だな。魔法の矢でもおそらくは撃ち抜けないぞ」
「あの鎧を脱がせることができればいいんですが……」

 エリオットの魔法の矢は確かに必中の魔術だが、それはあくまでも「狙った対象に追尾して当たる」だけであり、「狙った箇所に正確に当てられる」ものではない。
 命中「率」は高いが、命中「精度」は無いに等しいのだ。
 実はエリオットは狙おうと思えば鎧に覆われていない頭部のみを狙って命中させることができるのだが、この時の本人はその事実を知らなかった。

 すなわち、この状況を有利に進めるためにはオークロードから家宝の鎧を奪い取るしかない。
 そのためにはおそらく正攻法では無理だろう。
 鎧を剥ぎ取ろうとすると間違いなく抵抗される。
 オークロードが自分から鎧を脱ぎたくなるような何かがあればいいのだが……。

「まったく、ノミを集めて大事に取っとくわ、人様の鎧を着こむわ、ほんとオークってロクでもないわね! 豚は豚らしく豚肉になって食べられちゃえばいいのよ!」
「マリーちゃん、いくら何でもオークを食べるのは……」

 思わず苦笑するエリカだが、その瞬間彼女の脳裏に閃光が走った。
 あるではないか、オークロードが鎧を捨てざるを得なくなる最高の方法が!

「マリーちゃん、ガラスの瓶! あの瓶をオークロードに投げつけて!」
「……! そういうことか!」

 エリカの意図を理解したローズマリーが1階の食堂で手に入れたガラス瓶をオークロード目がけて投げつける。
 3つのガラス瓶はオークロードの鎧に当たり涼しげな音を立てて砕け散る。

「……?」

 ガラスの塊が命中したところで家宝の鎧には傷1つつかないが、元々ダメージを与えるために投げたのではない。
 ガラス瓶に入っていた中身を飛び散らせる事こそ最大の目的なのだ。

 何しろそのガラス瓶には大量のノミが入っているのだから!

「……。ぶひぉっ!?」

 割れたガラス瓶からノミが四方八方に飛び散る。
 飛び散ったノミは部屋の中はもちろん、近くにいたオークロードの体にもまとわりつく。
 当然それらは頑丈な金属鎧の中に侵入し我が物顔で動き回る。
 するとどうなるか。

 突如オークロードが悶え苦しみ始める。
 体中をかきむしろうとするが鎧が邪魔になって手が届かない。

「どんなに外壁が強固な砦や城も内部に侵入されてしまえば弱いもの。頑丈な鎧の内部から攻められればさすがにたまらないでしょう?」

 エリカのその言葉通り、オークロードは鎧を脱ぎ始める。
 豚のリーダーの身を守っていた頑強な鎧はその役目を放棄された。
 ついでに身を包んでいた布もなぜか役目を放棄されたが……。

「ちょ、何でここで豚のストリップショーなんか見なきゃいけないのよ!」
「……ここまでは予想外でしたね」

 ノミ地獄から解放されるために鎧や衣服の類を全て捨て去り、素っ裸になったオークロードは至福のため息をついていた……。

 鎧が外されたのを確認できれば後はこちらのものである。
 エリオットの魔法の矢が別のオークを倒し、鎧の無くなったオークロードにはナオミの刀が炸裂する。
 事態を理解したオークどもも反撃に出る。
 先程の豚肉発言が効いたのか、雑魚のオークを斬り倒したローズマリーにオークロードの一撃が襲い掛かり、その勢いで壁に叩きつけられた少女はそのまま気絶する。
 殺し屋1人を戦闘不能に追い込んだとはいえ数の優位性では人間たちの方に分がある。
 そこに緑色の男のもう1つの魔術が襲い掛かる。

「死への眠りへと誘う風よ、我に仇なす者をその腕に抱け。眠れ、眠りの雲!」

 指先から無味無臭の誘眠性ガスが放たれ、残った2体の豚野郎を眠りに落とさんとする。
 さすがにロードの方には抵抗されてしまったが雑魚の方は眠らせることに成功した。

 こうなればもはや勝負は決まったようなもの。
 眠ったオークにジョナサンがとどめを刺し、残りの攻撃がオークロードに集中する。
 頑丈な鎧どころか何も身に着けていないオークロードに身を守る手段は無い。
 冒険者たちに袋叩きにされ、情けない断末魔を上げて、不埒な豚野郎は討伐された。

 オークロードの巨体が倒れる音が聞こえたのだろうか、山荘内に潜んでいたらしい他のオークが我先にと逃げていく様子が寝室の窓から見える。
 どうやら山荘内の危険は完全に排除されたようだ。

「とりあえずこれで依頼完了、ですかね」

 逃げるオークの姿を見届けたナオミが刀を鞘にしまいながら部屋内を見渡す。
 ふとリヒャルトの姿が目に入った。

「うぅぅ、爺様の霊に何とお詫びしてよいやら……。よもや形見の鎧を豚なんぞに着させてしまうとは!」
「……さすがにこれは不可抗力、ってやつじゃない?」

 家宝の鎧をかき抱きながら滂沱の涙を流す騎士道一筋の男にジョナサンがそう声をかけるが、どうやらその声は届いていないようだった。

 また心中穏やかでないのがもう1人。
 エリカの治療を受けて気絶から復活したローズマリーである。

「ムカつく~! 豚なんかにやられるなんて~!」
「気絶させられた後でそれだけ元気なら大丈夫だな」

 愛用の剣を鞘にしまいながら地団太を踏む女殺し屋にエリオットがそう声をかけるが、どうやらその声は届いていないようだった。

 何はともあれ、山荘に巣食った妖魔は全て片付いた。

 山荘の掃除は後日に回すこととなり、一行は星屑の夜空亭への帰途についた。

「お、お帰り。どうだった……、って、リヒャルト殿?」

 宿に着くと亭主のジョッシュ・クーパーが声をかけてくる。
 リヒャルトの落胆した様子に亭主は怪訝な表情を浮かべた。

「おい、何かひどく落ち込んでいるようだが……、まさかしくじったのか?」
「まさか。依頼は達成したよ。ただね……」

 亭主に問われたジョナサンが山荘内で起きた出来事について報告した。

「オークが家宝の鎧を? そいつは気の毒になぁ」
「しかもオークから鎧を脱がせるためにノミの入った瓶を叩きつけたからね。まだ残ってるかもよ?」
「……それはまた気の毒に」

 オークロードの皮脂にまみれ、しかもノミにたかられた家宝の鎧。
 先祖本人はどう考えるかわからないが、少なくとも子孫の落胆たるや計り知れない。

 そんなリヒャルトは落胆の色を隠しもせずに袋を1つカウンターテーブルに置いた。
 重量感のあるそれはどうやら報酬のようだった。

「……諸君、ご苦労じゃったな。これが約束の報酬じゃ」
「……まいどあり」

 代表してジョナサンが応じるが、報酬を受け取っても素直に喜べないのはなぜだろう。

「それじゃ、吾輩は失礼させてもらうよ……。はぁ……」

 リヒャルト・フォン・リンツは冒険者の宿を出て行った。
 薄汚れた家宝の鎧を大事そうに抱えて……。

「……ああなると、さすがに騎士や貴族も哀れなものですね」

 貴族嫌いの急先鋒がその背中を見届けてため息をつく。

「お前さん、内心で喜んでないか?」
「いえ、さすがにそれは……。貴族の中でも彼はまだマシな方でしたから」

 世の全ての貴族がああいったものであればまだ世の中はまともになったかもしれない、とナオミは思う。
 かつて大貴族に家族と財産を不当に奪われたその憎しみはいまだ消えることはない。

「よっしゃ、飲むで~!」
「祝杯よ~!」

 だがそんな考えはパーティの呑兵衛2人の怒号によってかき消された。
 騎士の落胆もどこへやら、報酬が手に入ればもうどうでもよいとばかりに酒と料理を注文するろくでなしども。

 そんな連中を横目に、女軍人は苦笑いを浮かべた。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:家宝の鎧
対象レベル:1~3
作者   :齋藤 洋(groupAsk)様
入手場所 :groupAsk公式サイト、及びギルド

・今回の収支
所持金   800sp
収入+   800sp…報酬
―――――――――
合計=  1600sp

・入手品
スキル …氷柱の槍→エリオットへ
アイテム…ガラス瓶×3→シナリオ内で全部消費

・取得クーポン
全員    …リヒャルト卿の依頼解決(+1)

・備考
レベルアップ→ジョナサン、エリオット、ナオミ、ガルディス、ローズマリー…レベル2ヘ

家宝の鎧・後書きへ

ゴブリンの洞窟←Prev

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ゴブリンの洞窟・後書き

 というわけで第1回はカードワースの定番中の定番、ゴブリンの洞窟でした。
 カードワースを遊んだことのある人でこのシナリオをプレイしたことの無い人はいないのではないでしょうか。
 カードワースを始めて遊んだ時に、何も知らずに冒険者を1人だけ作ってスキルやアイテムを持たせてゴブ洞に単騎突入してものの見事に返り討ちに遭ったのも今ではいい思い出です。

 街シナリオの「交易都市リューン」と並んで、プレイヤーが初めてプレイするであろうゴブ洞、最初は全く分からなかったんですが、特に親父さんとの会話をよくよく読んでみると「冒険者になりたてのド新人」に対する会話じゃないように思えるんですね。
 もちろんリプレイ小説という形式である以上は「ド新人の初めての依頼」として書くこともできたのですが、リプレイ・ワースハンターズにおいては「冒険者としての経験はあるけど、実力は新人並になっちゃった連中」に対する依頼として書かせていただきました。

 しっかし最後のゴブリンシャーマン戦、本当に時間かかりました。
 お互いに攻撃が当たらなくて合計9ラウンドもかかっちゃって……。
 まあ相手の方もロクな攻撃してこなかったので、そういう意味では助かったと言うべきかなと。

 さてシナリオ終盤で登場した賢者の杖ですが、これはあるシナリオをプレイするための布石ないしは伏線として入手しました。
 先にネタバレしてしまいますが、そのシナリオで賢者の杖はすぐに返却します(そのためシナリオ自体は即座に終わっちゃうのでクーポン0点処理にします)。
 まあ全く同じ賢者の杖は「闘技都市ヴァンドール」で買えちゃうんですけどもね、正規の値段1500spで……。

その名はワースハンターズ←Prev

Next→家宝の鎧

ゴブリンの洞窟

「ゴブリン退治?」

 宿の亭主――ジョッシュ・クーパーから依頼の内容を聞かされたローズマリー・レイドワイズの、それが第一声だった。

 交易都市リューン近郊の森の洞窟に低級妖魔であるゴブリンの群れが棲みついた。
 そのゴブリンたちを退治してほしいという近隣の農民たちからの共同依頼なのだという。

「年に何百回も起きるありがちすぎる依頼じゃない。別にアタシらの仕事じゃないでしょ?」
「まあありがちな仕事だというのは否定できないがな。そういう意味ではお前さんには物足りないだろう」

 声と顔と態度で不満をあらわにするローズマリーに亭主は苦笑を返す。

 実際のところ、ワースハンターズが冒険者として依頼を受けるのはこれが初めてではない。
 彼らは6人で組むようになってから大小様々な依頼を受けており、経験だけで言えば駆け出しの域はすでに過ぎている。
 しかしながらここ半年以上、星屑の夜空亭には冒険者に対する依頼それ自体が激減しており、冒険者としてまともに活動できたのも数回あるか無いかという程度で、結果、彼らは今や駆け出しと同程度の実力に落ち込んでしまっていた。
 基礎的な鍛錬は欠かさないし、街中での簡単な荷物の運搬や警護の依頼等で糊口をしのいではいたものの、大口の依頼で一獲千金を狙えることも無く、貴族や商人といったところからの人づての依頼を受けられることも無いため、冒険者としての彼らは食べていくのもやっとの状態だった。

