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Sad in Satin・1

 冒険者という存在は、全てがそうとは言わないが主に何かと戦うのがその仕事である。
 最も多いのがゴブリンやコボルトをはじめとした妖魔や怪物の類であり、野盗や山賊といった悪党の集団がそれに続く。
 場合によっては自分たちと同業である冒険者や、稀に貴族や王族と事を構えることもあるだろう。

 だが上に挙げたこれらは確かに戦う相手にはなり得るが、必ずしも冒険者にとっての「敵」になることは無い。
 基本的に何でも屋扱いされる冒険者の中には、一切の戦闘行為に参加しない者も含まれるからだ。
 もっとも、そのような存在は業界内では非常に稀なのではあるが……。

 では、世の中にいる全ての冒険者にとって共通の「敵」とは何か。
 特定の攻撃しか通じない幽霊の類か。
 一定の地域を治める領主等の権力者の類か。

 正解は、依頼が来ない事と、それに伴う貧困である。

 冒険者は社会の底辺に位置する存在である。
 一部例外も存在するが、基本的には定職に就かずわずかな金銭を頼りにその日暮らしを余儀なくされているのがほとんどだ。
 外部から持ち込まれる依頼とそれについてくる報酬を頼りに生き永らえている。
 それらが無くなるということは、すなわち死に直結するのと同義なのだ。

 その状況を打破するためにはどうすればよいか。
 さらなる依頼と報酬を自分たちの所に引き寄せるために、冒険者はその大半が力のある者――貴族や王族とのコネクションを求めるのだ。
 それら有力者とのコネが成立すれば、まずその冒険者及び所属する宿は有力者の庇護に置かれる。
 これで他の貴族等から不当な扱いを受けるのを回避することができる。
 自分たちと繋がったその人物の力が強ければ、あるいは評判が良ければ他の有力者からの依頼を受けることも可能になる。
 それこそ場合によってはその日暮らしの冒険者から貴族お抱えの私兵集団へと成り上がることも可能だ。

 食うことに困らない。
 それは多くの冒険者にとっての夢である。

 だが当然ながら冒険者というものはそんな貴族や王族との繋がりなど持っているはずがない。
 極稀に初めから強力な貴族とのコネクションを持っている冒険者もいるが、そのような存在は砂粒の中から1粒の砂金を見つけるに等しいほどの奇跡のようなものだ。
 では、並の冒険者が有力者とのコネクションを持つにはどうすればいいか。

 貴族や王族が自分たちに依頼を持ち込んでくる偶然を待つしかないのだ。

 その日の早朝、冒険者の宿「星屑の夜空亭」はいつになく煌びやかな光に包まれていた。
 築何10年、壊れた箇所を修繕しながら倒壊だけは防いできた宿は、おおよそ金銀財宝のきらめきとは無縁の場所である。
 だがこの日だけは違った。

 宿に唯一所属する冒険者パーティ、ワースハンターズ。
 今日の彼らは、普段の安い布ばかりの格好からは想像もつかないほどに美しく輝いていた。

「おっ、随分めかし込んだな。あの依頼か、ゾンビ退治の奴?」
「そう、その依頼や。わざわざ貸衣装屋に行ってきたんやで」

 見た目が完全に変わってしまった貧乏冒険者の姿に宿の亭主は複雑な表情を浮かべる。
 今のワースハンターズは絹やサテンの布地に金や銀の輝きを含んだ糸の刺繍、金箔や宝石が散りばめられた、高級、いや、高価な服に身を包んでいたからだ。
 普段の彼らの生活態度を考えれば、このような服を着ているところなどまず考えられない。
 いや、それどころか彼ら自身がまずこういった服装をよしとしないと公言して憚らないのだから、それを知っている者にしてみれば今のこの状況は夢か幻にしか映らないだろう。
 彼らの格好を一言で表すのなら、まさに「絵に描いたような貴族」だった。
 どちらかといえば貴族嫌いを主張する彼らがなぜこのような格好をしているのか。

 それは数日前に遡る。

 星屑の夜空亭は冒険者の宿であるが、宿として使われるのは階段を上がった2階部分である。
 下の1階部分は食堂を兼ねた酒場として使われ、その利用者は冒険者に限らない。
 宿に所属する冒険者は当然、別の宿に所属する同業者が気分を変えてとばかりに食事や酒を楽しみに来たり、あるいは交易都市リューンに住む一般市民が外食のつもりで酒盛りに来たりするのだ。

