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ゴブリンの洞窟

「ゴブリン退治?」

 宿の亭主――ジョッシュ・クーパーから依頼の内容を聞かされたローズマリー・レイドワイズの、それが第一声だった。

 交易都市リューン近郊の森の洞窟に低級妖魔であるゴブリンの群れが棲みついた。
 そのゴブリンたちを退治してほしいという近隣の農民たちからの共同依頼なのだという。

「年に何百回も起きるありがちすぎる依頼じゃない。別にアタシらの仕事じゃないでしょ?」
「まあありがちな仕事だというのは否定できないがな。そういう意味ではお前さんには物足りないだろう」

 声と顔と態度で不満をあらわにするローズマリーに亭主は苦笑を返す。

 実際のところ、ワースハンターズが冒険者として依頼を受けるのはこれが初めてではない。
 彼らは6人で組むようになってから大小様々な依頼を受けており、経験だけで言えば駆け出しの域はすでに過ぎている。
 しかしながらここ半年以上、星屑の夜空亭には冒険者に対する依頼それ自体が激減しており、冒険者としてまともに活動できたのも数回あるか無いかという程度で、結果、彼らは今や駆け出しと同程度の実力に落ち込んでしまっていた。
 基礎的な鍛錬は欠かさないし、街中での簡単な荷物の運搬や警護の依頼等で糊口をしのいではいたものの、大口の依頼で一獲千金を狙えることも無く、貴族や商人といったところからの人づての依頼を受けられることも無いため、冒険者としての彼らは食べていくのもやっとの状態だった。

 それでも星屑の夜空亭が潰れずにいるのは、過去に大勢の冒険者がいた頃の貯金があったからだ。
 星屑の夜空亭に限らず、冒険者の宿は基本的に舞い込んでくる依頼に対し仲介料を取ることで経営を行う。
 質のいい冒険者が多く存在すれば、そんな彼らを目当てにした依頼が多く入ってくる。
 冒険者の宿はそれらの依頼を冒険者に仲介するという義務を負う代わり、依頼主から仲介料を貰える。
 依頼の数が多ければその分仲介料も増える。
 そうして宿が潤えば、その潤った分を新たな冒険者の育成や、何かしらのトラブルで大金が必要になった際、それらに充てることができる。
 星屑の夜空亭の貯金は、宿に残ってくれた6人と経営者及びその家族の生活費に使われた。
 ただし無償でというわけではなく、いつかは返済するようにという約束事――要はツケとして帳簿に記載されることになっていたが。

 農民たちからの妖魔退治という今回の依頼は、実に2ヶ月ぶりのものだ。
 妖魔の中でも低級に分類されるゴブリンなど、近隣の洞窟に限らずどこにでも湧いて出てくる。
 実にありがちで特に駆け出し連中が請け負うことの多い依頼だが、駆け出し同然に落ち込んだワースハンターズにとっては喉から手が出るほどに美味しい依頼、のはずだ。
 はずなのだが、ローズマリーとしては不満を隠せない。
 殺し屋ブラッディ・マリーとしてのプライドが許せないのだろう。
 駆け出しと同等だと見られる事が我慢ならないのだ。

「2ヶ月ぶりの依頼が低級妖魔退治だなんてシケてるわね……」
「だが2ヶ月ぶりのまともな依頼だ。受けないわけにもいかんだろう」

 エリオット・グライアスのたしなめる声に小さな殺し屋はそれでも不満を口にする。

「そりゃまあ確かにそうよ。それで報酬も期待できるっていうならアタシも受けるわよ。でも依頼主って農民でしかも共同出資よ? 期待できるとは思えないわ」
「そういえば報酬はどれほどのもので?」
「銀貨600枚だな」

 ローズマリーのその言葉で思い出したかのようにナオミ・アンダーソンが確認する。
 報酬額や依頼達成の条件、及び禁止事項等の確認は冒険者としては必須事項だ。
 亭主からの答えは妖魔退治の相場よりは安いというものだった。
 とはいえ、現場となる洞窟は宿からも近いところにあり、その規模もそれほど大きくはないため、合計で半日もあれば片付くであろうことを考えれば十分な額と言えた。
 それでも比較的安いことに変わりはないが……。