 それでも星屑の夜空亭が潰れずにいるのは、過去に大勢の冒険者がいた頃の貯金があったからだ。
 星屑の夜空亭に限らず、冒険者の宿は基本的に舞い込んでくる依頼に対し仲介料を取ることで経営を行う。
 質のいい冒険者が多く存在すれば、そんな彼らを目当てにした依頼が多く入ってくる。
 冒険者の宿はそれらの依頼を冒険者に仲介するという義務を負う代わり、依頼主から仲介料を貰える。
 依頼の数が多ければその分仲介料も増える。
 そうして宿が潤えば、その潤った分を新たな冒険者の育成や、何かしらのトラブルで大金が必要になった際、それらに充てることができる。
 星屑の夜空亭の貯金は、宿に残ってくれた6人と経営者及びその家族の生活費に使われた。
 ただし無償でというわけではなく、いつかは返済するようにという約束事――要はツケとして帳簿に記載されることになっていたが。

 農民たちからの妖魔退治という今回の依頼は、実に2ヶ月ぶりのものだ。
 妖魔の中でも低級に分類されるゴブリンなど、近隣の洞窟に限らずどこにでも湧いて出てくる。
 実にありがちで特に駆け出し連中が請け負うことの多い依頼だが、駆け出し同然に落ち込んだワースハンターズにとっては喉から手が出るほどに美味しい依頼、のはずだ。
 はずなのだが、ローズマリーとしては不満を隠せない。
 殺し屋ブラッディ・マリーとしてのプライドが許せないのだろう。
 駆け出しと同等だと見られる事が我慢ならないのだ。

「2ヶ月ぶりの依頼が低級妖魔退治だなんてシケてるわね……」
「だが2ヶ月ぶりのまともな依頼だ。受けないわけにもいかんだろう」

 エリオット・グライアスのたしなめる声に小さな殺し屋はそれでも不満を口にする。

「そりゃまあ確かにそうよ。それで報酬も期待できるっていうならアタシも受けるわよ。でも依頼主って農民でしかも共同出資よ? 期待できるとは思えないわ」
「そういえば報酬はどれほどのもので?」
「銀貨600枚だな」

 ローズマリーのその言葉で思い出したかのようにナオミ・アンダーソンが確認する。
 報酬額や依頼達成の条件、及び禁止事項等の確認は冒険者としては必須事項だ。
 亭主からの答えは妖魔退治の相場よりは安いというものだった。
 とはいえ、現場となる洞窟は宿からも近いところにあり、その規模もそれほど大きくはないため、合計で半日もあれば片付くであろうことを考えれば十分な額と言えた。
 それでも比較的安いことに変わりはないが……。

「安いなぁ。確かに楽勝やけど、それだけゆうんはなぁ」

 今度はガルディス・ネイドンが不満の声を上げる番だった。

「まあ農家の共同出資となるとこの辺りが限界だからな。賃上げ交渉も無理だぞ。わしがすでに確認した」

 亭主のその言葉は金銭による追加報酬は望めないということを意味していた。
 今回の妖魔退治依頼において、実際に依頼主と交渉したのは亭主だ。
 報酬の増額を求めるならすでに彼が行っているだろうが、その彼をして不可能だと言わしめたのだ。
 だが吉報もある。
 洞窟内で発見された物の内、近隣の農民たちと無関係の物があればそれは自由に持って行ってもいいことになっていた。
 すなわち、ゴブリンたちが金銀財宝をその洞窟に溜め込んでいれば、それはそのまま冒険者の収入となるのだ。

「もちろんその財宝の類が農家さんたちのものだったなら、それは返さなければならんがな」
「そやけどそれはええこと聞いたわ。ほんならゴブリンどもが何か隠してるのを期待しよか」

 あるかどうかわからない隠し財宝の存在にガルディスは喜色を見せる。少なくとも彼はこの依頼を受ける気になったらしい。

「条件は悪くありませんが、仮に私たちが受けなかったらこの依頼はどうなるんですか?」

 そこでエリザティカ・レンコップ――愛称エリカがさらに確認を入れる。
 報酬額は安いが、場合によっては臨時収入が見込める。
 しかも拘束時間は短い。
 自分たちの今の実力を考えれば十分な条件だ。
 だがそれでもなお受けないとなればどうなるか……。

「……受けてほしいというのが本音なんだがな」
「どういうことですか?」
「いや、実はな、すでに仲介料を貰ってしまってて、しかも報酬は前払いでわしが持ってるんだ。だからお前さんたちが受けなかったら、この仲介料と報酬はそっくりそのまま別の宿に回るかもしれないんだ」
「……普通、報酬は後払いでは?」
「わしもそう言ったんだが、あちらさんはどうも切羽詰まってるのか、出来るだけ早くに受けてくれる冒険者を、と報酬を先に渡してきたんだよ」

 農民代表としてやって来たその男から聞いた話では、洞窟に棲みついたゴブリンによって近隣の畑や民家が荒らされ、しかも通りがかった旅人も襲われて荷物を奪われているそうなのだ。
 やって来たゴブリンどもを自分たちで追い払えるならまだいいが、農民が対処するには数が多く、被害もそれだけ大きくなっているという。
 すなわち、これは緊急性の高い依頼なのだ。
 放置した期間が長ければ、その分さらに被害は増すだろう。

「あちらさんがうちに依頼を出したのは、一番近い冒険者の宿がうちだったから、なんだとさ」
「……条件としてはそれなりに悪くなく、それでいて緊急性の高い依頼。受けるには十分だと思いますがどうしますジョナサン?」

 自分で承諾の意を示しても良かったが、エリカはあえてジョナサン・グレスティーダの意思を確認する。
 ワースハンターズにおいてリーダーを務めているのが彼だからだ。

「すでに被害が出てる。冒険者の宿自体はいくらでもあるけど、早く解決してほしいからうちに来た。だったらもう答えは決まってるでしょ?」

 食事を終え、カップに注がれた紅茶を飲み干し、リーダーらしくないリーダーは宣言する。

「ワースハンターズ。この依頼、確かに引き受けた」

*     *     *

 青空が広がり、日差しが大地を灼く。
 降り注ぐ熱と地面から跳ね返る熱が一帯を暖める。
 適度な熱は体に活力を与え、知らず知らずの内にその身を動かさせる。
 冒険日和とは今日のような日の事を言うのだろうか。

 これが遠方への旅行だとか、あるいは近場へのピクニックというのであれば、ただひたすらに歩く時間を楽しんでいただろう。
 だが彼らにそのような余裕は無い。
 これから彼らが行うのは自らの命と相手の命を秤にかけた、血で血を洗う争いだ。
 もっとも、自分たちの実力と、想定される相手の実力を秤にかけた結果、半ばピクニック気分になっているのは確かだったが……。

 宿の亭主から渡された地図を頼りに冒険者たちは件の洞窟を目指す。
 宿から近い所にあると言うだけあって、その洞窟は徒歩で1時間弱の距離にあった。
 土の壁をくり抜いて作られたその洞窟は入り口に扉らしいものは無い。
 勝手に中が崩れ落ちたのか、もしくは大型の動物が掘り進んだのだろう、そこに人の手を入れた半分自然、半分人工の洞窟といったところか。

 上の方から木の枝が垂れ下がり、近くで虫が這っているのが見える。
 その洞窟の入り口に緑色の体をした何かがいた。
 ゴブリン――緑色の皮膜状の皮膚に覆われた、一見、蛙を彷彿とさせる外見。
 成人男性よりは一回り小さい体躯を持った下級妖魔。
 彼らの歴史は古く、いかなる悪条件でも生き延びられる生命力の強さと繁殖力の強さを武器に、古代から人との諍いが絶えないという。
 日光を嫌い、洞窟や迷宮に集団で生息する、極めて邪悪なる存在。
 ゴブリンが単体で存在することはまずありえない。
 ゴブリンを1体見かけたらその周辺に集団ないしは巣があるものと思え、というのは冒険者にとっては常識だ。

「ゴブリンの姿……、あの洞窟か」

 そのゴブリンの姿を認め、冒険者たちは見つからないようにと近くの茂みへと姿を隠す。
 外に1体だけ出ているあたり、あのゴブリンはおそらく見張り役なのだろう。
 下手に姿を見られれば洞窟の中にいるであろう他のゴブリンどもに危険が知れ渡るのは間違いない。
 受けた依頼は洞窟内にいるゴブリンの殲滅であるため、こちらの存在を知られようと問題は無いが、できるなら可能な限り余計な労力を割かずに事を進めたいものだ。

「見張りに見つからずに洞窟へ行くことも可能といえば可能でしょうが、リスクは大きいでしょうね」

 見張り役のゴブリンがこちらの存在に気づいていないのであれば、その隙をついて洞窟内に侵入することもできなくはない。
 だがナオミが指摘する通りリスクは大きい。隠密行動を主体とし、なおかつ単独で動いているのならばそれもありだろう。
 だが自分たちは6人組で、必ずしも全員が隠密行動をとれるわけではない。

 すなわち冒険者たちがするべきなのは、見張りのゴブリンを排除することだ。
 それもできる限り静かに、それでいて確実に。

「確実に排除するなら私の出番だろう」

 エリオットが自らを指して進言する。
 魔術師である彼はその身に2つの魔術を修めている。
 それぞれ魔法の矢と眠りの雲と呼ばれるそれらは、離れた相手に被害を与えるのに非常に向いていた。
 眠りの雲は一定の範囲内に催眠効果を持つ無味無臭のガスを発生させる。
 初歩の魔術としては汎用性が高く、これがあるだけで集団を相手にした戦闘で優勢に立てる。
 一方の魔法の矢も初歩の魔術で、こちらは魔術師が護身用として扱う直接攻撃の手段だ。
 しかもこの魔法の矢というのは狙った対象を絶対に外さない。
 確実に攻撃するための強力な魔術だ。

 だがそれらの案はエリカによって却下された。

「確かにどちらも確実ではありますが、正確なゴブリンの数がわからない以上は可能な限り温存しておくべきかと」

 魔術は自身が保有する魔力ないしは精神力と呼ばれるものを練り上げて発動させるもの。
 すなわち、使える回数に限界があるのだ。
 見張り1体を倒すのに使うにはいささかもったいないというのが彼女の主張だった。

 ワースハンターズは遠距離からの攻撃手段を多く持っていた。
 エリオットの魔術と彼の武器である弓矢、ガルディスの投げナイフ、ローズマリーの薙ぎ疾風――剣に魔力を込め薙ぎ払うことで風の刃を撃ち出せる魔法剣の一種――がそれである。
 だがいずれも決定打に欠ける……。

「遠くから攻撃できるのは有効ではありますが、果たしてたったの1発で確実に殺せるものでしょうか」

 相手がゴブリンであっても、必中の魔術があったとしても、万が一それで倒せなかったら?
 エリカの懸念はそこにあった。

 遠距離攻撃が却下されたなら、彼らの取れる行動は2つ。
 数に任せて突撃し、見張りに声を上げさせる前に倒してしまうか、もしくは気づかれないように忍び寄り暗殺をもって仕留めるか。
 どう考えてもリスクが高すぎるが、まさかこのエルフの少女はそんな方法を提案するつもりだろうか。

 だがエリカが提案してきたのはそのどちらでもなかった。

「こちらが近づくのではなく、向こうに近づいてもらうんです」

 エリカの指示に従いメンバー全員が周囲の木陰に隠れ、近接戦闘に長けたナオミ、ジョナサン、ローズマリーが得物を構える。
 全員の準備が完了したのを認めたジョナサンが近くの草を棍で揺らす。
 小動物が草むらをかき分けて駆けるように、激しすぎず、静かすぎず。