 専門の料理人がいるレストラン等の飲食店と比べれば、さすがに宿で出される料理は質において劣る。
 だがその分それなりの安値で提供されるので、意外と宿に来る客は多い。
 また星屑の夜空亭には他の冒険者の宿とは違う楽しみもあった。

 ワースハンターズの1人、エリザティカ・レンコップ――愛称エリカは冒険者でありながら同時に歌い手も務める。
 片腕に抱えられる小型のハープを弾きながら、世に出回っている既存の歌を歌う。
 その歌を聴きながら飲む酒を楽しみにやって来る客も多い。
 エリカはその性格上ハイテンポの歌は歌いたがらず、どちらかといえばゆったりとしたバラードを中心に歌う。
 複数の楽器を激しく鳴らし合うロックもいいが、静かな音楽と料理を肴に飲む酒もまたいいものだ。
 だが例外というのはどこにでもあるもので、エリカのそうした歌が気に入らないとわめく迷惑な手合いも存在する。

 そしてその日もそうだった。
 どこかですでに飲んでいたのだろう、初めから酔っていた男が数人、客として星屑の夜空亭にやって来た。
 その日も冒険者の傍らの副業として歌っていたエリカだがそのエリカに酔っ払いが絡んだのだ。

「やめろやめろ! そんなチンケな歌で盛り上がるわけないだろ!」
「酒場は男の世界だぞ! 女子供ごときが何いっちょまえにここにいるんだ!」
「ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃねえぞ!」

 もはや後半はただの言いがかりであるが、もちろんそのようなヤジや暴言程度に怯むエリカではない。
 宿に来たばかりの頃であればいざ知らず、今ではそれなりに荒事もこなす女である。
 それらの言葉を無視して歌い続けていると、今度はその態度が気に入らなかったのか、酔っ払いの1人がエリカに詰め寄ってきた。

「おい何様のつもりだこのガキ! 人の親切な忠告を無視するとはどういう了見だ!」

 さすがに目の前にまで来られると演奏を中止せざるを得ない。
 ハープを爪弾く手を止めて、エリカは男に向き直る。
 それと同時に酒場のカウンター、及び酒場内にいるある人物に視線を送る。
 すぐさま視線が返ってくる。
 その視線の意味は、大丈夫だ、という合図。
 それを理解したエリカは静かに口を開いた。

「……別にあなたの忠告が欲しいから歌ってるわけじゃないんですけどね」
「何!?」
「そもそも私がここでどんな歌を歌っているかはみんなが知っている通りです。それを知らずに入ってきてそれで文句をつける方がよほど無礼なのでは?」
「……ッ!」
「まあ、酔っ払い風情に言ったところでどうせ改善なんてするわけないでしょうけども」

 そこまで言ったところで男の手が振り上げられた。
 このまま何もせずにいれば間違いなくエリカに絶対の暴力が浴びせられる。

 だがそれを易々と受け入れるエリカではなかった。
 男の手が振り下ろされる前に、逆に男の懐に飛び込み左手をその腹に押し当てる。
 瞬間、エリカの左手から光が迸ったかと思うと、男の全身が激しい痙攣を起こした。

 冒険者としてのエリカは精霊術師としての役割を果たす。
 そのエリカが扱う精霊術は、力を持った精霊を召喚する「召喚術」ではなく、精霊を自分の身に宿しその力を行使する「憑精術」でもない。
 精霊の力の一端を瞬間的に発現させる「霊験」に近いもので、一瞬だけ精霊を呼び出すそれとは違い、エリカは自らの体でもって精霊の力そのものを操るのだ。
 エリカの手から発せられたそれは雷の精霊の力による電撃。
 どちらかといえば腕力の無いエリカの数少ない近接戦闘の技である。

 酔っ払いの1人がエリカの電撃で倒されたのを見た他の酔っ払いが、仲間の仇だとばかりにエリカに殺到する。
 だがその手がエリカに触れることは無かった。
 男たちが動いた瞬間、酒場内にいた別の冒険者2人がその男たちを殴り倒したからである。
 行動を阻害された酔っ払いたちはそれに激昂し、今度は邪魔者の冒険者に殴りかかる。
 だが所詮は勢いだけがいいだけの素人。
 荒事のプロフェッショナルに敵うはずがない。
 痙攣から復帰した男もまたその戦闘に参加するが、今度は少女から蹴りを食らい酔った頭を揺らされる。
 仲間の1人は金髪の冒険者に頭から投げ落とされ、もう1人は長身の冒険者から顔面に拳を叩き込まれる。