「安いなぁ。確かに楽勝やけど、それだけゆうんはなぁ」

 今度はガルディス・ネイドンが不満の声を上げる番だった。

「まあ農家の共同出資となるとこの辺りが限界だからな。賃上げ交渉も無理だぞ。わしがすでに確認した」

 亭主のその言葉は金銭による追加報酬は望めないということを意味していた。
 今回の妖魔退治依頼において、実際に依頼主と交渉したのは亭主だ。
 報酬の増額を求めるならすでに彼が行っているだろうが、その彼をして不可能だと言わしめたのだ。
 だが吉報もある。
 洞窟内で発見された物の内、近隣の農民たちと無関係の物があればそれは自由に持って行ってもいいことになっていた。
 すなわち、ゴブリンたちが金銀財宝をその洞窟に溜め込んでいれば、それはそのまま冒険者の収入となるのだ。

「もちろんその財宝の類が農家さんたちのものだったなら、それは返さなければならんがな」
「そやけどそれはええこと聞いたわ。ほんならゴブリンどもが何か隠してるのを期待しよか」

 あるかどうかわからない隠し財宝の存在にガルディスは喜色を見せる。少なくとも彼はこの依頼を受ける気になったらしい。

「条件は悪くありませんが、仮に私たちが受けなかったらこの依頼はどうなるんですか?」

 そこでエリザティカ・レンコップ――愛称エリカがさらに確認を入れる。
 報酬額は安いが、場合によっては臨時収入が見込める。
 しかも拘束時間は短い。
 自分たちの今の実力を考えれば十分な条件だ。
 だがそれでもなお受けないとなればどうなるか……。

「……受けてほしいというのが本音なんだがな」
「どういうことですか?」
「いや、実はな、すでに仲介料を貰ってしまってて、しかも報酬は前払いでわしが持ってるんだ。だからお前さんたちが受けなかったら、この仲介料と報酬はそっくりそのまま別の宿に回るかもしれないんだ」
「……普通、報酬は後払いでは?」
「わしもそう言ったんだが、あちらさんはどうも切羽詰まってるのか、出来るだけ早くに受けてくれる冒険者を、と報酬を先に渡してきたんだよ」

 農民代表としてやって来たその男から聞いた話では、洞窟に棲みついたゴブリンによって近隣の畑や民家が荒らされ、しかも通りがかった旅人も襲われて荷物を奪われているそうなのだ。
 やって来たゴブリンどもを自分たちで追い払えるならまだいいが、農民が対処するには数が多く、被害もそれだけ大きくなっているという。
 すなわち、これは緊急性の高い依頼なのだ。
 放置した期間が長ければ、その分さらに被害は増すだろう。

「あちらさんがうちに依頼を出したのは、一番近い冒険者の宿がうちだったから、なんだとさ」
「……条件としてはそれなりに悪くなく、それでいて緊急性の高い依頼。受けるには十分だと思いますがどうしますジョナサン?」

 自分で承諾の意を示しても良かったが、エリカはあえてジョナサン・グレスティーダの意思を確認する。
 ワースハンターズにおいてリーダーを務めているのが彼だからだ。

「すでに被害が出てる。冒険者の宿自体はいくらでもあるけど、早く解決してほしいからうちに来た。だったらもう答えは決まってるでしょ?」

 食事を終え、カップに注がれた紅茶を飲み干し、リーダーらしくないリーダーは宣言する。

「ワースハンターズ。この依頼、確かに引き受けた」

*     *     *

 青空が広がり、日差しが大地を灼く。
 降り注ぐ熱と地面から跳ね返る熱が一帯を暖める。
 適度な熱は体に活力を与え、知らず知らずの内にその身を動かさせる。
 冒険日和とは今日のような日の事を言うのだろうか。

 これが遠方への旅行だとか、あるいは近場へのピクニックというのであれば、ただひたすらに歩く時間を楽しんでいただろう。
 だが彼らにそのような余裕は無い。
 これから彼らが行うのは自らの命と相手の命を秤にかけた、血で血を洗う争いだ。
 もっとも、自分たちの実力と、想定される相手の実力を秤にかけた結果、半ばピクニック気分になっているのは確かだったが……。

 宿の亭主から渡された地図を頼りに冒険者たちは件の洞窟を目指す。
 宿から近い所にあると言うだけあって、その洞窟は徒歩で1時間弱の距離にあった。
 土の壁をくり抜いて作られたその洞窟は入り口に扉らしいものは無い。
 勝手に中が崩れ落ちたのか、もしくは大型の動物が掘り進んだのだろう、そこに人の手を入れた半分自然、半分人工の洞窟といったところか。