 草が擦れる音が洞窟の入り口に陣取るゴブリンの耳に届く。
 が、一瞬だけ音に興味を示したと思うと、すぐさま興味を失う。

 エリカの合図で再び草を揺する。
 興味を示すがやはり動かない。

 そして3回目。
 さすがにゴブリンも音が気になったらしい。
 音の発生源を特定するべく、揺れた草の方に近づいてくる。

 1歩、2歩とゆっくりと近づいてくる。
 揺れた草の所まで無警戒に近づき、それがゴブリンの命運を分けた。

 木陰から小さな影が飛び出し、両手の剣がゴブリンの首を裂く。
 目の前から何かが立ち上がったかと思うと真上から硬い物で脳天を殴られる。
 叫び声が上がりそうになるがその前に横から飛んできた長い刃物が首と胴体を切り離す。

 こうして邪悪なる妖魔の1体は、己の好奇心によって物言わぬ骸と化した。

「よし、いっちょあがり! エリカ、ナイス!」

 言いながらジョナサンは仕留めたゴブリンを草むらの中に隠す。
 見張り役を倒しても、それが洞窟内にいるであろう他のゴブリンに知られてしまえば意味が無いのだ。

 かくして彼らは洞窟内を安全に歩き回る権利を手に入れた。

*     *     *

 洞窟の入り口に罠が仕掛けられていないことを確認し、冒険者たちは敵の巣窟へと侵入する。
 洞窟内は思いの外ひんやりとしており、食料の貯蔵庫として使えそうな印象を与える。
 元々農民たちが貯蔵庫として使っていたものをゴブリンどもに奪われたのか、それともただの何も無い洞窟に棲み付かれただけなのか。
 そして中にいるゴブリンどもを殲滅した後、この洞窟を何かしらの形で利用するのか、もしくはさらなる脅威が棲み付かぬように封鎖してしまうのか。
 そこまで考えてジョナサンは自ら考えを放棄した。
 どうでもいい事だ。
 洞窟は自分たちの所有物ではない。
 元々持ち主がいるかどうかは知らないが、いなかったとしてもこの洞窟は近隣の農民のものになるだろう。
 ならば、自分たちがあれこれ考えたところでどうでもいい事だ。

 自分たちはあくまでも冒険者。
 そう、冒険者でしかないのだから……。

 今はゴブリンの討伐が先だと思い直したところで、ジョナサンは――いや、ジョナサンを含めた全員が違和感を覚えた。
 洞窟に入った瞬間には聞こえなかった異様な音が聞こえてくるのだ。

「……なあ、何かこう、地鳴りみたいな音が聞こえない?」
「めっちゃ聞こえるわね」

 顔をしかめながらローズマリーは前方の道を指す。
 洞窟は入るとすぐに曲がり角が見え、そこを曲がるとT字路になっていた。
 前方と左側に道が伸びており、ジョナサンの言うところの地鳴りのような音は前方から聞こえてくる。
 しかもこの音、一旦聞こえて、一瞬聞こえなくなり、また聞こえて、聞こえない、という風に常に聞こえ続けるわけではないのだ。

「どうします、一応調べておいた方が良さそうな気はしますが?」
「危険なものやったら1つでも減らしといた方がええやろ」

 ただの地鳴りであれば下手をすれば洞窟自体が崩れてしまう。
 そうでないのならそうでないものへの対処をすればいい。
 ガルディスの進言に従い、一行は前方の道を進んだ。

 通路は狭く、成人男性がギリギリで普通に歩けるというものだ。
 ここでゴブリンに襲われたら先頭、もしくは最後尾の1人ずつしか戦えない。
 先頭をガルディス、最後尾をローズマリーの盗賊コンビに任せて慎重に進んでいく。
 全員が聞いた地鳴りのような音は当然のごとく、進めば進むほどに大きくなっていく。

 通路の行き止まりに到着した時、ようやく地鳴りの正体が判明した。
 体長2メートルほどにもなる体格を持ち、その体格に見合った驚異的な膂力を持つゴブリンの亜種――ホブゴブリン。
 そのホブゴブリンが暢気に熟睡していた。
 地鳴りのような音とはこのホブゴブリンのいびきの音だったのだ。

「俺たちがここにいるってのに、よくもまあ気持ち良さそうに……」

 通常のゴブリンと比べて近接戦闘に優れたホブゴブリンは、ゴブリンの集団においては用心棒的な扱いをされることもある。
 だが一方でホブゴブリンは非常に憶病であり、その醜態は冒険者の間で笑い話にされることが多いという。
「田舎者のゴブリン」と名付けられるだけのことはある、というわけだ。

「さしずめ用心棒なのでしょうが、これでは全くの役立たずですね」

 エリカが呆れたように鼻を鳴らす。
 近くに武装した6人の集団がいるというのにその気配に気づかずに寝こけているのだ。
 どのような危険が待ち構えているかと身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなる。

 だが、だからといってこの大型の個体を放置しておくわけにはいかない。
 自分たちが依頼されたのは殲滅だ。
 当然、この寝坊助も討伐対象に含まれる。
 幸いにしてこの行き止まりは通路部分と比べて広く、ナオミの長刀を振り下ろすくらいなら可能だった。

「ん、ここで倒してしまうのか?」

 ナオミが刀を抜くのを見てエリオットが止める。

「倒してしまいましょう。私たちの目的はあくまでも討伐ですし」
「それには依存は無いが、こいつのこのいびきが無くなったら、それだけで他の奴らに危険を知らせる事にはなりはしないか?」
「だとしても問題は無いでしょう。最終的にはゴブリンの集団と戦うことになることを考えると、こいつがこうして存在している方が危険です」

 ホブゴブリンのいびきが止まれば他のゴブリンどもに何かしらの危険を察知させることにはなるだろう。
 だがそれを恐れてこの用心棒もどきを放置しておけば、ゴブリンの集団と戦っている最中に起きてきて背後をつかれる可能性もある。
 ナオミが恐れるのは挟撃される危険性だった。
 今さら自分たちがゴブリンの集団に後れを取るとは思えないが、万が一勝ち目が無くなったなら撤退を余儀なくされるだろう。
 その時にこいつが逃げ道を塞いでいたら?
 挟み撃ちにされ、逃げ道を失う。
 戦って勝利することを目的とするなら、それは絶対に避けなければならなかった。

「万が一を考えておくのも戦略や戦術というものです」

 言いながらナオミは長刀を振り下ろし、ホブゴブリンの首を落とした。

「……なんかさっきもそうだけど、随分と血生臭い事させてるね」

 あまり女の子にそういう事はさせたくないなぁ、とジョナサンは苦笑するが、ナオミは一向に気にしていない風だった。

「軍人として戦争に参加すればもっと血生臭いことになりますよ。これくらいは大したことありません」
「でもさぁ」
「気にしないでください。それに、冒険者ならこういう事は男も女も関係ないでしょう?」

 適材適所というやつだ、とナオミは笑った。

*     *     *

「何かしら……。奥の方から騒々しい物音が聞こえるわ」

 先程の通路を戻り、T字路の残りの道を進むと曲がり角が見えた。
 その曲がり角の奥の方から物音がするのをローズマリーが聞きとがめる。

「……声の感じからしてゴブリンの集団ね。これ以上覗き込むと見つかりそうだから、どんな個体がいるかはわからなかったけど」
「じゃあ、もう正面から突撃するしかないか」

 相手が雑魚のゴブリンのみであればおそらくは楽勝だ。
 だが相手の中に魔術を操るゴブリンシャーマンや、多数のゴブリンを率いることに長けたゴブリンロードのような上位種がいれば……?
 探索役を買って出てくれるローズマリーがそれを判断できなかったのは痛いが、少なくとも背後にいたホブゴブリンは排除したのだ、危険極まりなければ逃げればいい。

 ジョナサンの言葉に従い、それぞれに意思を確認し、各々が得物を構える。

「それじゃ……、突撃!」

 ジョナサンを先頭にワースハンターズは曲がり角を抜け、奥の部屋へと突撃する。

 奥の部屋は広間となっており、10数人の集団が広がって戦えるほどだ。
 そこにいたのはやはりゴブリンとコボルト――犬のような外見をした体長1メートル程度の下級妖魔――の集団だった。
 その数ゴブリンが2、コボルトが4。
 だが、部屋の奥の方に異彩を放つ存在がいた。
 体表はゴブリンと同じ緑色だが、肥大した後頭部ごと全身を濃い緑のローブで包み、杖を手に持ったゴブリンの亜種。

「ゴブリンシャーマンがいたか!」

 ゴブリンシャーマン――下級妖魔ゴブリンの中でも上位種に含まれる存在。
 繁殖力の高いゴブリンの中において稀に誕生する、高い知力を持った魔術を操るゴブリン。
 叫んだエリオットと同じく魔法の矢や眠りの雲を扱いこなす危険な存在。
 どうやらこの討伐依頼、楽勝とはいかなくなったようだ。

「エリオットはとにかく魔術に集中してください! 後はひたすら数を減らしましょう!」

 この状況で最も怖いのはゴブリンシャーマンに眠りの雲を使われることだ。
 初歩的な魔術ではあるが、初心者はもちろん上級者でさえ好んで使いたがるほどに高い効果が見込めるからだ。
 だがそれは相手も同じこと。同じくエリオットが眠りの雲を発動させればそれだけでこちらが有利になる。

 部屋で騒いでいた妖魔たちは突然現れた武装集団を見て慌てふためくが、集団が自分たちを害するためにやって来たと理解するや否やすぐさま戦闘態勢を整えた。

 エリオットが後ろに下がり、構えた弓矢をしまって魔術の集中に入る。
 妖魔の方もエリオットが魔術師でしかも眠りの雲を放とうとしていると分かったのか、それを止めるべく殺到する。

 コボルトが1体飛び込もうとするが、そのコボルトの顎にガルディスの拳がカウンター気味に突き刺さる。
 顎を砕かれたコボルトは痛みに耐えきれずそのまま気を失った。
 盗賊の片割れがコボルトの相手をしている間にもう1人の盗賊が別のコボルトを狙う。
 逆手に構えられた剣がコボルトの胴を薙ぐが、当たりは浅かった。
 ローズマリーはそれに構わず次の獲物を狙うべく場を駆け回る。
 高速で動きながらすれ違い様に両手の剣で斬りつけていくのが彼女のスタイルだ。

 奥にいるゴブリンの相手はジョナサンとナオミの担当だ。
 数こそ多いコボルトだが、実はコボルトは妖魔の中では非常に憶病であり、無理に相手せずとも勝手に逃げていくことが多い。
 ならばコボルトの方は適当に相手をし、前衛連中が比較的戦意の高いゴブリンの対処をするのがいい。
 ジョナサンの棍が、ナオミの刀が2体のゴブリンを襲う。
 大振りを放ったジョナサンの攻撃は回避されたが、ナオミの刀は片方のゴブリンを袈裟懸けに切り裂いた。

 だがゴブリンの方も負けてはいない。
 前衛2人に狙われたゴブリンはそれでも後方にいる魔術師を狙ったのだ。
 ジョナサンに狙われた方は持っていた得物の斧をエリオットに投げつける。
 魔術に集中していたエリオットは、突然飛んできた斧をすんでのところで回避するが、これは実はゴブリンによるフェイントだった。
 一方、刀で斬られたゴブリンは目の前の白い女を無視し、奥にいるエルフの少女を棍棒で殴りつけた。
 人間どもに指示を出していたのはこのエルフの女だ。
 指示系統を奪うならこの少女を狙うべきだ!
 ナオミによって抑え込まれたはずのゴブリンに狙われたエリカは、とっさに自前の槍で身を守ろうとするが、防御が間に合わず肩を殴打されてしまった。

「エリカ!」
「大丈、夫! マリーちゃん、行って!」

 殴られたエリカの悲鳴にローズマリーは自慢の足を止めそうになるが、当のエリカから気にするなと言われてしまえば気にするわけにはいかない。
 それにエリカを殴った手負いのゴブリンはガルディスの放ったナイフが頭に突き刺さり、エルフの参謀を殺せぬまま絶命したのだ。
 エリカ自身も、ローズマリーに斬られて動揺したコボルトに槍を突き出してその命を奪っていた。
 なるほど、彼女はまだ大丈夫そうだ。
 ならば、自分は自分の役目を果たすのみ!

