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家宝の鎧

 冒険者と呼ばれる連中のそれぞれの生い立ちや経歴は様々である。
 貧乏な村に生まれ口減らしのために、あるいは自ら村を出て食べていくためになった者。
 名のある貴族や王族の出だったが落ちぶれてしまい、行く当ても帰る場所も無くなってしまった者。
 自身の目的を果たすのに冒険者という立場がちょうど良いと思う者。
 特にこれといって特長らしいものは無いがわずかな可能性に賭け一獲千金や大出世を狙う者。
 冒険者になるしかなかった者もいれば、自ら冒険者になりたがる者もいる。
 いずれにせよ共通しているのは、正規の役職に就けなかった者であることだ。
 大手を振って自慢できる何かに就けるほどの者が、社会の最底辺に属するチンピラ、ゴロツキまがいの冒険者になりたがる訳は無かった。
 もしいるとすれば、やはり何かしら問題のある人物ということだ。
 無論、本人にその自覚は無いだろうが……。

 冒険者の宿に持ち込まれる依頼は多岐にわたる。
 妖魔退治、動物の捕獲、植物の採集、遺失物や行方不明者の捜索、要人の護衛、あるいは、……殺人。
 冒険者の依頼は原則として冒険者の宿の経営者が事前に調査を行い、依頼主や内容が信頼に値するかを見極める。
 その後、実際に依頼を受諾する冒険者に仲介が行われる。
 経営者の方で裏が取れなかった場合は冒険者自身がそれを行うこともある。
 時と場合によっては、経営者を仲介せず冒険者自身が依頼を受けてしまうこともある。
 もちろんこの場合は宿の仲介が無いために、宿の方に仲介料が発生しないので、経営者としては可能な限り避けたい案件であるが。

 冒険者とは社会の最底辺の存在だ。
 普通なら社会によって駆逐されてしかるべき汚物そのものとして扱われるのだが、そんな汚物に依頼を持ち込む者がいる。
 それは農民であったり、街の一般市民であったり、何かしらの職に就いた職人の類であったり、自警団や治安隊のような組織であったり、はたまた名のある貴族や王族からであったり……。

 星屑の夜空亭も例外ではなく、取り潰しの憂き目に遭いかける以前なら、それなりに売れている冒険者を求めて、様々な立場の者から多くの依頼が入ってきたものだ。
 だが今はかつての栄光も空しく、依頼らしい依頼が入ってこない。
 今でこそ所属する冒険者たちのおかげで取り潰し手前のところで踏みとどまっていたが、これもいつまで続くやらわかったものではなかった。

 前回の妖魔退治から2週間ほど経った頃、そんな星屑の夜空亭に新たな依頼が舞い込んできた。

「求む、勇敢なる戦士。私用にて人手を必要としている。怪物との戦闘が予想されるため、勇気ある戦士を募集する」

 内容の下方、依頼主の欄には「リヒャルト・フォン・リンツ」という名前が書かれていた。

「亭主、この依頼書だが……」

 先日の依頼で手に入れた賢者の杖を手に、エリオットが壁に張られた依頼書を確認する。

 先日の主にゴブリンを対象とした妖魔退治において報酬として提示されたのは銀貨600枚だったが、それとは別におそらくゴブリンが溜め込んでいたのだろう銀貨200枚と賢者の杖という魔術発動体が見つかった。
 後日、依頼主の農民たちに確認したところやはりこの両者は農家の持ち物ではないことが判明したため、そのまま冒険者――ワースハンターズの収入ないし所有物として扱われることとなった。
 銀貨の臨時収入はもとより、彼らが喜んだのは杖の方だった。
 術者の集中と魔術の構成を補佐する魔術が組み込まれたこの杖は、魔術師であるエリオットにとって強力な武器となる。
 魔術師学連に所属していながら杖の1つも持とうとしなかったエリオットだが、さすがにその態度を改めたのか、今の彼は大人しく杖をその細い指の中に収めていた。
 その代わり、それまで使っていた武器の弓矢は彼の部屋に放置されていたが……。

「ああ、その依頼な。リヒャルト・フォン・リンツというのは王国騎士団に所属する騎士さんだ。なんでも、長く使っていなかった山荘の大掃除を手伝ってほしいとか何とか……」
「大掃除ぃ~?」