 上の方から木の枝が垂れ下がり、近くで虫が這っているのが見える。
 その洞窟の入り口に緑色の体をした何かがいた。
 ゴブリン――緑色の皮膜状の皮膚に覆われた、一見、蛙を彷彿とさせる外見。
 成人男性よりは一回り小さい体躯を持った下級妖魔。
 彼らの歴史は古く、いかなる悪条件でも生き延びられる生命力の強さと繁殖力の強さを武器に、古代から人との諍いが絶えないという。
 日光を嫌い、洞窟や迷宮に集団で生息する、極めて邪悪なる存在。
 ゴブリンが単体で存在することはまずありえない。
 ゴブリンを1体見かけたらその周辺に集団ないしは巣があるものと思え、というのは冒険者にとっては常識だ。

「ゴブリンの姿……、あの洞窟か」

 そのゴブリンの姿を認め、冒険者たちは見つからないようにと近くの茂みへと姿を隠す。
 外に1体だけ出ているあたり、あのゴブリンはおそらく見張り役なのだろう。
 下手に姿を見られれば洞窟の中にいるであろう他のゴブリンどもに危険が知れ渡るのは間違いない。
 受けた依頼は洞窟内にいるゴブリンの殲滅であるため、こちらの存在を知られようと問題は無いが、できるなら可能な限り余計な労力を割かずに事を進めたいものだ。

「見張りに見つからずに洞窟へ行くことも可能といえば可能でしょうが、リスクは大きいでしょうね」

 見張り役のゴブリンがこちらの存在に気づいていないのであれば、その隙をついて洞窟内に侵入することもできなくはない。
 だがナオミが指摘する通りリスクは大きい。隠密行動を主体とし、なおかつ単独で動いているのならばそれもありだろう。
 だが自分たちは6人組で、必ずしも全員が隠密行動をとれるわけではない。

 すなわち冒険者たちがするべきなのは、見張りのゴブリンを排除することだ。
 それもできる限り静かに、それでいて確実に。

「確実に排除するなら私の出番だろう」

 エリオットが自らを指して進言する。
 魔術師である彼はその身に2つの魔術を修めている。
 それぞれ魔法の矢と眠りの雲と呼ばれるそれらは、離れた相手に被害を与えるのに非常に向いていた。
 眠りの雲は一定の範囲内に催眠効果を持つ無味無臭のガスを発生させる。
 初歩の魔術としては汎用性が高く、これがあるだけで集団を相手にした戦闘で優勢に立てる。
 一方の魔法の矢も初歩の魔術で、こちらは魔術師が護身用として扱う直接攻撃の手段だ。
 しかもこの魔法の矢というのは狙った対象を絶対に外さない。
 確実に攻撃するための強力な魔術だ。

 だがそれらの案はエリカによって却下された。

「確かにどちらも確実ではありますが、正確なゴブリンの数がわからない以上は可能な限り温存しておくべきかと」

 魔術は自身が保有する魔力ないしは精神力と呼ばれるものを練り上げて発動させるもの。
 すなわち、使える回数に限界があるのだ。
 見張り1体を倒すのに使うにはいささかもったいないというのが彼女の主張だった。

 ワースハンターズは遠距離からの攻撃手段を多く持っていた。
 エリオットの魔術と彼の武器である弓矢、ガルディスの投げナイフ、ローズマリーの薙ぎ疾風――剣に魔力を込め薙ぎ払うことで風の刃を撃ち出せる魔法剣の一種――がそれである。
 だがいずれも決定打に欠ける……。

「遠くから攻撃できるのは有効ではありますが、果たしてたったの1発で確実に殺せるものでしょうか」

 相手がゴブリンであっても、必中の魔術があったとしても、万が一それで倒せなかったら?
 エリカの懸念はそこにあった。

 遠距離攻撃が却下されたなら、彼らの取れる行動は2つ。
 数に任せて突撃し、見張りに声を上げさせる前に倒してしまうか、もしくは気づかれないように忍び寄り暗殺をもって仕留めるか。
 どう考えてもリスクが高すぎるが、まさかこのエルフの少女はそんな方法を提案するつもりだろうか。

 だがエリカが提案してきたのはそのどちらでもなかった。

「こちらが近づくのではなく、向こうに近づいてもらうんです」

 エリカの指示に従いメンバー全員が周囲の木陰に隠れ、近接戦闘に長けたナオミ、ジョナサン、ローズマリーが得物を構える。
 全員の準備が完了したのを認めたジョナサンが近くの草を棍で揺らす。
 小動物が草むらをかき分けて駆けるように、激しすぎず、静かすぎず。