 場違いな酔っ払い3人がふらつく足で酒場内を歩き回る。
 冒険者たちから離れて体勢を立て直さんとたたらを踏んだのだが、それがいけなかった。
 冒険者から離れることには成功したが、今度は冒険者とは関係ない別の客から酒瓶の一撃を貰ってしまう。
 エリカの静かで優しい歌声を聞きにやって来たのにそれを邪魔されたファンからの無言の抗議である。
 それを皮切りに星屑の夜空亭は、小さな闘技場と化した。
 そこで行われたのは戦闘やケンカと呼ぶのもはばかられる、とても醜い乱闘騒ぎだった。

 エリカに防衛の許可を出したのは確かに宿の亭主だが、さすがにこの事態には頭を抱えざるを得なかった。
 当事者であるエリカと、交戦能力の無い宿の娘はすでに退避させたが、残った冒険者と酔っ払いどもは当然乱闘を続ける。
 結果、酒場の備品の半数以上が使い物にならなくなり、宿の亭主はその損害賠償請求に追われることとなった。
 店に来ていた乱暴な酔っ払いを含めた客からは一定量の金銭を求めたが、それでも被害の方が大きい。
 交戦の許可を出された冒険者に罪は無いように思われるが、宿の亭主曰く、

「さすがにやりすぎだ。むしろ乱闘が始まったらそれを鎮圧するのが普通だろうに、嬉々として参加しおって」

 とのことで、さすがに反論できなかった冒険者たちも弁償せざるを得なかった。

 その金額、銀貨にして1200枚。
 こうして彼らは、早急に金策に走ることになったのである。

 そんな中、1つの依頼が舞い込んできた。

「ビロード邸近郊の洞窟に動く屍が出没する。これらの一掃と、事後処理、計画の立案について仕事を依頼する。報酬は銀貨1500枚。500枚は前金として支払う。仕事の詳細と、最終的な雇用の決定については、面談にて話す。×月×日の午後1時に、ビロード邸へ来られたし。なお、時刻と礼節を弁えぬ者は不要である」

 ヘンプ地方領主ビロード公の署名――厳密にはその執事によるもの――が成されたその依頼書は、星屑の夜空亭だけに出されたものではなく、どうやら複数の宿に同時に出されたものであるらしい。
 特定の冒険者を頼ったものではなく、受けてくれるのであれば誰でも良いのであろうそれに、彼らが飛びつくのは必然と言えた。
 公爵からの――それも特に服装や礼儀にうるさいビロード公からの、貴族からの、……依頼。
 女軍人ナオミ・アンダーソンを筆頭として、全体的に貴族嫌いを主張する彼らだが、宿の弁償のために金策に走らなければならない事を考えれば、もはや背に腹は代えられぬとばかりにこの依頼を受けることに決めた。

 それから期日までの数日間、貴族の作法を知るナオミ――から知識を教わったエリカ指導の下、ひと通りの礼儀作法をその身に叩き込み、絵に描いたような貴族を演じられる程度に仕上げたのである。

「依頼書にまで忠告を入れる徹底振りやからなぁ。煩わしいったらあらへんわ」
「まあ、中心になって話を進めるのは私なんですし、とりあえずみんなはそれっぽく見せることに集中していただければと」

 着慣れない礼服を煩わしく思うガルディスをエリカがなだめる。
 普段からお洒落には気を遣うエリカは堂々としたもので、完全に礼服を着こなしていた。
 先日のリヒャルト・フォン・リンツの依頼の時と同じように、エリカが交渉役を担当することになっていた。

「ご苦労な事だ」

 宿の亭主はそんな彼らの姿に苦笑を返した。
 酒場の弁償のためとはいえ不本意なことをさせているのにはさすがに心が痛む、といったところか。

 だがそれにしても、と思う。
 なぜ手持ちの金銭に困っている彼らが、そのような礼服の類を借りることができたのか。
 礼服1着だけでもかなりの金銭を要求されるはずなのだが……。