 ローズマリーが走り回る中、意外な事態が起きていた。
 奥に控えていたはずのゴブリンシャーマンがエリオットを杖で直接襲いに来たのだ。
 眠りの雲で冒険者どもを眠らせるよりも、魔法の矢で1人ずつ血祭りにあげるよりも、まずは脅威になりうる魔術師を始末しようと思ったらしい。
 斧を投げられ、意識が回避に向いていたエリオットはどうにかその悪意から身を守ることに成功したが、魔術の集中を邪魔されたことには変わりはない。

「ちっ、まさか直接殴りに来るとは……!」

 舌打ちするが彼の頭には斧を投げられた恐怖がこびりついてしまったらしく、さらなる集中ができなくなっていた。

 ところが、そんなエリオットを狙ったゴブリンシャーマンの邪魔をする者が現れた。
 ジョナサンである。

「この野郎!」

 シャーマンを守るはずのゴブリンが1体いなくなり、コボルトも2体が倒れ、残った内1体は怯えからか身構えるしかできておらず、気が付けば1体は逃げ出していた。
 その上、守られる立場にあるはずのシャーマンが前線に出てきたのだ。
 これを見逃すわけにはいかない。
 ゴブリンの相手もそこそこに、ジョナサンはその身を翻しゴブリンシャーマンの頭部めがけて飛び蹴りを繰り出した。
 ジョナサンの左足がシャーマンの側頭部に吸い込まれ、その中に詰め込まれた脳を揺らす。
 揺れた頭に応じるように足が勝手に動き、緑のシャーマンは緑の魔術師から離れていった。

 後ろにいたはずのシャーマンが前線に出てくる。
 この事態は残ったゴブリンとコボルトをも驚かせた。
 相棒を傷つけられたゴブリンは白い女を狙うが、逆に女の刀で斬られてしまう。
 駆け回っている小さい女の攻撃をコボルトは回避できず背中を切り裂かれる。

 その隙にエリカは持っていた荷物袋から水筒を取り出し、溜まっている水を少々手に移して、その水を棍棒の一撃を受けた肩に塗り付ける。

「水よお願い、力を貸して。私の肩を冷やして」

 それは呪文詠唱というよりも、自然界に対する呼びかけだった。
 エリカは宿の歌い手ではあるが、それと同時に精霊術師である。
 彼女の精霊術は精霊を呼び出し使役する「召喚」ではなく、精霊をその身に宿らせ肉体を媒介として力を扱わせる「憑精術」でもない。
 どちらかといえば精霊の力を一瞬だけ顕現する「霊験」である。
 水の精霊ウンディーネの霊験が彼女の傷ついた肩を冷やして治療する。
 全快にはならなかったが、少なくともこれでやすやすと倒されることは無くなった。

 戦いは冒険者の側が優勢だった。だが冒険者たちのこの優位性は活かされることが無かった。

 乱戦状態となった広間はそれぞれの掛け声と、武器の振るわれる音と、それを回避する音に支配された。
 繰り出した攻撃がことごとく当たらぬまま、何10秒もの時間が過ぎてしまう。
 特に両陣営の魔術師が呪文詠唱に集中できないために、互いに決定打に欠けていたのだ。

 そんな膠着状態から解放されたのはローズマリーのおかげだった。
 敵の数が減ったために普段の高速移動戦法をやめ、1体の相手に集中した結果、残っていたゴブリンを屠ることに成功した。
 それがきっかけとなったのか終始怯えてばかりだったコボルトをガルディスの拳が打ち据える。
 焦ったゴブリンシャーマンはガルディスに精神破壊――対象の精神を破壊し激しく混乱させる魔術――を仕掛けるが健闘むなしく、ジョナサン、ガルディス、ナオミの連続攻撃によってついにその生涯を終えた……。

*     *     *

「誰だよ、簡単な依頼とか言ったの……」

 妖魔たちとの戦闘を終えて冒険者たちは一部を除いてその場にへたり込んでいた。
 激しい負傷はほとんど無く、せいぜいがエリカがゴブリンから手痛い一撃を食らったのと、膠着状態での乱戦でジョナサンが殴られたくらいであるが、負傷よりも精神的な疲労が彼らを襲っていた。

 妖魔の方もそうだが、何よりも攻撃が当たらなかったのは痛すぎる。
 眠りの雲の発動が早く行われていれば、間違いなくもっと早くに、それでいてもっと楽に戦闘は終わっていただろう。
 もっとも、相手方も似たような状態ではあったのだが……。

「戦闘1つでこんなにも集中できなくなるとはな……」

 ジョナサンのぼやきにエリオットが舌打ちで応じる。
 今回の戦闘において最も役に立てなかったのが彼だ。
 敵が残っている間、彼はほとんど何もできず、ようやく眠りの雲を発動できると思った瞬間には戦いが終わってしまったのだ。

「そのあたりは今後の課題にするとして、今はとにかく休みましょう」
「そうですね、もう危険は無いようですし……」

 メンバーの中では比較的冷静なナオミとエリカも安心したように座り込んでいる。
 確かに彼女たちの言う通り、洞窟内にいるゴブリンを含めた妖魔たちは大方片付いた。
 少なくともコボルト1体が逃げてしまっているが、用心棒のホブゴブリンもいなければ頭を務めていたゴブリンシャーマンもいないので、当分帰ってくる事は無いだろう。

「でもさ、できれば日が暮れない内には帰りたいよね……」

 言いながらジョナサンは広間の奥を眺めやる。
 広間には、自分たちが入ってきた曲がり角の通路の他にもう1つ通路があった。
 戦闘終了後に、ボスが待ち構えていたボス部屋の奥といえば宝物庫だ、とばかりに盗賊2名がそちらへと向かってしまったのである。

「まったく元気なもの、……いやこの場合は現金なもの、と言ったところでしょうか」
「宿でも話してたもんね。隠し財宝があれば俺たちのものになるかもってさ」
「……今ならその気持ちがわかりますね。あまりにも無駄な労力を費やしたわけですから、何かそれなりの見返りでもないとたまったものではないですね」
「ホントに財宝とかあったらいいんだけどね。盗賊2人に、いや、この場合は財宝を貯め込んでるはずのゴブリンに期待、なのかなぁ」

 ナオミとそういう雑談を繰り広げていた時だった。
 当の盗賊2人が疲れを滲ませながらも満面の笑みを浮かべて戻ってきたのは。

「見つけてきたで、臨時収入や!」

 言いながらガルディスが見せつけてきたのは何やら重量のありそうな麻袋と、先端に宝玉が取り付けられた杖だった。
 麻袋の方は銀貨が200枚入っている。
 農民のものとは考えにくいのでおそらくは自分たちのものになるだろう。
 杖の方はガルディスからエリオットに手渡される。

「これは……、賢者の杖か?」
「何それ?」
「所有者の精神集中を助ける魔術が込められている、魔術師の必需品だな。……私は持っていなかったが」

 魔術師学連に所属する魔術師であればほぼ誰もが持っている、魔術師のための魔術発動体。
 諸事情によりエリオットはこの杖を持つ事が無かったが、まさかそんな杖がこんな所で手に入るとは。

「あれ、だったらさっきのゴブリンシャーマンが持ってたのは?」
「ああ、賢者の杖に似ていたがあれはただのまがい物だな。あんな物を持っていたところでただの棒にしかならん」

 ゴブリンシャーマンが魔術を行使する際に使っていた杖はただの飾り物だった。
 それなりに効果のある代物であればいっそ自分が奪ってしまおうとエリオットは考えていた。
 何しろ戦闘中だったとはいえ一切の魔術を発動させることができなかったのだ。
 さすがに自らの無力さを実感せざるを得なかった。
 何かしらの魔術発動体は必要になるだろうと思ったが、まさかこんなに早くそれが手に入るとは考えもしなかった。

「なんぼなんでも農民の持ちモンやないやろ。ありがたく使うとけ」
「……そうだな、ありがたく使わせてもらうか」

 魔術師であるはずなのにいざという時に魔術が使えないのでは己の沽券に係わる。
 賢者の杖はエリオットの良き相棒になるだろう。

「他には何か無かったの?」
「他はもうガラクタばかりね。頑丈な鉄製の箱に入ってた割には大したことなかったわ。銀貨と杖が一番マシな戦利品ね」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。まだ報酬も貰ってないしね」

 ローズマリーから成果を聞き出したリーダーが立ち上がると、それに呼応するかのように残りのメンバーも立ち上がる。

「報酬貰ったら美味しいもの一杯食べようよ。最近あんまり食べてないんだしさ」
「いや、あなたは普段から食べてるでしょう。人の何倍食べれば気が済むんですか」
「食うのもええけど、まずは酒やろ。今日は呑むで~!」
「そういえば朝の仕事の祝杯、貰い損ねてるのよね。絶対飲んでやるんだから」
「それもいいですが、技の講習に使うのもいいと思いますよ。さすがにこんな事態は2度は避けたいですし」
「……その前に借金返済か貯金だろう。どれだけツケが溜まってると思ってるんだ」

 貰い受ける予定の銀貨の塊を脳裏に浮かべながら彼らは凱旋する。

 そして、この時手に入れた賢者の杖を巡って後に騒動が起きることを、彼らは知る由も無かった……。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:ゴブリンの洞窟
対象レベル:1~3
作者   :齋藤 洋(groupAsk)様
入手場所 :ゲーム本体ダウンロード時に同梱

・今回の収支
収入+   600sp…クリア報酬
  +   200sp…洞窟内で入手
―――――――――
合計=   800sp

・入手品
アイテム…賢者の杖→エリオットへ

ゴブリンの洞窟・後書きへ

その名はワースハンターズ←Prev

Next→家宝の鎧

その名はワースハンターズ

 冒険者の宿「星屑の夜空亭」は、交易都市リューンに点在する宿の中でも老舗に分類される。
 何年前から建てられたのかは今となっては誰も知らないが、幾人もの経営者が代替わりを繰り返しながら続いてきたのは間違いない。
 今に至るまでに何人もの冒険者が生まれ、育ち、そして消えていった。
 成り上がった末に王宮や貴族のお抱えとなった者。
 結婚して家庭を設け、静かな生活を送った者。
 旅の中、帰れなくなった者……。
 大半の冒険者が冒険の最中に命を落とし、そうでない者もいつの間にか名前も忘れ去られた。

 そして、その数ある冒険者の中に、英雄と呼ばれた者は、いない。

 冒険者というのはどちらかと言えば社会の底辺に属する集団だ。
 地位も名誉も欲しいままにしていたが落ちぶれてしまった元貴族や王族。
 家族を養いたいが運悪くまともな仕事に就けなかった親。
 家族に愛されず捨てられた孤児。
 高貴な身分を持ったまま冒険者になる者はそうそうおらず、ほとんどはチンピラやゴロツキに毛が生えた程度の「それよりは多少はマシ」な連中ばかり。
 だがごくまれに、数々の冒険を経て英雄とまで呼ばれるようになる例外中の例外が現れるのだ。