 草が擦れる音が洞窟の入り口に陣取るゴブリンの耳に届く。
 が、一瞬だけ音に興味を示したと思うと、すぐさま興味を失う。

 エリカの合図で再び草を揺する。
 興味を示すがやはり動かない。

 そして3回目。
 さすがにゴブリンも音が気になったらしい。
 音の発生源を特定するべく、揺れた草の方に近づいてくる。

 1歩、2歩とゆっくりと近づいてくる。
 揺れた草の所まで無警戒に近づき、それがゴブリンの命運を分けた。

 木陰から小さな影が飛び出し、両手の剣がゴブリンの首を裂く。
 目の前から何かが立ち上がったかと思うと真上から硬い物で脳天を殴られる。
 叫び声が上がりそうになるがその前に横から飛んできた長い刃物が首と胴体を切り離す。

 こうして邪悪なる妖魔の1体は、己の好奇心によって物言わぬ骸と化した。

「よし、いっちょあがり! エリカ、ナイス!」

 言いながらジョナサンは仕留めたゴブリンを草むらの中に隠す。
 見張り役を倒しても、それが洞窟内にいるであろう他のゴブリンに知られてしまえば意味が無いのだ。

 かくして彼らは洞窟内を安全に歩き回る権利を手に入れた。

*     *     *

 洞窟の入り口に罠が仕掛けられていないことを確認し、冒険者たちは敵の巣窟へと侵入する。
 洞窟内は思いの外ひんやりとしており、食料の貯蔵庫として使えそうな印象を与える。
 元々農民たちが貯蔵庫として使っていたものをゴブリンどもに奪われたのか、それともただの何も無い洞窟に棲み付かれただけなのか。
 そして中にいるゴブリンどもを殲滅した後、この洞窟を何かしらの形で利用するのか、もしくはさらなる脅威が棲み付かぬように封鎖してしまうのか。
 そこまで考えてジョナサンは自ら考えを放棄した。
 どうでもいい事だ。
 洞窟は自分たちの所有物ではない。
 元々持ち主がいるかどうかは知らないが、いなかったとしてもこの洞窟は近隣の農民のものになるだろう。
 ならば、自分たちがあれこれ考えたところでどうでもいい事だ。

 自分たちはあくまでも冒険者。
 そう、冒険者でしかないのだから……。

 今はゴブリンの討伐が先だと思い直したところで、ジョナサンは――いや、ジョナサンを含めた全員が違和感を覚えた。
 洞窟に入った瞬間には聞こえなかった異様な音が聞こえてくるのだ。

「……なあ、何かこう、地鳴りみたいな音が聞こえない?」
「めっちゃ聞こえるわね」

 顔をしかめながらローズマリーは前方の道を指す。
 洞窟は入るとすぐに曲がり角が見え、そこを曲がるとT字路になっていた。
 前方と左側に道が伸びており、ジョナサンの言うところの地鳴りのような音は前方から聞こえてくる。
 しかもこの音、一旦聞こえて、一瞬聞こえなくなり、また聞こえて、聞こえない、という風に常に聞こえ続けるわけではないのだ。

「どうします、一応調べておいた方が良さそうな気はしますが?」
「危険なものやったら1つでも減らしといた方がええやろ」

 ただの地鳴りであれば下手をすれば洞窟自体が崩れてしまう。
 そうでないのならそうでないものへの対処をすればいい。
 ガルディスの進言に従い、一行は前方の道を進んだ。

 通路は狭く、成人男性がギリギリで普通に歩けるというものだ。
 ここでゴブリンに襲われたら先頭、もしくは最後尾の1人ずつしか戦えない。
 先頭をガルディス、最後尾をローズマリーの盗賊コンビに任せて慎重に進んでいく。
 全員が聞いた地鳴りのような音は当然のごとく、進めば進むほどに大きくなっていく。

 通路の行き止まりに到着した時、ようやく地鳴りの正体が判明した。
 体長2メートルほどにもなる体格を持ち、その体格に見合った驚異的な膂力を持つゴブリンの亜種――ホブゴブリン。
 そのホブゴブリンが暢気に熟睡していた。
 地鳴りのような音とはこのホブゴブリンのいびきの音だったのだ。

「俺たちがここにいるってのに、よくもまあ気持ち良さそうに……」

 通常のゴブリンと比べて近接戦闘に優れたホブゴブリンは、ゴブリンの集団においては用心棒的な扱いをされることもある。
 だが一方でホブゴブリンは非常に憶病であり、その醜態は冒険者の間で笑い話にされることが多いという。
「田舎者のゴブリン」と名付けられるだけのことはある、というわけだ。