 近くのテーブルでエリカとチェスに興じていたローズマリーが前回と同じく不満げな声を上げる。
 自分たちは冒険者であって掃除屋ではないと言いたいのだろう。

「掃除というが、依頼書には『怪物との戦闘が予想される』と書いてあるぞ」
「えっ、そうなの? エリカ、確認してきたら?」
「その間にこっそり駒を動かすつもりでしょ、乗らないからね?」
「チッ……」

 依頼書の方に見向きもしないエリカに舌打ちを返し、ローズマリーが依頼の再確認を求める。
 チェスは圧倒的にエリカが優勢だった……。

「依頼書には戦闘を想定した戦士を、だが亭主からは大掃除という単語が聞こえた。大掃除という名の怪物退治というのが妥当な線だろうが……」
「わしもそこを確認しようと思ったんだが、どうも先方は焦っているようでな。うまく確認できなかったんだ」
「亭主が確認できないほどに焦っていた?」
「とにもかくにも受けてくれる冒険者を、ということだったから……。わしが説明するより、本人に直接聞いた方がいいだろう」
「どう思う、ジョナサン?」

 カウンターテーブルでのんびりと紅茶を楽しんでいるジョナサンに問いかける。

「相手が騎士団の騎士さん、っていうのがなぁ……」
「嫌なのか?」
「いやまあ騎士だからダメ、っていうわけじゃないんだけどね。ただほら、騎士とか貴族とかって作法にはうるさいでしょ、そういうのがどうもね?」
「冒険者に依頼するくらいだから、その辺りは特に考えなくともよさそうだが……」
「そんなわけないでしょう」

 魔術師とリーダーの会話に割って入ったのは軍人の女だった。

「貴族というものは悪意と傲慢が人の形をしたものです。自らの地位や権威を見せつけたいがために冒険者に依頼を持ち込むということも考えられます。冒険者とは所詮チンピラやゴロツキと同程度の存在。そういった存在を嘲笑いたいために、わざわざ依頼してくるんです。私たちはストレス解消の玩具(おもちゃ)としか思っていませんよ」
「……お前さん、かなり貴族に偏見を持ってるな」
「事実ですから」

 ナオミは北国の出身で、その国はいわゆる貴族社会だ。
 その貴族から財産と両親を不当に奪われたナオミにしてみれば、地位と権力のある騎士や貴族といった存在は憎むべき敵になるのだ。
 そのような事情を知っているからこそ、亭主は苦笑いを浮かべるだけに留めた。

「まあナオミの気持ちはわからんでもないが、今回はそういった心配は無用なんじゃないか?」
「と言いますと?」
「リヒャルト・フォン・リンツという名前をわしの方でも調べてみたんだがな、どうやらその人は王国騎士団でも下級騎士だそうだ。お前さんが嫌う爵位を持った上位の貴族とはまた違う存在というわけさ」

 リヒャルト・フォン・リンツ、44歳。
 王国騎士団に所属する下級騎士で、勇敢ではあるが冷静さに欠け、騎士の例に漏れず非常にプライドが高い男。
 亭主が仕入れた騎士に関する情報がこうだった。貴族というものは非常にプライドが高く、自分より下位の者を蔑む傾向が強い。
 だがそんな貴族でも下位の者はむしろ蔑まれる立場にあるから、そういった者なら冒険者に偏見を持つ事は無いはずだ、というのが亭主の言だ。

「まあ実際に話を聞いてみて、それで気に入らなければ断ればいいさ。今回はまだ仲介料を貰ってないから、断ったところでこっちの損失は無いに等しい。騎士さんの家まではここからそれほど遠くないし、行ってみたらどうだ?」

 その言葉が決め手となり、ワースハンターズの面々は騎士の家へと向かう事となった。
 ただ、ナオミは嫌そうな顔を必死に隠そうと努力していた……。

*     *     *

 件の騎士が住むというマタタビ通り7丁目といえば、星屑の夜空亭から歩いて10分とかからない場所である。
 目玉となる冒険者がいない星屑の夜空亭に、いくら下級とはいえ騎士からの依頼が来るというのは少々気になるところだったが、徒歩でさほど時間のかからない場所からとなれば、前回の妖魔退治と同じく「手近な冒険者の宿にとりあえず依頼を出した」程度のものでしかないのだろう。