 それに答えたのはエリオットだった。
 賃借料の確保のために普段着や武具の類を質入れしたのだという。
 エリオットだけは例外で、賢者の杖をその手に持っていたが。

「おいおい……。その格好でゾンビ退治する気か?」
「まさか、交渉の時だけです。前金を頂いたらすぐに払い戻すつもりでいます」

 エリカによればこうだ。
 依頼書には「仕事の詳細と、最終的な雇用の決定については、面談にて話す」とある。
 面談を行った結果、雇われない可能性も出てくるのだ。
 これはつまり、その場でゾンビ退治を行うことを示しているのではない。
 荒事は面談の後、自分たちの雇用が決定してから始まるのだ。

「つまり荒事はもう少し先の話。今日は話し合いだけで日帰り、って事よ」

 エリカの説明をローズマリーが引き継いだ。
 自分たちの実力を考えれば、面談さえ乗り切れば報酬獲得は間違いなしである。

「なんともうまい皮算用だ。1500の依頼となればこうも目が眩むかね」
「いや、目が眩まざるを得ないでしょ、今回は」

 何を言ってるんだ、とばかりにジョナサンが噛みついた。
 そもそも自分たちに原因があるとはいえ、1200もの賠償金を要求してきたのは他ならぬ宿の亭主ではないか。

「まあそれに、わずかな投資で大金御礼、ついでに貴族のコネも付くとなればな。計画、準備、収支計算にリハーサル、戦力分析に対ハイソ用礼儀作法まで徹底したのだ。……不本意ではあるが」

 エリオットが言った通り、不本意ではあるものの失敗する要素はことごとく排除した。
 多少の不確定要素はあるだろうが1000枚の黒字は確実だろうというのが彼らの主張だった。

「……たくましいことで」
「重き暗雲たちこもり、冷たき長雨降り注いだ昨今。青き空、陽光こそ我らが祝福。のみならず、我らがご主人よりお褒めの言葉を授かろうとは。おお、まさに最上の門出!」
「やめんか。全く似合っとらん」
「わはは、そぉやな!」

 徹底的に勉強したのだろう、まったく似合わない口上をこれまたまったく似合わない立ち居振る舞いで披露したガルディスに、亭主は渋い顔を浮かべる。
 もっとも、本人もやりたくてやっているわけではないのだろうが……。

「というかそもそも……」

 メンバーの中で最も嫌そうな顔をしたナオミが苛立ったように口を開く。

「そもそもあなた方が宿で大暴れしなければよかった話でしょうが。いや、金策自体はいいのです。ですがよりによって貴族からの依頼を受けようとは……」
「それはホンマに悪い思てるがな。ただあれはエリカを守るためにやな」
「それは構いませんが、どうせなら酔っ払いどもをまず宿から追い出してですね――」
「文句言うのは後よナオミ。そろそろ馬車の時間」

 不満たらたらのナオミをローズマリーが遮る。
 依頼主のいるヘンプ地方へは馬車でも5~6時間はかかる距離にある。
 今から行けば十分に間に合うが、ここでケンカでもして馬車に乗り遅れてしまえば1000の黒字どころか大赤字間違いなしである。

「昨日おとといの雨で地面がぬかるんでるからな。気をつけろよ」
「そういえばすごい雨だったよね。おかげで礼儀作法の練習も宿の中でしかできなかったし」
「水たまりでも踏んづけて靴や服を汚しちゃったら大変よ」

 無論、そのような事が無いように練習に練習を重ねてきたわけだが、確かにそれは1つの懸念事項だった。
 いくら雨のせいで地面がぬかるんでいたからといって、泥を跳ねさせてせっかくの貸衣装を汚してしまっては意味が無い。

 貸衣装を汚してはならない。
 この事が彼らに多大なる試練を与えようとは、誰も予想だにしていなかった。

*     *     *

 同日、正午。
 ヘンプ地方、領主邸付近の川縁にて。

「……すみません。質問していいですか?」
「却下。余計な質問は禁止だ」
「橋、見当たらないんですけど……」
「そんなもの見ればわかるッ!」
「どうするって言うんですか! 約束の刻限まで後1時間しか無いんですよ!?」
「それをどうするか今考えているんだろうがッ!」