「さしずめ用心棒なのでしょうが、これでは全くの役立たずですね」

 エリカが呆れたように鼻を鳴らす。
 近くに武装した6人の集団がいるというのにその気配に気づかずに寝こけているのだ。
 どのような危険が待ち構えているかと身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなる。

 だが、だからといってこの大型の個体を放置しておくわけにはいかない。
 自分たちが依頼されたのは殲滅だ。
 当然、この寝坊助も討伐対象に含まれる。
 幸いにしてこの行き止まりは通路部分と比べて広く、ナオミの長刀を振り下ろすくらいなら可能だった。

「ん、ここで倒してしまうのか?」

 ナオミが刀を抜くのを見てエリオットが止める。

「倒してしまいましょう。私たちの目的はあくまでも討伐ですし」
「それには依存は無いが、こいつのこのいびきが無くなったら、それだけで他の奴らに危険を知らせる事にはなりはしないか?」
「だとしても問題は無いでしょう。最終的にはゴブリンの集団と戦うことになることを考えると、こいつがこうして存在している方が危険です」

 ホブゴブリンのいびきが止まれば他のゴブリンどもに何かしらの危険を察知させることにはなるだろう。
 だがそれを恐れてこの用心棒もどきを放置しておけば、ゴブリンの集団と戦っている最中に起きてきて背後をつかれる可能性もある。
 ナオミが恐れるのは挟撃される危険性だった。
 今さら自分たちがゴブリンの集団に後れを取るとは思えないが、万が一勝ち目が無くなったなら撤退を余儀なくされるだろう。
 その時にこいつが逃げ道を塞いでいたら?
 挟み撃ちにされ、逃げ道を失う。
 戦って勝利することを目的とするなら、それは絶対に避けなければならなかった。

「万が一を考えておくのも戦略や戦術というものです」

 言いながらナオミは長刀を振り下ろし、ホブゴブリンの首を落とした。

「……なんかさっきもそうだけど、随分と血生臭い事させてるね」

 あまり女の子にそういう事はさせたくないなぁ、とジョナサンは苦笑するが、ナオミは一向に気にしていない風だった。

「軍人として戦争に参加すればもっと血生臭いことになりますよ。これくらいは大したことありません」
「でもさぁ」
「気にしないでください。それに、冒険者ならこういう事は男も女も関係ないでしょう?」

 適材適所というやつだ、とナオミは笑った。

*     *     *

「何かしら……。奥の方から騒々しい物音が聞こえるわ」

 先程の通路を戻り、T字路の残りの道を進むと曲がり角が見えた。
 その曲がり角の奥の方から物音がするのをローズマリーが聞きとがめる。

「……声の感じからしてゴブリンの集団ね。これ以上覗き込むと見つかりそうだから、どんな個体がいるかはわからなかったけど」
「じゃあ、もう正面から突撃するしかないか」

 相手が雑魚のゴブリンのみであればおそらくは楽勝だ。
 だが相手の中に魔術を操るゴブリンシャーマンや、多数のゴブリンを率いることに長けたゴブリンロードのような上位種がいれば……?
 探索役を買って出てくれるローズマリーがそれを判断できなかったのは痛いが、少なくとも背後にいたホブゴブリンは排除したのだ、危険極まりなければ逃げればいい。

 ジョナサンの言葉に従い、それぞれに意思を確認し、各々が得物を構える。

「それじゃ……、突撃!」

 ジョナサンを先頭にワースハンターズは曲がり角を抜け、奥の部屋へと突撃する。

 奥の部屋は広間となっており、10数人の集団が広がって戦えるほどだ。
 そこにいたのはやはりゴブリンとコボルト――犬のような外見をした体長1メートル程度の下級妖魔――の集団だった。
 その数ゴブリンが2、コボルトが4。
 だが、部屋の奥の方に異彩を放つ存在がいた。
 体表はゴブリンと同じ緑色だが、肥大した後頭部ごと全身を濃い緑のローブで包み、杖を手に持ったゴブリンの亜種。

「ゴブリンシャーマンがいたか!」

 ゴブリンシャーマン――下級妖魔ゴブリンの中でも上位種に含まれる存在。
 繁殖力の高いゴブリンの中において稀に誕生する、高い知力を持った魔術を操るゴブリン。
 叫んだエリオットと同じく魔法の矢や眠りの雲を扱いこなす危険な存在。
 どうやらこの討伐依頼、楽勝とはいかなくなったようだ。