 冒険者は社会の底辺。だがいつの世も、その冒険者になりたがる者は後を絶たない。
 初代の経営者もご多聞に漏れず、そういったところに目を付けたのだろう。
 冒険者は天に散らばる星屑のような存在。
 そのほとんどは小さいが、中には大きく輝く星もあるものだ。小さな星々も集まれば夜空を彩る光になる。
 そういった意味を込めて「星屑の夜空亭」と名前を付け、冒険者を利用して金儲けを企んだのが始まりだった。

 そうして英雄こそ生まれなかったものの、運良く長続きした冒険者の宿。
 その今代の経営者はジョッシュ・クーパーという中年の男だった。
 かつては冒険者として数々の旅を経験し、それなりに名をはせ、所属していた宿を受け継ぎ、今度は自身が冒険者を受け入れ育てる仕事に就いた。
 さすがに体力の面では衰えたが、冒険者だった頃の知識と経験を活かし、亡くなった妻との間に生まれた娘カレンと共に、未来の英雄候補たちを支えるのがこの男の役目だった。

 だが、かつて自身が冒険者として多くの敵を屠ってきたそのツケが回って来たのか、星屑の夜空亭は未曽有の危機に瀕していた。
 冒険者の信頼と信用を根幹から揺るがす大事件により、所属する冒険者の大半が宿から出て行ってしまったのだ。
 冒険者の宿は、その名の通り冒険者という存在がいなければ成り立たない商売だ。
 その商売の種が無くなってしまえばどうなるかは想像に難くない。
 ジョッシュ自身、まさか自分の代で長年続いてきた宿を潰す破目に陥るとは思いもしなかったが、全ての冒険者の宿が永遠不滅ではなく、似たような理由で潰れたものもある以上、これもまた運命かと半ば受け入れてもいた。

 そんな星屑の夜空亭には6人の冒険者が所属していた。
 前述の「大事件」を経て、それでも宿に残ってくれた若者たちだ。
 長い棒を振り回す狩人の武術家ジョナサン・グレスティーダ。
 破壊専門の魔術師を母に持つ緑色の魔術師エリオット・グライアス。
 北の国から流れてきた長刀を操る女軍人ナオミ・アンダーソン。
 投げナイフとボクシングの使い手で西方訛のきつい盗賊ガルディス・ネイドン。
 腰に差した2本の剣が武器の小さな殺し屋ローズマリー・レイドワイズ。
 宿の歌い手にして精霊と繋がりのあるエルフの少女エリザティカ・レンコップ。
 この6人組こそが、星屑の夜空亭で唯一活躍するパーティだった。

 彼らは決して正義の味方ではない。
 金銭を含めた報酬と、それに伴う危険を比べて、生きるためにはそれなりに手段を択ばない。
 わざわざ悪の道に手を染める事は無いが、それでも所詮はチンピラ、ゴロツキと同義の底辺連中。
 だからこそ彼らは自分を高く見せようとはしない。

「偉くないからこそできる事がある」
「複数形のSは決して独りきりではないという意味」
「いついかなる時こそ自分らしくあれ」
 それが彼らの信条。

 ワースハンターズ。
 自身にとって最も価値あるものを追い求める者たち。

 彼らは自分たちをそう呼んだ。

*     *     *

 道を駆け、壁を上り、屋根を飛ぶ。
 日課にしている走り込みで同じコースは基本使わない。
 石畳のひびを避けながら、あるいは普通に、時にはつま先だけで、走り方にもひと工夫。
 目についた好みの女の子に声をかけるのは、……今日はやめておこう。
 宿に依頼が入っているという話があったと思うから、今日は普通に帰ろう。
 多少、後ろ髪を引かれる思いをしながらジョナサン・グレスティーダはリューンの街を駆けていた。

 上った屋根から通りを見渡せば、見慣れた緑色のシルエット。
 その後ろ姿を追い抜いて、屋根から飛び降りる。

「おわっ!?」

 男の目の前数10cmのところに突然何者かが落ちてきた。
 後ろ姿しか見えないが、背中に長い棒を括り付けた暗い金髪の持ち主は緑色のマントを羽織った男――エリオット・グライアスのよく知る人物だった。

「お先!」

 言い残し、ジョナサンはそのまま通りを駆け抜ける。

「――っ! 毎度毎度人の目の前に降りるなと言ってるだろうが!」

 聞こえているのか聞こえていないのか、魔術師の文句を背に狩人は走り去ってしまう。

「まったく、あの男は……」
「相変わらずやな、あいつは」

 そうしていると今度は横合いから声がかけられる。
 西方訛のその声の持ち主は盗賊ガルディス・ネイドンのものだ。

「別に走り込みをやめろとか言うつもりは無いが、気まぐれで人の目の前に飛び降りるというのはどうにかならないものか」
「そぉ言うたかてやめるあいつやないやろ。ましてワシらが言うたところで無視するだけやで」
「男の言うことは基本聞かん男だからな」

 ジョナサンに対する不満を口にしながら、ハーフエルフの2人は連れ立って歩きだす。

「ところで卿(けい)がここにいるということは『仕事』は終わったのか」
「そらもぉ。きっちりカタつけたがな。……ローズマリーの奴はさっさと帰ってもぉたけど」
「あいつはあいつで相変わらずか。実に逃げ足は速い」
「まったくや。報告とかは全部ワシの仕事になっとるで」

 不満の対象はいつの間にか変わっていた。

*     *     *

 半ば日課となっているリサイタルを終え、エリザティカ・レンコップ――愛称エリカは宿への帰路を急いでいた。
 小さな竪琴を抱え、プラチナブロンドをなびかせながら走る姿は人々の好奇の視線を誘うが、そのようなものを気にする彼女ではない。
 そんな彼女が足の速度を緩めたのは全力疾走に疲れただけで、決して見知った姿が目に入ったからではない。

 リューンの街を走り回るジョナサンを見るのは、別にこれが初めてではない。
 朝、適当に出かけて軽く歌い、それから帰る。
 その道すがら走り込むジョナサンを見かける、もしくは声をかけられて共に帰る、というのはエリカの日常でもあった。
 場合によっては若い女性に声をかけるジョナサンを竪琴で殴りつけて、無理やり引きずって帰るということもある……。

 どうやら今日のジョナサンはまっすぐ宿に帰るつもりらしい。
 道行く人々を避けながら疾走するということは、ナンパをしている暇は無いのと同義だからだ。
 これで彼がナンパに走っているようであればとりあえず一撃を入れるつもりであったが……。

 呼吸を整えながらエリカは足を進める。
 昨日の夜、依頼が入ったという話を聞いたのだ。
 依頼――冒険者にとっての仕事があるということは、それはすなわち自分たちの出番ということ。
 であれば、余計な時間は使っていられない。

 そうしていると他の見知った顔が見えた。
 同じ宿に所属するハーフエルフの魔術師と盗賊だ。

「エリオット、ガルディス、おはようございます」

 同じパーティの一員として活動するハーフエルフたちに、エリカは丁寧だった。

「おはよう、エリカ」
「お、おはようさん。さっきまで歌ってたんか?」
「ええ」

 半妖精と妖精族が連れ立って歩く。
 冒険者が多く存在する交易都市リューンならではの光景だ。

「その様子やと特に何も無かったみたいやな」
「……無かったと言えば無かったような、あったと言えばあったような」
「な、何があったんや?」
「いえ、ちょっとファンクラブに囲まれてなかなか脱出できなかっただけです」
「人気者やからな、エリカは」

 ファンの子供たちに囲まれて困惑する光景を想像し、ガルディスは笑った。

「しかし包囲網から脱出できても、今度は出待ちのファンが現れるのではないか?」

 星屑の夜空亭の前にエリカのファンが大勢集まっている光景を想像したエリオットの顔に冷や汗が流れるが、エリカはその心配は無いと笑う。

「冒険者の仕事があるからと言っておきましたので、さすがにそれを邪魔しに来る子はいないと思いますよ」
「いやいや、それやったら『エリカに危ない事はさせない』とか言うて押し寄せてきたりとかあるんちゃう?」
「さすがにそうなったら、少しばかり『お仕置き』せざるを得ないですね」

 温厚なエリカは怒ると怖い、というのはファンクラブの間では周知の事実である。
 それを理解したハーフエルフ2人は今度こそ納得したのだった。

*     *     *

「ただいま~!」

 星屑の夜空亭に走り込みから帰ってきたジョナサンの声が響いた。
 宿の1階を見渡せば盗賊ギルドの仕事に行っていたらしいローズマリー、宿を出る前には姿を見なかったナオミ、そして先程まで奥の部屋で寝ていたらしい宿の亭主ジョッシュの姿があった。

「おう、お帰りジョナサン」
「ただいま親父さん。朝ごはんある?」
「今カレンが奥で作ってるよ」
「お、カレンちゃんの手作り!? カレンちゃんの料理おいしいんだよね~」
「その言い方だとわしの料理はまずいという風に聞こえるんだが?」
「やだなぁ、親父さんの料理もおいしいに決まってるじゃない」

 ジョナサンに限った話ではないが、星屑の夜空亭ではジョッシュの事を名前で呼ぶ者はいない。
 誰もが親しみを込めて「親父さん」等と呼ぶのだ。
 一方でカレンの事は誰もが名前で呼んでいたが……。

「でも親父さんの料理よりもカレンの料理の方が嬉しいんじゃないの?」
「そりゃもう! 女の子の手料理なんて世の男どものロマンだもんね!」

 先に朝食を済ませていたローズマリーが茶化すように言うが、そもそも女好きであることを公言してはばからないジョナサンには大して効果は無かった。

「ということは私やローズマリーの料理でも大丈夫、ということで?」
「よっぽどまずい、とかじゃなきゃもちろんね。……っていうかナオミ、俺に料理作ってくれるの?」
「まさか。戦場(いくさば)に生きる私がそんな酔狂なことをするとでも?」
「ですよね~。野宿とかならともかくね~」

 17歳のジョナサンにとって18歳のナオミは彼のストライクゾーンに該当するのだが、当のナオミの方はそもそも恋愛に興味が無いのかジョナサンに対してかなり辛辣だった。

「ただいま~。戻って来たで~!」

 そのような会話を繰り広げていると、先程ジョナサンが追い抜いたエリオット、そこに後から合流したガルディスとエリカが宿に入ってきた。

「おうお帰り、お前さんたち」
「皆さんお帰りなさい! 朝ごはん出来てるわよ」

 厨房からカレンが顔を出す。
 ワースハンターズの6人が揃ったのを確認して、先にナオミとローズマリーに出していたものと同じ朝食を提供する。

「後、ジョニィさんにはリクエストの紅茶もあるわよ。食後でいいわよね?」
「心の栄養と健康のために食後に1杯の紅茶、ってね」

 などとのたまいながら、カレンの手作り朝食にジョナサンが手を伸ばす。
 紅茶に明確な健康増進の効果があるのかは定かではないのだがジョナサンは毎回こう言うのだ。

「さてお前さんたち、食いながらでいいから聞いてくれ」

 ナオミとローズマリー以外の4人が食事を開始したあたりで宿の亭主がそう切り出す。

「昨日の夕方に入ってきた依頼がある。ぜひとも受けてもらいたいんだが、頼めるか?」

 その言葉に彼らは、依頼の詳しい内容の確認を求めた。

 ワースハンターズの物語が、今、始まる……。

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 というわけでPC及びパーティ名の紹介でした。
 これからシナリオをプレイするとともにリプレイもちょくちょく書かせていただきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。

