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PC2・エリオット

 紙とインクが織りなす独特のにおいが充満するその部屋に、備え付けられたガラス窓から光が差し込んでいく。

 眩しい太陽の光は部屋の中を照らし、舞い上がったかすかな埃の姿を容赦なく浮かび上がらせる。
 歩き回る誰かがいれば、舞い踊る埃たちはその数を増やしていただろうが、あいにくそこに歩き回る者はいない。

 特に誰かが厳命したわけではないがその部屋の中では騒音はご法度だ。
 だからこそ音らしい音は聞こえず、聞こえるとすれば本のページをめくる際の紙が擦れる音と、その紙の内容を確認する誰かの息遣いのみ。

 石造りの建物の中に組み込まれた書庫にいたのは1人の男だった。
 ページをめくる指はしなやかで細く、その指が付いた手も、手を支える腕も、腕を動かすための体も何もかも細い印象を与える。
 とはいえ、それは病的な細さというわけではなく、椅子の上で組まれた足や伸ばされた背筋の力強さが、彼が健康的な細さを有していることを伝えていた。

 見目麗しい男だった。世間一般にいる同年代の男性と比べれば白い肌、ドワーフの手によって生み出された視力矯正用具――眼鏡の奥から見える鋭い目、頭を覆う緑色がかった艶のある金髪。
 大勢の観客の前でピアノを奏でる楽士、あるいは社交界で貴婦人の相手をする高位の貴族や王族と、彼を知らぬ者は彼をそう評価するかもしれない。
 ガラスの張られた部屋で陽の光を浴びながら本を読むその姿は、彼という人物、その役職や地位をそう錯覚させるほどに美しい。
 だがいずれも彼を評価するのに相応しくない。

 ガラス窓を有するその部屋は、賢者の塔――古代文明や魔法の研究を専門とする魔術師学連という団体が所有する建物――に備えられた書庫の1つで、主に一般市民向けに公開を許された書物が納められていた。
 貴重・重要な魔術書の類は陽の光が入らない別の書庫にあり、それは光に当たることで劣化するのを防ぐための措置であり、また書物の扱い自体も厳格な決まりがあった。
 彼がピアニストや貴族と間違われかねないのは、読んでいるのが魔術書ではなく一般向けの歴史書であったからに過ぎない。
 読んでいたのが魔術書であれば彼に対する評価は一変したであろう。

 彼――エリオット・グライアスは魔術師だった。

 魔術師学連に所属する魔術師の1人として名を連ねるエミリア・グライアスの息子として生まれ、母親の扱う魔術という人為的な奇跡に惹かれ、自らも魔術師を志した青年。
 実用的な魔術としては基礎にあたる魔法の矢や眠りの雲を習得できる程度には研鑽を積み、魔術、雑学を問わず、知識の蒐集は決して怠らない。
 母に並ぶほどの魔術の才があるわけではなく、物事に対する理解度では天才と呼ばれるごく一部には及ばない彼は、言ってしまえば凡人だ。
 まして彼にはどうしても他人に及ぶことのできない理由があった。

 母エミリアが結婚してグライアスを名乗る前、彼女の旧姓はノーランドという。
 魔術師学連においてエミリア・グライアスのフルネームを知る者は少ないが、それ以前のエミリア・ノーランドを知る者は多く、そしてそれは決して良い意味ではない。
 エミリアは学連の中でも高位に属する魔術師ではあるが、その評価自体は高くない。
 学連の歴史に名が残る程の発見をしたわけでなく、論文といった記録や執筆の結果を残したわけでなく、まして後輩たちに遺せるような画期的な魔術を開発したわけでもない。
「破壊魔エミリア(エミリア・ザ・ブレイカー)」と呼ばれた彼女は――あくまでも学連からの指示を受けてのものではあるが――生物・非生物を問わず直接潰した標的の数によってその地位を手に入れたのだ。
 エミリアの通った後には雑草すら生えない、という評価はいささか誇張が過ぎたが……。

 そんなエミリアが結婚相手として選んだのは、町で雑貨商を営む変わり者のエルフ、フォスター・グライアスだった。
 手当たり次第に「ブッ壊す」だけが取り柄の彼女がなぜそんなのと結婚したのか――そもそもエミリアが結婚できたこと自体に驚きの声が上がったが――当の妻が馴れ初めを話さない以上、憶測が憶測を呼んだが、いつの間にかそうした混乱は忘れ去られ、2人の間に子供ができた。それがエリオットである。