「エリオットはとにかく魔術に集中してください! 後はひたすら数を減らしましょう!」

 この状況で最も怖いのはゴブリンシャーマンに眠りの雲を使われることだ。
 初歩的な魔術ではあるが、初心者はもちろん上級者でさえ好んで使いたがるほどに高い効果が見込めるからだ。
 だがそれは相手も同じこと。同じくエリオットが眠りの雲を発動させればそれだけでこちらが有利になる。

 部屋で騒いでいた妖魔たちは突然現れた武装集団を見て慌てふためくが、集団が自分たちを害するためにやって来たと理解するや否やすぐさま戦闘態勢を整えた。

 エリオットが後ろに下がり、構えた弓矢をしまって魔術の集中に入る。
 妖魔の方もエリオットが魔術師でしかも眠りの雲を放とうとしていると分かったのか、それを止めるべく殺到する。

 コボルトが1体飛び込もうとするが、そのコボルトの顎にガルディスの拳がカウンター気味に突き刺さる。
 顎を砕かれたコボルトは痛みに耐えきれずそのまま気を失った。
 盗賊の片割れがコボルトの相手をしている間にもう1人の盗賊が別のコボルトを狙う。
 逆手に構えられた剣がコボルトの胴を薙ぐが、当たりは浅かった。
 ローズマリーはそれに構わず次の獲物を狙うべく場を駆け回る。
 高速で動きながらすれ違い様に両手の剣で斬りつけていくのが彼女のスタイルだ。

 奥にいるゴブリンの相手はジョナサンとナオミの担当だ。
 数こそ多いコボルトだが、実はコボルトは妖魔の中では非常に憶病であり、無理に相手せずとも勝手に逃げていくことが多い。
 ならばコボルトの方は適当に相手をし、前衛連中が比較的戦意の高いゴブリンの対処をするのがいい。
 ジョナサンの棍が、ナオミの刀が2体のゴブリンを襲う。
 大振りを放ったジョナサンの攻撃は回避されたが、ナオミの刀は片方のゴブリンを袈裟懸けに切り裂いた。

 だがゴブリンの方も負けてはいない。
 前衛2人に狙われたゴブリンはそれでも後方にいる魔術師を狙ったのだ。
 ジョナサンに狙われた方は持っていた得物の斧をエリオットに投げつける。
 魔術に集中していたエリオットは、突然飛んできた斧をすんでのところで回避するが、これは実はゴブリンによるフェイントだった。
 一方、刀で斬られたゴブリンは目の前の白い女を無視し、奥にいるエルフの少女を棍棒で殴りつけた。
 人間どもに指示を出していたのはこのエルフの女だ。
 指示系統を奪うならこの少女を狙うべきだ!
 ナオミによって抑え込まれたはずのゴブリンに狙われたエリカは、とっさに自前の槍で身を守ろうとするが、防御が間に合わず肩を殴打されてしまった。

「エリカ!」
「大丈、夫! マリーちゃん、行って!」

 殴られたエリカの悲鳴にローズマリーは自慢の足を止めそうになるが、当のエリカから気にするなと言われてしまえば気にするわけにはいかない。
 それにエリカを殴った手負いのゴブリンはガルディスの放ったナイフが頭に突き刺さり、エルフの参謀を殺せぬまま絶命したのだ。
 エリカ自身も、ローズマリーに斬られて動揺したコボルトに槍を突き出してその命を奪っていた。
 なるほど、彼女はまだ大丈夫そうだ。
 ならば、自分は自分の役目を果たすのみ!

 ローズマリーが走り回る中、意外な事態が起きていた。
 奥に控えていたはずのゴブリンシャーマンがエリオットを杖で直接襲いに来たのだ。
 眠りの雲で冒険者どもを眠らせるよりも、魔法の矢で1人ずつ血祭りにあげるよりも、まずは脅威になりうる魔術師を始末しようと思ったらしい。
 斧を投げられ、意識が回避に向いていたエリオットはどうにかその悪意から身を守ることに成功したが、魔術の集中を邪魔されたことには変わりはない。