 ワースハンターズは聖職者がおらず、盗賊が2人で、万能型多め、ついでに「_不心得者」ばかりのパーティです。
 これはつまり「回復役に欠ける」ということを意味します。
 回復は基本的にエリカの精霊術頼りですね。
 他に神聖技能以外で回復が可能なスキルやアイテムを入手できればいいんですが、その辺は追々探すことにします。

 PC紹介の時点でお気づきでしょうが、ワースハンターズは「すでに結成していて、すでに冒険者として依頼を受けたことがある」状態からリプレイが始まっています。
 ただし、実際のプレイでは「PC作成したてのレベル1」の状態から始めます。
 途中でプレイするシナリオがいわゆる「過去編」になるということですね。
 ……パーティ結成時の話はどうしたって?
 それはまた、追々、ね?
 あとはまあ勘のいい方であれば「所属する冒険者が出ていくことになった大事件」が何のシナリオか、お分かりになるかな、と。
 それもプレイする予定です。

 ところでパーティ名のワースハンターズですが、実はこれ「Wirth Hunters」と書きます。
「自身にとって最も価値あるものを追い求める者たち」という意味にしてはおかしいって?
 はい、スペルミスです。
 なぜこんなことになったのかは……、これもいつか語りますのでその時までのお楽しみということで。

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PC6・エリカ

 目覚めの光が街を照らしていくにつれて、生きとし生ける者たちは1人、また1人と起きだしていく。
 時には1人で、時には同じ場所に住む家族と共に。
 目覚めの時を宣告して、ある者は商売のための店を開け、ある者は離れた所へと働きに出かけ、またある者はそうした生活とは無縁とばかりに暇を持て余し、またある者は知り合いに会うべく外へと出かける。

 眠っていた街に喧騒が戻ってくる。
 交易都市リューンはその名の通り、周辺地域との交易によって成り立つ街であり、そこには当然のごとく人が集まってくる。
 人と言ってもそれは人間だけではない。
 中には人間と姿形の変わらないエルフやドワーフといった亜人種もいる。
 その年齢層も子供から年寄りまで様々で、一部の裏通りなどを除けば人のいない所は無いだろう。

 交易都市という名前だが交易だけしか存在していないわけではない。
 人が住むための住宅街もあるし、信仰を持つ者のための教会もある。
 また、人が集まり交流を深めるための憩いの場もある。

 リューンは広い街だ。
 商店の数はもとより、住宅街も1区画だけでなくいくつも存在し、またこの世界に広く伝わる宗教――聖北教会も1軒だけでなく、いくつもの教会が点在している。
 裏通りに代表されるようなスラムも1ヶ所だけではないし、無論、憩いの場も1つしか無いわけではない。

 リューンの憩いの場の1つに大きな噴水があった。
 地下から汲み上げた水を独特な形に変えて噴き出させ、その勢いを無くした水が溜まっていた水に落ちていく。
 水同士の衝突音と、舞い散る水飛沫が清涼感を生み出すそこは、冬場はともかく夏の暑い時期には涼を求めてやって来る者たちにとって、最も手軽な避暑地となっていた。

 噴水周辺に人が集まらない日は無い。
 無論、人数に差こそあるものの、必ず誰かがそこにいた。
 それは例えば休息のためであったり、露店を開いて商売するためであったり、はたまた目立つ場所であることを利用しての待ち合わせを行うためであったり……。
 とにかく何かしらの理由で誰かがそこにいる。
 そして今日もまた、やはり人が集まっていた。

 石造りの噴水の縁に腰かけ、すらりと伸びた左手の指先を水の中に沈める。
 誤って落ちないように右手は噴水の縁に添えておく。
 膝の上には愛用の小さな竪琴。
 目を閉じて視界を一面の闇に変え、尖った耳が話し声や足音を捉え、風が長いプラチナブロンドを撫で、陽光の熱が色白の皮膚に降り注ぐのを感じる。

 美しいエルフの少女だった。
 見た目は10代前半といったところの、何も知らぬ子供から少女へと変わってゆく境目だが、外見年齢にそぐわない落ち着きと美貌を有していた。
 長命種であるエルフは個体によっては人間の10倍以上の年月を生きる。
 彼女も実際は130年を生きており、どうやら落ち着いた佇まいはそこから来ているようだ。
 腰の下にまで伸びた長い髪はプラチナの色に輝いており、身に纏う白と桃色を基調としたおしゃれな衣服と相まって、妖精か精霊が血肉をもって存在しているのかと思わせる。

 彼女の存在に気づいた幾人かがその一挙手一投足を注視する。
 噴水の縁に腰かけて微動だにしないその姿は、この広場ではすでになじみのものとなっている。
 そしてそんな彼女がこの後何をするのかも知っている。

 左手に水が絡みつくのがわかる。
 吹く風が髪を梳いていくのがわかる。
 降り注ぐ日が頬を包むのがわかる。
 足が触れる地面から生き物の鼓動が伝わってくるのがわかる。
 どうやら今日の自然たちはとても機嫌がいいらしい。

 ならばこの歌にしようか。
 エルフの少女が縁にかけていた右手を膝の楽器に伸ばし、水から左手を引き抜く。
 沈められていたはずの指先に水滴は一切ついていない。
 引き抜いた瞬間にはすでに乾いていた。
 右手で竪琴を構え、左手の指がその弦を1本ずつ揺らしていく。
 弦の張り具合を確かめてから、知っている音階を呼び出し、指先をもってそれをゆったりと奏でる。

 少女の口が開いた。

 ♪ 踏みつける広い大地は 私の揺り籠
   生まれた私の体を 優しく包むの ♪

 開かれた口と喉から生まれるは歌。
 音階と歌詞を組み合わせて作られる楽曲。
 英雄譚や詩といった語り継がれるようなものではなく、純粋な心や気持ちを乗せただけのもの。

 エルフの少女は歌い手だった。

 ♪ 流れゆく輝く水は 心を洗って
   穢れや涙、汚れたち 清めてくれるの ♪

 ♪ 燃え上がる炎は ほら 優しいぬくもり
   凍り付いた氷を ねえ 融かしてください ♪

 少女が歌うのは彼女が自ら考えだしたものではなく、すでに世の人々が知るような既存の楽曲である。
 彼女はあくまでも生み出す立場にはなく、誰かによって生み出されたものをただ歌うのみ。
 歌うのは彼女の趣味だが、以前他人に対して戯れに歌ってみせたらそれが好評だったため、最近は趣味と実益を兼ねて酒場や広場などで気まぐれに歌い金銭をもらうストリートミュージシャンのようなこともしている。
 作詞や作曲は今のところ考えてはいない。

 ♪ ほらほら風は踊りまわる 世界をぐるりと回しゆく
   ほらほら吹き抜ける風は 世界に思いを届けてく ♪

 歌う姿に道行く人々が足を止める。
 竪琴と少女の口から放たれる音が空気を震わせ、それが優しく人々の耳に入ってくる。
 ハイテンポな激しい歌は彼女の趣味ではないし、また周囲の誰もが彼女がそういった歌を歌うのを求めていない。
 美しいエルフには静かな曲が似合うものだ。
 彼女の歌う「精霊賛歌」は比較的ゆったりとした曲で、歌詞が少ないが歌い終わるのに5分近くかかる。
 精霊に近しい存在である彼女はこの歌を気に入っている。

 ♪ 地よ水よ 炎よ風よ 世界の友よ
   私の隣で今日も 共に生きてゆくの ♪

 最後のフレーズを歌い終わり、余韻を残すように少々のメロディー。
 竪琴から音が途切れると、その一瞬後に周囲の人々から拍手が起こる。
 拍手に混じって心付けとばかりに銀貨も放られる。
 足元に転がる銀のきらめきに少女は苦笑いを浮かべた。
 歌いたい気分で来ただけなのに……。
 とはいえ、この銀貨は彼女の歌に対する報酬のようなもの。
 いただかないというのはかえって失礼になるかもしれない。

「エリカ!」

 逡巡していると観客の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。
 エリザティカ・レンコップ――愛称エリカの耳に届いた高い声は、確か自分のファンを名乗る男の子のものだったか。
 朝のこの時間に噴水で歌うとほぼ必ず聞こえる声だけにすっかり覚えてしまった。

 声の聞こえた方に目を向けると、やはり件の男の子が駆け寄るところだった。
 よほど熱狂的なファンなのだろう、人込みをかき分けて最前列で歌を聞きたがるし、あるいは我先にと曲のリクエストもしてくる。
 もちろん、そういったファンの存在は彼女にとってありがたいものだった。
 ただの趣味として歌っているだけではあるが、そんなものでも聞きたいと言ってくれる者がいるのだ。
 悪い気はしなかった。
 少々強引なきらいはあるが……。

「エリカ! 『朝占い』歌って!」
「また? あの歌そんなに好きなの?」
「エリカが歌うのは何でも好き!」
「……何でもいいんだ?」
「うん!」

 と言いつつ7割の確率で同じ歌をリクエストするのはどういうことだろうか。
 しょうがないなぁ、と苦笑しつつも指定された歌の音階を呼び出す。
 客からのリクエストに応えるのはプロとして当然のことだ。
 別にプロを自称した覚えは無いが……。

 ♪ カーテンから光が差し込んできて おはよう
   今日の朝はどんな顔してるかな 占いの時間 ♪

 ♪ 晴れの日雨の日曇りの日 それとも
   まだ私の知らない朝の顔 見せてくれるの? カーテン開けよう! ♪

 ♪ 目の前に広がるは灰色で ちょっぴり涼しい曇りの日 
   そうだお茶を淹れよう 体を温め
   この後の変化 期待しちゃいましょう ♪

 静かにゆったりと歌われる「精霊賛歌」と違い、この「朝占い」はどちらかと言えば軽やかなアップテンポの曲だ。
 先程は噴水の縁に座りながら、弾き語りよろしく竪琴を奏でていた。
 だがこの歌の場合は座ったままではむしろ歌に対して礼を失することになってしまう。

 噴水から腰を浮かせ、立ち上がる。
 竪琴を右手で抱え、左手で爪弾く。
 軽くステップを踏みながら、少女は歌う。

 ♪ 毎朝 目覚めるたびに世界は ころころ
   素敵な色や音の数々 見せてくれるの ♪

 ♪ 晴れの日雨の日曇りの日 どれでも
   嫌いな朝なんてありはしない とはいえ 好きな朝はあるけどね! ♪

 ♪ 水たちのダンス眺めて ぱらぱら今日は雨降りさん
   土や木々を叩いて 演奏会ね
   自然が奏でる オーケストラ聴こう ♪

 楽器を演奏しながら大きく動くことはできない。
 できるのはせいぜい足踏みと体を軸にした回転くらいだ。
 1歩、2歩、3歩、ターン。
 1歩、2歩、3歩、ターン。
 プラチナのブロンドと膝丈のスカートを翻し、竪琴の音色と共に少女は踊る。

 それにつられたのか、集まっていた人々の反応も変わってきた。
 ステップに合わせて手拍子を送る者、足踏みの音を追加する者。
 子供たちはエリカの動きを真似てステップとターンで彩りを添える。

 間奏が終われば最後の小節だ。
 エリカの左手が目まぐるしく動き竪琴の弦を次々と弾いていく。

 ♪ 飛び込んでくるのは光 きらきら眩しい太陽の日
   日差しをめいっぱい浴びて 命の鼓動を感じながら 今日も生きてゆく ♪

 ♪ 青い空に白い雲に 緑の木々に茶色い土に
   色づく朝を歩いて まだ見ない人に
   今日も出会って 朝の挨拶しよう! ♪

 1歩、2歩、3歩、ターン。
 最後の演奏が終わる。

 集まった観客たちに一礼すると、再びの拍手。
 先の歌の時と同じく銀貨が放られる。
 1枚2枚だけでなく、時折10枚程度が小さな袋に入れられて放られてくる。

 1曲目でもそうだったが、今日は金策ではなくただ歌うだけのつもりでここに来たのだ。
 そのため集金用に使っているバスケットは持ってきていない。
 しかし集まった銀貨をそのまま捨ておくのも気が引ける。
 と思っていると、それに気づいたのか周囲の子供たちが地面に落ちた銀貨を拾い集めだした。
 その光景からエリカがこの後の展開を予想するのは容易かった。