 そう、エリオットはハーフエルフなのだ。
 ここに彼が魔術師として正当に評価されない理由がある。

 人間の力強さ、エルフの神々しさのどちらも持ち合わせない中途半端な忌み子にして、あの破壊魔エミリアの息子!
 それがエリオット・グライアスに対して下された評価。
 魔術師として、まして1人の存在としての評価は一切されなかった。

 とはいえ、そんな評価は彼自身の怒りを引き起こす程のものではなかった。
 ハーフエルフである以上、人間、エルフの双方から疎まれるのは世界の歴史上仕方がないとある程度は割り切ることはできたし、「破壊魔エミリアの息子」という立場は辟易するものではあったものの、彼に魔術を教えたのは当の母であり、何より彼女の扱う魔術の美しさを彼は尊敬していた。
 毎度毎度、色眼鏡で見られるのはさすがに鬱陶しいものではあったが、魔術師学連が保有する魔術書や一般向けの書籍が見せてくれる知識の数々は何よりも得難いものであるため、偏見の目を向けられる面倒臭さを我慢して彼は賢者の塔に入り浸っているのである。

「朝から精が出るわね」

 静寂の世界に浸っていた彼の精神に、突然ノイズが入った。
 金縁眼鏡越しにノイズの発生源を探ると、そこにはいかにも魔術師と呼ぶべき黒いローブに身を包んだ女が立っていた。
 長いウェーブのかかった金髪を乗せたその顔にエリオットは見覚えがあった。
 いや、正確には「見たことはある」程度の認識だった。
 片手に杖を持った自身と同年代であろうその女性については名前も種族も覚えておらず、どの程度の実力の持ち主なのかも知らない。
 彼が認識している事といえば、魔術師学連の所属で、どういうわけか自分にやたらと突っかかってくる高慢な女、それだけだった。

 女の姿を一瞥したエリオットは、手元の歴史書に再び目を落とす。
 続きの文字を追った瞬間、頭上から嘲るように鼻を鳴らす音が聞こえた。

「そんな歴史書なんか読んで楽しいの?」
「……本というものは実に良い」

 魔術師のくせに魔術書を読まず、一般市民に向けて編纂されたただの歴史書ごときを読み耽るなんて情けない。
 言外にそういう言葉が聞こえたが、エリオットはつとめてそれを無視した。

「ただ手に取り、その中身を開くだけで自分の知らない事を教えてくれる。無論、全ての書物がそうというわけではないがな」
「……そういう誰でも知ってるようなありきたりなものじゃなくて、もっと有意義なものを読めと言ったつもりなのだけれど?」
「あっちはあっちであらかた読んでしまったからな」
「へえ。じゃあ書庫にある魔術書の中身は全部記憶しちゃったってわけ?」
「いいや」
「……読んだのに覚えてないの?」
「さすがにあの量を全て記憶するのは無理がある。必要になった時に読み直すつもりだ」
「その必要になった時っていつのことよ」
「いつか、だな」
「ふん、それで今はどうでもいいのを読み耽っているってわけか。暇人ね、あんた」
「暇だからな」
「……チッ、とことん食えない奴ね。本当にむかつくわ」
「忌み子のハーフエルフなぞ食ったところで美味くはないと思うがね」

 そこまで言われて女は顔色と表情を目まぐるしく変えた。
 魔術師らしからぬ明るい緑のマントを羽織ったハーフエルフの若造に対し、嫌味の文句が浮かばなくなったからである。
 目の前の男は嫌味を言われたことに気づいていないのか、気づいていてなお適当にあしらっているのか――当然、後者だが――いずれにせよ女は口論でエリオットに敗北した。
 女としてはそのような事実など到底認める気になれなかったが。

「……大体あんた、こんな朝早くから何やってるのよ」
「見ての通りだが?」
「いや、そうじゃなくて、もっと他にやる事とかあるんじゃないの?」
「たまたま朝早くに目が覚めたから、とりあえず本でも読んで暇つぶししようと思っただけだ」
「……それは余裕のつもり?」
「何の話だ?」
「魔術師のくせに魔術に触れようとしないのはどうなのか、って言ってるのよ」
「今はその必要が無いだけだ」
「ふうん。偉大な母親がいるから好き勝手に暇つぶしをしていても大丈夫ってわけか」
「……何が言いたい」