「ちっ、まさか直接殴りに来るとは……!」

 舌打ちするが彼の頭には斧を投げられた恐怖がこびりついてしまったらしく、さらなる集中ができなくなっていた。

 ところが、そんなエリオットを狙ったゴブリンシャーマンの邪魔をする者が現れた。
 ジョナサンである。

「この野郎!」

 シャーマンを守るはずのゴブリンが1体いなくなり、コボルトも2体が倒れ、残った内1体は怯えからか身構えるしかできておらず、気が付けば1体は逃げ出していた。
 その上、守られる立場にあるはずのシャーマンが前線に出てきたのだ。
 これを見逃すわけにはいかない。
 ゴブリンの相手もそこそこに、ジョナサンはその身を翻しゴブリンシャーマンの頭部めがけて飛び蹴りを繰り出した。
 ジョナサンの左足がシャーマンの側頭部に吸い込まれ、その中に詰め込まれた脳を揺らす。
 揺れた頭に応じるように足が勝手に動き、緑のシャーマンは緑の魔術師から離れていった。

 後ろにいたはずのシャーマンが前線に出てくる。
 この事態は残ったゴブリンとコボルトをも驚かせた。
 相棒を傷つけられたゴブリンは白い女を狙うが、逆に女の刀で斬られてしまう。
 駆け回っている小さい女の攻撃をコボルトは回避できず背中を切り裂かれる。

 その隙にエリカは持っていた荷物袋から水筒を取り出し、溜まっている水を少々手に移して、その水を棍棒の一撃を受けた肩に塗り付ける。

「水よお願い、力を貸して。私の肩を冷やして」

 それは呪文詠唱というよりも、自然界に対する呼びかけだった。
 エリカは宿の歌い手ではあるが、それと同時に精霊術師である。
 彼女の精霊術は精霊を呼び出し使役する「召喚」ではなく、精霊をその身に宿らせ肉体を媒介として力を扱わせる「憑精術」でもない。
 どちらかといえば精霊の力を一瞬だけ顕現する「霊験」である。
 水の精霊ウンディーネの霊験が彼女の傷ついた肩を冷やして治療する。
 全快にはならなかったが、少なくともこれでやすやすと倒されることは無くなった。

 戦いは冒険者の側が優勢だった。だが冒険者たちのこの優位性は活かされることが無かった。

 乱戦状態となった広間はそれぞれの掛け声と、武器の振るわれる音と、それを回避する音に支配された。
 繰り出した攻撃がことごとく当たらぬまま、何10秒もの時間が過ぎてしまう。
 特に両陣営の魔術師が呪文詠唱に集中できないために、互いに決定打に欠けていたのだ。

 そんな膠着状態から解放されたのはローズマリーのおかげだった。
 敵の数が減ったために普段の高速移動戦法をやめ、1体の相手に集中した結果、残っていたゴブリンを屠ることに成功した。
 それがきっかけとなったのか終始怯えてばかりだったコボルトをガルディスの拳が打ち据える。
 焦ったゴブリンシャーマンはガルディスに精神破壊――対象の精神を破壊し激しく混乱させる魔術――を仕掛けるが健闘むなしく、ジョナサン、ガルディス、ナオミの連続攻撃によってついにその生涯を終えた……。

*     *     *

「誰だよ、簡単な依頼とか言ったの……」

 妖魔たちとの戦闘を終えて冒険者たちは一部を除いてその場にへたり込んでいた。
 激しい負傷はほとんど無く、せいぜいがエリカがゴブリンから手痛い一撃を食らったのと、膠着状態での乱戦でジョナサンが殴られたくらいであるが、負傷よりも精神的な疲労が彼らを襲っていた。

 妖魔の方もそうだが、何よりも攻撃が当たらなかったのは痛すぎる。
 眠りの雲の発動が早く行われていれば、間違いなくもっと早くに、それでいてもっと楽に戦闘は終わっていただろう。
 もっとも、相手方も似たような状態ではあったのだが……。

「戦闘1つでこんなにも集中できなくなるとはな……」

 ジョナサンのぼやきにエリオットが舌打ちで応じる。
 今回の戦闘において最も役に立てなかったのが彼だ。
 敵が残っている間、彼はほとんど何もできず、ようやく眠りの雲を発動できると思った瞬間には戦いが終わってしまったのだ。

「そのあたりは今後の課題にするとして、今はとにかく休みましょう」
「そうですね、もう危険は無いようですし……」

 メンバーの中では比較的冷静なナオミとエリカも安心したように座り込んでいる。
 確かに彼女たちの言う通り、洞窟内にいるゴブリンを含めた妖魔たちは大方片付いた。
 少なくともコボルト1体が逃げてしまっているが、用心棒のホブゴブリンもいなければ頭を務めていたゴブリンシャーマンもいないので、当分帰ってくる事は無いだろう。