 次に彼らは、

「はい、エリカ。集めておいたよ!」
「……っていうのがいつものパターンよね、やっぱり」

 そう、善意からエリカに投げられた銀貨を集めて、それをエリカに渡そうとするのだ。
 彼らのこうした行動は別にエリカが指示したものではない。
 街中で歌い、いくばくかの金銭をもらうことにした当初は、集まった銀貨はエリカが自らの手で集めていた。
 それがいつの間にか、エリカの歌を聞きに来た子供たち――大半は男の子だった――が自主的に回収を買って出て、今ではそれが当たり前の光景になっているのだ。

 エルフ年齢で130歳のエリカは見た目は人間の13歳に相当する。
 エルフ特有の美しさを持つ彼女は、近所の男の子たちにとってのマドンナ的存在だった。
 それゆえに一部の女の子からやっかみを受けることも無いではなかったが、基本的に男女分け隔てなく接するエリカを心から悪く言う者はいなかった。
 仮にいたとしても周囲の子供が親衛隊よろしくエリカを守ろうとするし、そうでなければエリカ自身が強烈なお仕置きを与えるものだから、面と向かって彼女に危害を加えようとする愚か者はいなくなっていた。

 そんな子供たちの人気者はこの状況を打破することができないでいた。
 ただ歌いに来ただけだ、と言えればそれでよかったのだが、相手が純粋な子供だけにそれが言えない。
 これが大人相手であれば逆に遠慮なく断りの文句を入れられたのだが……。

 ところがそんなエリカの悩みは突然打ち切られる。
 警笛を鳴らしながら、人垣をかき分けて何者かが近づいてきたのだ。

「あ~、失礼、そこの君。治安隊の者なんだがね」

 エリカに声をかけてきたのは男性で、どうやらリューン治安隊の隊員らしい。
 この状況下、単独で声をかけてきたということは、街頭で楽器演奏と歌唱を行うこと、及びそれで金銭を得るのが迷惑行為に当たると注意しに来たのだろうか。

「いや別にね、演奏するなとか歌うなとか言うつもりは無いんだよ。もちろん銀貨を貰うのもダメとか言うわけじゃないんだよ。でも君ね、許可持ってるの? さすがに無許可だと見過ごすわけにはいかないんだよね。周りのみんなは喜んでるかもしれないけど、さすがに無断でやられてるとなるとこっちが困る――」

 そこまで言ったところでエリカは治安隊の男の眼前に1枚の羊皮紙を突きつけた。
 役場から発行された公的な書類であることを示す印鑑と共に「許可証」の文字が大きく書かれていた。

「当然、許可は得ておりますが何か?」

 努めて笑みを浮かべてエリカは事実を述べた。

「楽器演奏についても、歌唱についても、ましてその報酬として金銭を得るということについても、この通りしっかりと許可を頂いております。ついでに言うと、私が街中で歌うのは1度や2度ではありませんし、こうして許可証を提示するのも同じ数だけあるんですよね」

 目の前に突き出された羊皮紙の内容を目で追った治安隊員は己の言動を後悔した。
 目の前のエルフの少女が無許可で歌っていると決めつけ、あまつさえ説教しようとしたのだ。
 この後にこの治安隊員がとるべき行動は決まっている。
 自身の失礼を詫び、その場から立ち去ればよいのだ。

 だが男はその行動に移ることを許されなかった。

「そうだぞおっさん! エリカが許可無くやってるわけないじゃないか!」
「何か月も前からエリカは色んな所で歌ってるんだぞ!」
「治安隊とか自警団とかみんな知ってるのになんでおっさんは知らないんだよ!」
「お、おっさんて、俺はまだ23――」

 周囲に集まっていたエリカのファンクラブの男の子たちから一斉に非難の声を浴びせられる治安隊員は、哀れにもその場から離れることができずにいた。
 何を隠そうこの治安隊員はつい最近入隊したばかりの新人で、エリザティカ・レンコップという少女が何か月も前からストリートミュージシャンよろしく歌って回っていることを本当に知らなかったのだ。
 そこに新人特有の仕事熱心が重なって暴挙に出てしまった。
 その結果が、特に子供が見せる集団暴力の被害だった。

 だがこれは今のエリカにとって非常に都合がいい状況だった。
 注目の目がエリカから治安隊員に移ったのだ。
 話を切り上げてこの場から退散するなら今しかない。

「ねえ、みんな。せっかくだからその銀貨は私からみんなにプレゼントね。それでおいしいものでも食べちゃいなさい」

 言いながらエリカはいそいそと撤収準備を始める。

「え~、エリカ、帰っちゃうの!?」

 当然ながらファンクラブからは不満の声が漏れる。

「ごめんね。この後お仕事があるの」
「それって冒険者の?」
「そうなのよ。だから今日はここまでね」
「ええ~!」
「よかったらまた後で星屑の夜空亭に遊びに来てちょうだいね。後、そのお兄さんの事、あんまりいじめちゃだめよ」

 言い残し、彼女はその場から走り去ってしまった。
 後にはエリカからプレゼントされた銀貨で何を買いに行こうか話し合う子供たちと、あっけにとられる治安隊員の姿が残された。

 星屑の夜空亭に所属する歌い手、というのは彼女の姿の1つ。
 彼女には冒険者という姿もあった。

 エルフの彼女には生来、世界に存在する精霊と繋がる力がある。
 彼女は精霊術師でもあった。

 男の子たちのマドンナ、精霊と歌う歌姫、世界を駆ける冒険者の少女。
 エリザティカ・レンコップは様々な顔を持っていた。

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標準型
秀麗     田舎育ち   貧乏
誠実     冷静沈着   無欲
献身的    秩序派    保守派
無頓着    穏健     勤勉
陽気     派手     上品
繊細

【初期所持スキル】
・水淑女の守…入手シナリオ・風鎧う刃金の技(Y2つ 様)

【備考】
・上記シナリオにてクーポン「精霊術師の徴」取得→経験点-1

 パーティ6人目、エリカです。
 はっきり言って彼女が最も難産でした。
 歌の歌詞をオリジナルで考えないといけないんだもの……。
 エリカは歌い手で精霊術師です。
 あくまでも「歌い手」であって「吟遊詩人」ではないのがポイントです(でもスキルによっては『吟遊詩人』クーポンが必要になるかもしれないので、こっちはこっちで持たせてます)。
 そのため呪歌スキルは持たせますが、あくまでも彼女の本業は精霊術師の方なので、メインは精霊術スキルになります。
 持たせる精霊術も「召喚」や「憑精術」ではなく、「霊験」メインです。
 システム的にカードワースのスキルでこれを表現するのはちょっと厳しいのですが、エリカには「精霊を使役するのではなく、自ら精霊の力そのものを操る」という設定があるからなんです。
 表現的には、変身せず、猫を連れておらず、脱がない「超少女明日香」みたいなもんだと思っていただければ……。

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PC5・ローズマリー

 違法な地下賭博場に昼夜の概念は無い。
 存在を知っているのであればいつ何時訪れても誰かしら居るもので、どのような時間帯でも賭けが行われている。
 盗賊ギルドによる摘発作戦が開始されたのは街の人々が起きだしてくる前――早朝だったのだが、それでも多くの客が隠れて博打に興じていた。

 ギルド員の突入の際、店にいたほとんどの者が乱闘に参加していた。
 手持ちの武器、ないしは酒瓶や椅子を手に、それも無ければ己の手足で戦闘に加わったが、店内にいた全員が盗賊ギルドの手によって倒され捕らえられた。
 だが乱闘開始時に2人だけがその場から逃げのびていた。
 どちらも違法賭博を取り仕切る運営スタッフで、彼らは戦闘に参加するよりも早く自分たちの摘発に繋がりそうな証拠品の類の隠蔽に務めたのである。
 例えば顧客リスト、例えば客に売りつけるための薬物、例えば自衛手段としての武器類……。
 仮に店内にいる全員が捕縛され治安隊に引き渡されたとしても、違法賭博の決定的な証拠が無ければ、重罪にはならず、あわよくば数日の内に釈放されるであろう。
 そのためには自分たちは決して捕まってはならないのだ!

 賭博場に作られた隠し通路を通って彼らは外の世界に飛び出した。
 脱出場所として用意されたのは交易都市リューンの裏通りの一画だった。
 日が昇り、街の様子が明るい色を伴って確認できる時間帯だが、裏通りである以上、人通りは皆無だ。
 このまま路地を駆け抜け、適当な場所に証拠品の数々を隠しておき、ほとぼりが冷めた頃に回収し、リューンを離れ別の場所でまた賭博場を開けばいい。
 今は一時の敗北を甘受するのだ……。

 だが世の中において悪い事というのは立て続けに降りかかるものなのだ。

 脱出に成功した2人の前に1人の人間が立ち塞がっていた。
 長い金髪を頭の横で2つ結びにし、結び目には大きな赤いリボンが結わえ付けられた――いわゆるツインテールの髪形をし、膝の上までの長さの短いスカートという出で立ちの女性である。
 いや、女性と呼ぶにはその人間は身長が低く、どちらかと言えば少女と呼ぶべきだった。

「な……、お、女の子……?」

 あまりにも場違いな存在にさしものヤクザ者も困惑を隠せなかった。
 ここが裏路地で朝から誰かが迷い込んだにしては、目の前の少女から発せられる雰囲気はあまりにも場にそぐわない。
 突然現れた男2人に驚くどころかむしろこちらを見据えて仁王立ちをしているのだ。
 加えて少女の腰の後ろには、どう考えてもその可愛らしい見た目に似合わない剣が2本差してある……。

「ちょっと君、こんな所で何してるの。ここは今から危ない人たちが集まるかもしれないんだから、ケガしない内に早く離れた方がいいよ?」

 それでも何とか平静を取り戻し、男たちは危険に巻き込まれた一般市民のふりをして少女をその場から逃がそうとする。
 いくら相手が子供でも逃走の現場を見られるのは大変によろしくない。
 片方が少女にこの場から離れるよう促そうとして近づいたその時だった。

 少女の両手が腰の後ろに回され、そこから伸びた剣の柄にかかったかと思うと、少女は2本の剣を同時に抜き放ち、近付いてきた男の両の太腿を切り裂いた。
 斜めに一閃された太腿は筋肉に力が入っていなかった分、刃の侵入を容易く許し、血管を断ち切られ紅い血が噴き出す。
 男が足の痛みを知覚したのは噴き出た血液が少女の顔に飛び散ったその後だった。

 突然襲い来る痛み。
 流れ出る血が太腿から下の皮膚と衣服を紅く染め上げる。
 だがそれだけで終わらない。
 少女の逆手に構えられた剣が今度は男の額を真一文字に傷つけ、それに驚いた男が数歩よろけて下がると、今度は真下から剣が振り上げられ正中線に沿って切り裂かれる。
 5秒ほどの間に4回もの斬撃を受けた男は耐えられる痛みの許容範囲を超えて、それ以上の痛みを感じなくなるよう意識を失った。

「な、何だ! 何をするんだ!?」

 少女の蛮行にもう1人の男が驚愕する。
 それもそうだろう。およそ10歳程度にしか見えない可愛らしい少女が、突然剣を抜き放ったかと思えば何のためらいも無くそれを操って男を1人血に染め上げたのだ。
 返り血をその身に浴びた少女は先程と変わらず2本の剣をそれぞれ逆手に持った状態でもう1人を油断なく見ている。

「何をするも何も、これがアタシの仕事なのよね」

 事も無げに言ってのける少女に男は戦慄せざるを得ない。
 表情1つ変えずに人を斬り倒すなど常識では考えられない。
 だがたとえ目の前の少女が何者であろうと、自分がやるべきことがこの場を逃げ延びることなのは変わらない!