 リューンからの馬車でヘンプ地方までやって来た冒険者たちだったが、彼らの眼前には広大な川が広がっているだけだった。
 本来ならば自分たちは馬車に乗ったままこの川に架けられているはずの橋を渡り、約束の午後1時より20分も前に領主邸に到着しているはずだった。
 だが目の前に橋は無く、橋の向こうまで運んでくれるはずの馬車もとうにどこかへ行ってしまっていた。
 普通ならば別の道を通って領主邸の前まで馬車を走らせるものだろうが、乗ってきた馬車の御者はこの惨状に表情1つ変えず、これ以上は進めないから降りろとばかりに冒険者たちを降ろしたのである。
 当然冒険者としては文句の1つでもぶつけたかったが、その前に御者は当然のごとく冒険者たちを無視していずこかへと走り去ってしまったのだからタチが悪い。

「間違いなく長雨のせいだよね。あの雨で川が増水して橋が流されちゃったんだよ」

 呆然とした顔のままジョナサンが状況を考察するが、そのようなことは言われずとも誰もが理解していた。
 今必要なのは、いかにしてこの川を越えて、その向こうへと辿り着くか、その手段である。

「……泳いでいくのは却下よね」
「流れが速すぎるから当然ね。それに貸衣装に泥水を浴びせるわけにもいかないし」
「水の精霊に頼んで流れを抑えてもらうとかできないの? あるいは風の精霊に頼んで空を飛ぶとかは?」
「……昔の私ならできたと思うけど、今は無理よ」

 エリカは精霊術師である。
 その力を利用して自然界に存在する精霊に働きかけ、自然の流れを操作することはできなくはないだろうが、とある事情により今のエリカにはそれだけの力を振るうことは許されなかった。

「となれば、回り道しか無いわよね……」

 げんなりした顔でローズマリーが呻く。
 確かに川の流れを無視できる迂回路を探し当てれば、少なくとも身に着けている礼服を汚さずには済む。
 だがそれでは当然、刻限を大幅に過ぎてしまう。
 事情が事情だけに多少の遅刻は許されても良いとは思うが「時刻と礼節を弁えぬ者は不要」と依頼書にあったことを考えれば、

「いかなる事情があろうとも約束の刻限に間に合わなかったのは事実。第一、長雨で橋が流されていることも想定した上で行動するのが人として当然というものだろう」

 と無茶な言いがかりで断罪されてしまうのは目に見えている。

 となれば、まずは聞き込みである。
 幸いにも自分たちがいるのはヘンプ地方の中。
 であれば、土地勘のある者が近くにいるかもしれず、その人物から最適な迂回路を聞き出せるかもしれない。
 場合によっては船を借りるのも手だ。

 そうして聞き込みを開始しようとした時だった。

「あんれ、おめぇら何してるだ?」

 立ち尽くす彼らの所に男が1人やって来た。
 大量の角材が載った荷車を引いているところから、どうやら大工であるらしい。
 聞き込みの手間が省けたとばかりに、冒険者たちはその大工らしき男に殺到した。

「ななな……、なんだべ、おめぇら?」
「ここの領主、ビロード公に用があるんだ。ただ橋が無くて困っててさ、他の橋とか知らない?」
「領主様に? ははぁ、あんたらがゾンビ退治に来るっていう……」

 ジョナサンの一言でどうやら男の方も何かを察したらしい。

「冒険者よ。自己紹介はまた今度ね。約束まで1時間しか無いの、下手すれば遅刻しちゃうわ」
「そりゃ大変だべ。うちの領主様は時間にお厳しいからなぁ、遅刻しようもんなら門前払いもおかしくないべ」
「だから聞いてんのよ。船を持ってる人を紹介してくれてもいいケド?」

 そんなローズマリーの問いに男は無理だと返した。
 橋が無いこの状況では1時間で川向こうまで行けるような道など無く、まして川を渡れるような船を持っている者もいないという。

 そして当然そのような返答に満足するローズマリーではない。
 低い身長を精一杯伸ばして男に掴みかかる。

「だから時間が無いって言ってんでしょ! 何でもいいから思いつきなさいよ!」
「こここ、怖い顔してもダメなもんはダメだべ。川に流されるまでここにあった橋が唯一だったべさ。他の方法なんて無えべ」
「だからそこを何とかって言ってんのよ! わかるでしょ!?」
「わ、わかるけんども……」