「でもさ、できれば日が暮れない内には帰りたいよね……」

 言いながらジョナサンは広間の奥を眺めやる。
 広間には、自分たちが入ってきた曲がり角の通路の他にもう1つ通路があった。
 戦闘終了後に、ボスが待ち構えていたボス部屋の奥といえば宝物庫だ、とばかりに盗賊2名がそちらへと向かってしまったのである。

「まったく元気なもの、……いやこの場合は現金なもの、と言ったところでしょうか」
「宿でも話してたもんね。隠し財宝があれば俺たちのものになるかもってさ」
「……今ならその気持ちがわかりますね。あまりにも無駄な労力を費やしたわけですから、何かそれなりの見返りでもないとたまったものではないですね」
「ホントに財宝とかあったらいいんだけどね。盗賊2人に、いや、この場合は財宝を貯め込んでるはずのゴブリンに期待、なのかなぁ」

 ナオミとそういう雑談を繰り広げていた時だった。
 当の盗賊2人が疲れを滲ませながらも満面の笑みを浮かべて戻ってきたのは。

「見つけてきたで、臨時収入や!」

 言いながらガルディスが見せつけてきたのは何やら重量のありそうな麻袋と、先端に宝玉が取り付けられた杖だった。
 麻袋の方は銀貨が200枚入っている。
 農民のものとは考えにくいのでおそらくは自分たちのものになるだろう。
 杖の方はガルディスからエリオットに手渡される。

「これは……、賢者の杖か?」
「何それ?」
「所有者の精神集中を助ける魔術が込められている、魔術師の必需品だな。……私は持っていなかったが」

 魔術師学連に所属する魔術師であればほぼ誰もが持っている、魔術師のための魔術発動体。
 諸事情によりエリオットはこの杖を持つ事が無かったが、まさかそんな杖がこんな所で手に入るとは。

「あれ、だったらさっきのゴブリンシャーマンが持ってたのは?」
「ああ、賢者の杖に似ていたがあれはただのまがい物だな。あんな物を持っていたところでただの棒にしかならん」

 ゴブリンシャーマンが魔術を行使する際に使っていた杖はただの飾り物だった。
 それなりに効果のある代物であればいっそ自分が奪ってしまおうとエリオットは考えていた。
 何しろ戦闘中だったとはいえ一切の魔術を発動させることができなかったのだ。
 さすがに自らの無力さを実感せざるを得なかった。
 何かしらの魔術発動体は必要になるだろうと思ったが、まさかこんなに早くそれが手に入るとは考えもしなかった。

「なんぼなんでも農民の持ちモンやないやろ。ありがたく使うとけ」
「……そうだな、ありがたく使わせてもらうか」

 魔術師であるはずなのにいざという時に魔術が使えないのでは己の沽券に係わる。
 賢者の杖はエリオットの良き相棒になるだろう。

「他には何か無かったの?」
「他はもうガラクタばかりね。頑丈な鉄製の箱に入ってた割には大したことなかったわ。銀貨と杖が一番マシな戦利品ね」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。まだ報酬も貰ってないしね」

 ローズマリーから成果を聞き出したリーダーが立ち上がると、それに呼応するかのように残りのメンバーも立ち上がる。

「報酬貰ったら美味しいもの一杯食べようよ。最近あんまり食べてないんだしさ」
「いや、あなたは普段から食べてるでしょう。人の何倍食べれば気が済むんですか」
「食うのもええけど、まずは酒やろ。今日は呑むで~!」
「そういえば朝の仕事の祝杯、貰い損ねてるのよね。絶対飲んでやるんだから」
「それもいいですが、技の講習に使うのもいいと思いますよ。さすがにこんな事態は2度は避けたいですし」
「……その前に借金返済か貯金だろう。どれだけツケが溜まってると思ってるんだ」

 貰い受ける予定の銀貨の塊を脳裏に浮かべながら彼らは凱旋する。

 そして、この時手に入れた賢者の杖を巡って後に騒動が起きることを、彼らは知る由も無かった……。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:ゴブリンの洞窟
対象レベル:1~3
作者   :齋藤 洋(groupAsk)様
入手場所 :ゲーム本体ダウンロード時に同梱

・今回の収支
収入+   600sp…クリア報酬
  +   200sp…洞窟内で入手
―――――――――
合計=   800sp

・入手品
アイテム…賢者の杖→エリオットへ

ゴブリンの洞窟・後書きへ

その名はワースハンターズ←Prev

Next→家宝の鎧
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