 高慢な女の妄言を聞き流すという作業はエリオットにとっては造作もないことだったが、それでもさすがに限度というものがある。
 いい加減しつこく感じたのか、本から目を離したエリオットは眼鏡の奥から女を射抜くように睨みつける。

「魔術師らしく魔術書を読んで、その訓練を欠かさない。そうであればまだ良かったわ。高位の魔術師の息子は常に努力を怠らない。それならばこっちだって諦めもついたのに!」
「書庫内では静かにしろ」
「学連に入って、魔術師を名乗るようになったのはほぼ同時期。破壊魔エミリアの息子。中途半端なハーフエルフ。それだけのハンデを抱えていて、賢者の杖すら持てていないのに、あんたはあっさりと基礎的な魔術を修め、一方で私は魔法の矢を使いこなせるようになったのがつい最近。なのにあんたはこんなところで暇つぶしとばかりに遊び惚けてる」
「…………」
「私がどれだけの努力をしているか知ってる!? それこそ呪文の詠唱で血反吐を吐くほどよ! それなのにあんたはあっさりとその上を行く! ハーフエルフのくせに! たかが破壊魔エミリアの息子のくせに!」
「……何を言い出すかと思えば」

 それだけ言われてようやくエリオットは理解した。
 目の前のこの女は、自分と同時期に魔術師となり、自分とは違い純粋な人間で、自分とは違い色眼鏡で見られる事が無いくせに、魔術の扱いで上を行かれていることを僻んでいるだけなのだ。
 なるほど、道理でやたらと突っかかってくるわけだ。
 自分よりも強い存在が、自分を超える存在がたまらなく許せないだけだったのか。
 エリオットは自身と他人を比較したことなど無く、だからこそ誰かを妬むようなことなど無いのだが、どうやらこの女はそうではないらしかった。

 つい笑いがこぼれる。
 まさかそんなくだらない事のために自分はやっかみを受けていたのか!

「何を言い出すかと思えば、つまりはただの僻みか。傑作だな」
「何がおかしいのよ!」
「おかしいに決まってる。結局のところ、それは貴様が実力に欠け、なおかつ才能も無いということでしかないだろう。それならば私のことなど無視してひたすら魔術の研鑽に励めばいいものを、せっかくの貴重な時間を潰して私に文句を言いに来ていたのか。なるほど、その程度の力しか得られないわけだ」
「な、何ですって!?」
「貴様が言った言葉をそのまま返してやろう。こんなところで私を相手に無駄な時間を過ごす暇があるなら、もっと有意義な時間を過ごしたらどうだ。暇人の私を超えられるかもしれんぞ?」
「……ッ!」

 その言葉で女の中の何かが切れた。
 目の前のハーフエルフに自らの努力の結晶を叩き込まんと杖を向ける。
 魔法の矢は賢者の塔で学べる魔術の中では基本中の基本であり、汎用性の高い攻撃方法で、しかもその威力は初歩にしては高いときた。
 至近距離から放たれたならば防ぐ手段は無く、当たり所が悪ければ一撃で命を奪うことも可能だろう。

 だが女の杖から魔力の塊が放たれることはなかった。
 女が杖を標的に向けるよりも早く、標的の手から本が放たれたからだ。
 顔面に向かって高速で飛来する紙の塊は女の視界を塞ぎ、目元にやってきたその衝撃が女を怯ませる。
 その間に緑色のハーフエルフは立ち上がっており、右手の人差し指を女の眉間に突き付けていた。

「杖を向けるより指を向ける方が速い」
「く……!」
「言っておくが私はまだ詠唱をしていないぞ。この状態でどちらが速く魔法の矢を放てるか、勝負してみるか?」

 指を向けながらエリオットは眼鏡越しに女の様子を窺う。
 怒りで赤くなっていたはずの顔は今は青くなっていた。

 エリオットの提案に勝負の要素など無いに等しい。
 女の呪文詠唱がエリオットのそれよりも速ければ女が勝ってエリオットが負ける道理だ。
 冷静に考えればこの時点でまだ女は負けておらず、すぐさま呪文の詠唱を行い、目の前の男に魔法の矢を叩きつければいいのだが、エリオットの視線に射抜かれ、雰囲気に呑まれた女にその発想はできなかった。