 そこまで言って男はふと思い出したように言った。
 厳密には川を渡る方法が無いこともないそうだ。
 もったいぶらずに教えろと迫るローズマリーの気迫に負けて、男は観念したように話し出した。

 使えるルートは2つ。
 その内1つはずっと遠い川の上流にあり、そこへ行くには長い山道を歩かなければならない。
 かなりの大回りになってしまい1時間では到底間に合うわけがない。
 まして普段の冒険者としての格好であればいざ知らず、現在の彼らの格好は全身礼服の絵に描いたような貴族である。
 山道を歩くのは諦めるべし、というのが男の結論だった。

 ならば問題は残ったもう1つのルートである。
 そちらはどうも上流に向かって10分程度の所にあるそうで、そちらから行けばおそらくは時間に間に合うそうだ。

「だったら決まりね! アタシたちには文字通り他に道が無いのよ、早く案内してちょうだい!」
「ほ、本当に行くだか? オラは構わんだけんど……」

 小さいのに怖い女の子だ。
 領民の男はやれやれと冒険者たちを該当の場所へと案内する。

 道すがら聞いた話では、この男はやはり大工であるそうで、今は橋を架けるための角材を運んでいるところだったという。
 今より水が引けば彼が橋を架けるそうだ。
 何でも彼は代々この領内で大工をやってきたエリート中のエリート大工だそうだが……。

「自慢のノコギリさばきに奥方はみんなイチコロだべ。ハッタリかまさず揺り籠から攻城兵器まで何でも作ってみせるだ。でも結婚だけは勘弁だぁ」
「どぉでもええわ」

 かなり無駄な情報を聞いてしまったとばかりにうんざりした表情を隠さないガルディスであった。

 午後0時15分、川の上流にある丘の麓に到着した一行の前に洞窟が見えた。
 この洞窟を抜ければ川向こうに出られるとのことだそうだ。

「何よ、こんな便利なものがあるなら最初から言いなさいよ」

 喜色満面といった様子のローズマリーに、先程まで詰め寄られていた大工の男が安堵の息を漏らした。

 確認したところ、この洞窟はさほど複雑な構造をしておらず、分かれ道こそあるものの基本的に一本道であるため迷うことは無いという。
 仮に片方の道が行き止まりであれば、もう片方の道は確実に繋がっている。
 逆に片方の道が繋がっていれば、もう片方の道は確実に行き止まりということだ。

「それなら大丈夫ね。ありがとう、助かったわ」
「あっ……、だどもこの洞窟は……」

 言いながら冒険者たちは意気揚々と洞窟へと向かう。
 この洞窟を抜けさえすれば打ち合わせの時間に間に合う。
 間に合えばエリカの交渉で間違いなく好条件を引き出せる。
 すなわち、多額の報酬をせしめることができるのだ!

 大工の男の言葉を完全に聞き流し、ワースハンターズは確実に辿り着ける理想郷へとその1歩を踏み出した。

 ……その時だった。

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」

 突如、洞窟の奥から襲い掛かる叫び声!
 当然その標的となったのは金銭に目が眩んだ哀れな冒険者ども!

「ボロは着てても心は錦ィィィッ!」
「ん゛あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 情けない悲鳴を上げるジョナサンを先頭に、冒険者たちは入り口の外までそれはそれは見事な全力疾走で帰ってきた。
 山歩きに不向きな礼服を着用した状態にも関わらず、普段と変わらないかそれ以上の速度で彼らは叫び声からの逃走に成功した。

 息も絶え絶えに入り口まで引き返してきた冒険者を待っていたのは、大工の暢気な労いの言葉だった。

「良かったぁ、無事だったべか」
「ふ――」

 真っ先に息を整えることに成功したのはローズマリーであった。

「ふざけないでよっ! ゾンビがいるなんて聞いてないわよッ!?」
「そりゃそうだぁ、オラだって聞かれてねぇ」
「…………」

 大工の男の涼しい返事に、ローズマリーは逆に何も言えなくなった。

 ひとまず冷静になり、エリカが代表して大工の男の話を聞くことにする。

「この洞窟、ゾンビが出たということは……」
「多分、ご推察通りだべ。あんたらの仕事現場だぁ」
「……他に道はありませんか?」
「さっきも言うたべさ。短いのはここだけだぁ。別の道は大回りになるだ」