 三十六計逃げるに如かず。
 背後から襲われ背中を斬りつけられることになるとしても、殺されてしまうよりはましだ!
 男は逃げ出した。
 戦おうなどとは考えもしなかった。
 そしてその判断は正しかった――はずだった。

 逃げ出す際に男は少女に完全に背を向ける。
 危機回避のために男の上半身が先に動き、それに続いて足が地面を踏みしめる。
 踏み込んだ足の力が推進力となり最高速度を叩きだすのだが、その分、どうしても足が離れるのが遅くなってしまう。
 そこを少女は見逃さず、両の手に持った剣で男の足の腱を切り裂いた。
 最短距離で少女から離れるための行動だったのだが、それが逆に仇となった。
 地面を踏む力が腱を斬られたことで失われ、バランスを崩した男はその場に倒れ込む。

 逃げられない。
 それを理解した男は自らの死を覚悟した……。

*     *     *

「いや、確かに逃げる連中がいたらここで止めろとは言ったよ。場合によっちゃ殺してもいいとは言ったけどよ」

 違法賭博取り締まりのために集められた盗賊ギルドのメンバー――先のガルディスの上司を務める男が少女の起こした惨状を見て肩をすくめた。
 この男は少女――同じく盗賊ギルドに所属する冒険者ローズマリー・レイドワイズの上司でもあった。

 違法賭博を運営するような連中が、何の対策も無しにただ摘発され捕縛されるのを待つはずが無い。
 摘発に乗り込んできた盗賊ギルドやリューン治安隊を相手にするための戦闘準備があるだろうし、そうでなくとも全員で逃げ出すための抜け穴の1つや2つくらい用意していておかしくない。
 ローズマリーに与えられた役割は、要はそんな脱走者の足止めだった。
 当然ながら相手からの激しい抵抗も予想されるため最悪は殺害も許可する、と上司は言ったのだが、だからと言って本当に殺しにかかる奴がいるか……。

「殺してほしくなかったならアンタの人選ミスを呪いなさいよ」

 渋い顔をする上司にローズマリーは鼻で笑って見せる。

「アタシに対して殺すなって言うのは息をするなって言うのと同じ意味よ。捕縛だけが目的ならアタシ以外で2、3人くらいよこすべきだったんじゃない?」
「いやまあそりゃ確かにそうだけどな。だからってこれはやりすぎじゃないかね?」

 眼下に見えるは赤色の海だった。
 体のあちこちをローズマリーが得意とするショートソードの二刀流で刻まれ、そこから噴き出た男たちの血が裏通りの地面をねっとりと濡らしている。
 それどころかローズマリー自身さえも返り血で赤く染まっていた。
 とはいえ、この惨状は脱走を図る連中の足止めをローズマリーに命令した時点で予想して然るべきもののはずだ。

 ローズマリー・レイドワイズは星屑の夜空亭に所属する冒険者であり、リューンに数ある盗賊ギルドの1つに所属する盗賊であるが、それとは別に殺し屋という顔も持っていた。
 2本の剣をどちらも逆手に持ち、肉体をあちこちを切り裂き目標を血まみれにした上、自身も返り血で赤く染めるその姿から「ブラッディ(血まみれの)・マリー」という異名を持つ女殺し屋。
 冒険者をやっている今でこそ殺しの依頼は積極的には受けないが、状況が許すなら殺人に一切の躊躇を見せない凶暴な少女。

 脱走者の足止めが彼女1人に任されたのは、周囲に他の誰かがいれば満足な動きができないからというものでしかない。
 無論、ローズマリー自身もそれを承知していたからこそ足止めを単独で引き受けたのだ。
 自分だけしかいなければ遠慮なく動けるから……。

「まあ最悪は捕まえた他の連中から色々聞きだせばいいんだけども、出来れば情報源はもう少し欲しかったな」

 状況を考えて動けと上司は暗に非難したがそんなことで反省するようなローズマリーではない。
 殺し屋が殺しをやめるなど自身の存在意義にも関わる大問題だ。
 無論、そんなことを言おうものならこの上司からさらに長い説教を聞かされることになるのは火を見るよりも明らかなのだが……。

 だからこそローズマリーは行動で示してみせた。
 倒れている違法賭博の運営スタッフ2人を何も言わずに蹴りつける。
 突然体に衝撃を与えられた男たちは、全身を血にまみれさせたまま呻き声をあげた。
 どうやら彼女は全身をズタズタに切り裂いたものの、殺してはいなかったらしい。

「これで満足?」

 どうだ、お前のリクエストに応えてやったぞ。
 とでも言うかのようにローズマリーは笑顔を見せた。

「……満足するとしよう」

 上司は肩をすくめながら、自身の敗北を認めてやることにした……。

*     *     *

 ローズマリーが星屑の夜空亭に帰り着いたのはそれから10数分後だったが、宿の1階にてくつろげるようになったのはさらに30分も後の事だった。
 それもそのはず、彼女は先程の戦闘――という名の殺戮もどきによって全身が返り血で真っ赤に染まっていたのだ。
 見苦しいというよりも気持ち悪くなるその出で立ちに、ローズマリーは宿の娘カレンによって有無を言わせぬまま浴室に放り込まれ、全身の返り血を洗い流された後に部屋に置いてあった替えの服に着替えさせられたのである。

「毎回思うけど、依頼とかで戦う度に返り血で真っ赤になるのってどうなの?」
「アタシがブラッディ・マリーと呼ばれる所以ってやつなんだし、しょうがないじゃない」

 仕事をこなす前と同じ姿になったローズマリーはカレンの文句にまだ濡れたままの髪をタオルで拭きながら同じく文句を返す。
 ローズマリーとしても自分が返り血で染まる度にとりあえず浴室に放り込むカレンの所業に文句を言いたいのだ。
 1度文句を言ってみたところ、それはそれはいい笑顔を返され、そのあまりの迫力に負けて以来どうしても文句を言えなくなったが……。

「ところでガルディスさんはどうしたの。あの人も一緒に依頼を受けたんでしょ?」
「アイツはギルドに残って報告の手伝いしてるわ。手入れで最初に乗り込んだのアイツだしね」
「ギルド員っていうのも大変ね。……って、ローズマリーちゃんもギルド員でしょ、報告はどうしたの?」
「あ~、アタシはそういうの苦手だからさっさと切り上げちゃったわ」
「……押し付けたのね」
「適材適所って言ってよ」

 実際のところローズマリーは頭脳労働は苦手な方だ。
 そのために盗賊ギルドに対する報告は、同じギルドに所属するガルディスに任せっきりであることが多い。
 もっとも、そのガルディスも頭脳労働は苦手だったりするのだが、立場的にはローズマリーの先輩にあたるためどうしても断れずにいる……。

「そんなことよりカレン、祝杯の葡萄酒がまだなんだけど?」

 酒場のカウンター椅子に腰かけ、棚に置かれた葡萄酒の瓶に目を向けるが、その瓶はカレンによって遠ざけられてしまった。

「だーめ。ローズマリーちゃんは子供でしょうが」
「子供じゃないわよ! アタシはこれでも16なんだから!」
「……毎回思うけど年齢詐称してるんじゃないの?」
「してないわよ! 最低でも16年生きてるのは間違いないんだから!」

 この会話も毎回のものである。

 実際のところローズマリー・レイドワイズという少女が16歳であることはほぼ間違いない。
 だが本人の自己申告によるところが大きいのと、彼女が自身の誕生日を知らない上その出生が不明であること、及び彼女の見た目が10歳程度の少女のそれでしかないところから、16歳なのだと誰も信じてくれないのだ。

 しかもフルネームのローズマリー・レイドワイズというのもどこまで本当なのか定かではない。
 幼少の頃から自分がローズマリーと呼ばれていたことで自分の名前がそれだというのは間違いないが、姓のレイドワイズについては情報源が無いに等しいのだ。
 気づいた時には暗殺者ギルドにて小さな手に剣を握りしめ、人を殺す技術を教わってきた彼女は自分の正体について一切知らない。
 当時、身に着けていた装飾品に「レイドワイズ」と書かれていたことからおそらくそれが彼女の姓なのだろうという予想で、その名前がどういう意味を持つのかを知らぬまま彼女はそれを名乗っているだけに過ぎない。
 その装飾品も暗殺者ギルドに所属する頃には失われてしまい、今ではそれが何だったのか、もはや思い出すこともできない。

 それから時が経ち、リューンの盗賊ギルドに所属するようになってからも彼女は自身をローズマリー・レイドワイズと名乗り続けている。
 自身の出生の秘密について興味を持ったことはあるが、10数年の歳月が彼女から興味を奪い、まして冒険者をしている今となってはもはやどうでもよいものとなっていた。
 今の時点でそれなりに楽しくやっているのだ。
 今更、自分の生まれ育ちがどのようなものであろうと、今の自分を変えることなどできはしないのだから……。

「でもどっちにしてもお酒はだめよ。丁度依頼が入ってるんだし」
「……あ、そうか。そういえば昨日そんな話してたっけ」
「そうよ。それを前にして酔っぱらうわけにもいかないでしょ?」
「……朝から働いて、祝杯を挙げる暇も無く、また働くのかぁ……。一体いつになったら飲めるのかしらね、アタシのお酒」
「依頼が終わったら飲む暇くらいあるでしょうが! 雰囲気出さないの!」

 言いながらカレンは一仕事終えたばかりの小さな殺し屋のために朝食を作ってやる。
 同じ宿に所属する女軍人が買ってきてくれた食材がたくさんあるのだ。
 少しばかり奮発してやろうではないか。
 もっとも、こんなので満足するようなローズマリーではないだろうが。

 腰の後ろに差した2本の剣が武器。
 両方とも逆手に構えて高速で突進するのが彼女のスタイル。

 返り血で自分を赤く染めるのが好き。
 葡萄酒の赤もお気に入り。
 着る服も所々に赤が盛り込まれている。
 赤色が好きでたまらない。

 見た目のせいで子供扱いされるが実年齢は16歳の若者。
 だというのに年齢相応の落ち着きが無いのはなぜなのか。

 見た目は少女、中身は女殺し屋ブラッディ・マリー。
 それが盗賊でもあるローズマリー・レイドワイズという女なのだ。

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万能型
高貴の出   不心得者   猪突猛進
貪欲     利己的    混沌派
進取派    好奇心旺盛  過激
高慢     軟派     ひねくれ者

【初期所持スキル】
・盗賊の眼…入手シナリオ・鼠の行路(SIG 様)
・薙ぎ疾風…入手シナリオ・SIMPLE2000シリーズ THE野宿(絹漉とうふ 様)

 パーティの盗賊役その2、ローズマリーです。
 ガルディスと同じく盗賊として活躍してもらう予定ですが、本質的には「殺し屋」であるため、専業の盗賊ではありません。
 ついでに「暗殺の一撃」も習得予定は(今のところ)ありません。
 ひとまず盗賊系スキルは覚えさせて、それから風系の遠距離攻撃とかを覚えさせる予定です(薙ぎ疾風を持たせたのはそういう意味だったり?)。
 設定上は16歳ですが、ゲームシステム的には「_子供」です。
 そのため、口調振り分け等で子供枠が当てられてしまいますが……、まあリプレイでは若者の女性口調で書かせていただきます。

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