「……フィールドワークと称して外に出たことはあるか?」
「……?」
「自分の魔術を使って、何かを殺したことはあるか? あるいは、何かしらの方法で命を脅かされたことはあるか? 生き残るために、命を懸けて戦ったことはあるか?」

 口には出さずにいずれの質問にも女は否と答えた。
 魔術師学連に所属してからというもの、ほとんどの時間を賢者の塔の中での座学に費やし、魔法の矢で狙うのは練習用にあてがわれた木製の的で、戦いなど経験したことは無い。

 そこまでを考えてエリオットと同格のはずの見習い魔術師の女は、自身がこの瞬間、完全に敗北したことを理解した。
 目の前の男の目は「何かを殺したことがある」目をしていたのだ。それは自分と同じ人間なのか、あるいは知能の低い虫か獣か、はたまたこちらの命を脅かさんとする化け物の類か。
 いずれにせよ、このハーフエルフの青年は、他者の命を奪うことに何の躊躇いも見せないのだろう。

 エリオットは魔術師学連に所属する魔術師でありながら、冒険者の宿「星屑の夜空亭」に所属する冒険者だった。
 賢者の塔で書物を読み、時には座学に参加し、時には母から魔術の手ほどきを受け、一方で冒険者として宿に持ち込まれる様々な依頼を受け、時に野山を駆け巡り、そして戦う。
 これはエリオットの両親が彼に対して示した道だった。
 研究者として賢者の塔に勤めていても「エミリアの息子のハーフエルフ」というレッテルが彼の将来の邪魔をする。
 それならばいっそ、命の危険はあるものの書物を読むだけではわからない経験をさせた方がいい。

 エリオットは確かに凡人だ。だがただの凡人にはできないような経験をしてきている。
 塔に籠っているだけの引きこもり共とは比べ物にならない強さを彼は持っていた。

「別にここで座学に励むことが悪いとは言わないが、少しは外に目を向けてみることだな」

 突きつけた指を下ろし、不幸にも人に向かって投げつけられた罪の無い歴史書を元の場所に戻しながら、エリオットは呆然と立ち尽くす魔術師の女に背を向けた。

 この騒動が表沙汰になれば、しばらくは静かに本を読むことができなくなるだろう。
 そう残念がりながら彼は太陽の下へと歩き出す。

 別に誰かといることが嫌ではなかったが、どちらかといえば1人でいる方が好きだ。

 知識を得ることは好きだ。
 魔術師になったのは母の影響、冒険者になったのは両親の勧め。
 正直なところ、冒険者になるのは面倒であったが、まだ見ぬ知識を得られる機会が増えることには魅力を感じていた。

 面倒事は嫌いだ。
 先の見習い魔術師の女のような存在がいるだけで、自身の平穏や未来が脅かされる。
 力ずくで排除しても構わないが、できれば避けて通りたいものだ。

 エリオット・グライアスとは、そういう魔術師なのだ。

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策士型
秀麗     都会育ち   不心得者
冷静沈着   貪欲     利己的
秩序派    神経質    過激
悲観的    勤勉     高慢
ひねくれ者

【初期所持スキル】
・魔法の矢…入手シナリオ・闘技都市ヴァンドール(レイ 様)
・眠りの雲…入手シナリオ・闘技都市ヴァンドール(レイ 様)

 パーティの魔術師枠エリオットです。
 魔術師といえば大体は冷静で、頭が良くて、パーティの頭脳を一手に引き受ける役どころですが、彼の場合は冷静で頭も良いけれどやたら攻撃的で決して頭脳とならない、変わった魔術師です。
 知力はパーティでダントツなんですが、彼の立場は「歩く事典」であり「参謀」ではありません。
 知識はあるけど知恵と応用が足りないキャラとして設定しちゃったので、参謀役は別のPCにお願いすることになります。
 習得予定のスキルも特定の属性にはこだわらず、色んなものを覚えさせて、シナリオに応じて持っていくものを選ぶ、という風にしようと思います。
 ところで最初に覚えた魔法の矢と眠りの雲がなぜ闘技都市ヴァンドールのものなのかですが、……初めてカードワースに触れて、初めて使用時イベントによる詠唱を見たのがこれだったので、思い入れがあるからなんです。

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しがないカードワースのリプレイ書き。とある所でTRPGのプレイヤー&ゲームマスターもしております。
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