 最悪だ……。
 この場にいる冒険者の誰もが同じことを考えた。
 約束の刻限は迫っているため、大回りはできない。
 しかも今回自分たちは通常の装備のほとんどを質入れしてしまっているため、およそ戦闘が可能な状態ではない。
 ナオミとローズマリーは普段使いの武器の代わりに儀礼用の剣――ただし刃の付いていない完全な飾り物である――を持っており、戦力に欠ける。
 魔術師のエリオットだけが魔術師のシンボルとして杖を持つことが許されているが、明確な戦闘力はそれだけ。
 つまり、目的達成のためには、このゾンビが群がる洞窟を、ほとんどの戦闘を無視して一切の無傷で突破しなければならないということだ。

 どう考えても不可能事だと思うが、それでも何かしらの打開策を求めて大工の男から情報収集を図ることにする。

 男の話をまとめるとこうだ。
 今から50年前、現在のビロード公から数えて先々代の領主が地方を治めていた当時、領民の反乱が起きた。
 それというのも、領民は重い税を課せられ、当然それに対する慈悲は無く、身につけるものはボロ布のみという有り様で、しかも当時の領主は自分の服だけは立派に飾っており、こう言い放ったそうだ。

「麻が無いなら繻子(サテン)を着ろ」

 当然、領民はそれに反発。
 反乱も起きようというものだ。
 そして洞窟のゾンビはその当時の反乱を起こした領民たちなのだという。
 その当時も今日のように長雨の上がった後で、今日の日と同じく橋が崩れていた。
 襲撃をかけようとする領民たちは、今の冒険者と同じく目の前の洞窟を使って領主邸へと向かおうとしたのだが、その時に土砂崩れに遭ってしまったそうなのだ。
 領民たちは当然生き埋め。
 それから50年の時が経ち、溜まりに溜まった怨念が彼らをゾンビとして蘇らせたというわけだ。

 洞窟のゾンビたちはその当時の怨念によって動いている。
 そのゾンビたちには非常に変わった特徴があった。
 衣服に対する執着心である。
 反乱の引き金となったのは何よりも上記の領主の一言だ。
 だからこそ、今の冒険者たちのような上等の服を着ている者に対し激しい怒りをぶつけてくるのだ。
 逆に言えば、ボロを着ていれば仲間だと思い込んで何もしてこないということなのだが……。

 だがここで疑問が湧いてくる。
 当時の領民たちはこの洞窟を抜けようとして土砂崩れに遭った。
 であれば、その当時と全く同じ状況である今、この洞窟を抜けようとする自分たちが土砂崩れに遭う可能性があるのではないか。
 だがその疑問は大工の男によってあっさりと解決した。

「土砂崩れなんて起きるわけねぇだ。ほれ、見ればわかんべ」

 言われて洞窟を改めて観察する。
 なるほど、確かに洞窟は土よりも岩で固められた頑丈な造りになっており、そう簡単に崩れる心配は無さそうだ。

「でも50年前は土砂崩れが起きたんですよね、雨のせいで?」
「誰も『雨のせいで』なんて言ってないだ。まあ、表向きはそうだけんど」
「……ああ」

 その言葉でエリカは理解した。
 なるほど、確かに土砂崩れを起こせるのは自然や神様だけではない。
 知識と技術さえあれば誰にでもできるということだ。

 当時の状況と、目の前に広がる状況、そして今回出された依頼の内容を照らし合わせれば、1つの答えが見えてくる。
 なぜヘンプ地方領主ビロード公がこのような依頼を出したのか。
 そしてなぜ依頼内容にゾンビの一掃の他、事後処理、計画の立案まで含まれていたのか。

「今の領主様は厳しいだども、理解はあるお方だべ。でなけりゃ50年前に反乱した領民を供養しようなんて考えないべさ」
「……要は50年前の尻拭いを自分に代わってしっかりやれと。こんな馬鹿げた騒ぎになると考えもせずに、ですか」
「……この娘っこ、なんか妙にピリピリしてんなぁ」
「最近ストレスが溜まってるんです。そっとしておいてあげてください」

 目の前の若い女が貴族嫌いであるとは知らぬ大工に、妖精の娘は苦笑いを浮かべるしかなかった。

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しがないカードワースのリプレイ書き。とある所でTRPGのプレイヤー&ゲームマスターもしております。
画像が無いのはご勘弁。

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