 目的の住所にたどり着き、エリカが扉を叩く。
 交渉する相手によっては別の者が担当するが、基本的には彼女が交渉を担当することになっていた。
 交渉担当がエルフというのは、特に人間の貴族などに悪印象を持たれそうなものだが、ワースハンターズの中でまともに――というか丁寧に交渉ができそうな者はいないも同然だったので、自然とエリカが交渉を務めるようになったのだ。
 そのために彼女は、普段はそうでもないが交渉相手により自身の長い耳を隠すためにバンダナを頭に巻くようにしていた。
 プラチナの長髪である程度は耳を隠すことはできるが、念には念を入れて、である。

「どなたじゃな?」

 扉から現れたのは灰色の髪に同じ色の口ひげを蓄えた中年の男だった。
 騎士と呼ぶには服装が一般市民のそれに近いが、この男が依頼主だろうか。

「私たちは、星屑の夜空亭からやって参りました冒険者です。依頼書を拝見して……」
「おぉ、あんたらが。わしが依頼人のリヒャルトじゃ」

 どうやら目の前の男性は依頼主だったようだ。
 一見、騎士のようには思えないが、さすがに四六時中、騎士らしくしているわけにもいかないのだろう。

「じゃ、早速じゃが仕事の話をさせてもらおう」

 リヒャルトに家の中に入るよう促された冒険者たちは、そのまま居間らしき部屋に通された。
 交渉役のエリカを対面に座らせ、彼女の隣にはナオミとエリオットが控える。
 残りのメンバーは3人の後ろで待機する形だ。

 リヒャルト・フォン・リンツの話では、彼は北の山に亡くなった祖父から譲り受けた山荘を持っており、そこを人を雇って管理させていたという。
 王宮勤めの身では直接足を運ぶこともままならないからだ。

「ところが最近、その山荘にわしの留守を良いことに、下等な妖魔どもが棲みついてしまったらしいんじゃ」
「妖魔、ですか……」
「まったく、管理人の職務怠慢としか言い様が無いが、今さら言ってもしょうがあるまい」

 そこで近く妖魔退治を行うと決めたのだが、彼1人では戦力としては心許ない。
 下級騎士であるが彼には部下がおり、その部下を妖魔退治に駆り出すことも考えはしたが、私物の山荘の妖魔退治――要は私用であるがゆえにそれは不可能である。

「そこであんたら冒険者を雇おうと思ったわけじゃよ」
「なるほど。大掃除と聞きましたが戦士が必要というのは、そういう事だったのですね」

 宿でエリオットが想像した通り、今回の依頼は「大掃除という名の妖魔退治」であったようだ。
 それならば文句は無いとばかりに後ろで待機しているローズマリーは微笑んだ。

「報酬として銀貨800枚を用意しておる。どうじゃろう、引き受けてもらえるかな?」
「その前に確認なんですが……」

 結論を出す前にエリカが詳細の確認を求める。

「下等な妖魔ということですが、具体的にはどのような妖魔でしたか?」
「ふむ、管理人の話では豚のような顔をした人型の魔物、とのことじゃったな」
「……オークか」

 オーク。
 妖魔の中でも鬼族と呼ばれる類のもので、その中でも下級。人間の成人男性ほどの体格を持ち、山荘の管理人が言った通りの醜い豚面をしていることで有名だ。
 オークというものは不器用で鈍重な上、頭も悪いときているが、生命力と腕力は並の妖魔と比べても特筆すべきものがある。
 欲望に忠実で自制心が存在しない故に、普段は無人同然の山荘を格好の棲み処と選んだのだろう。

「集団で襲い掛かられるとさすがにまずいが、規模によっては我々でも十分対処は可能だろう」
「正確に数えたわけではないが、棲みついたのは10にも満たんそうじゃ」

 エリオットの言葉にリヒャルトはそう答えた。
 10に満たない数ということであれば、小集団を各個撃破すればどうとでもなる。
 エリカだけでなく、その場にいる全員が同じ案を考えていた。

「ところで……、その管理人の方は今はどちらに……?」

 その疑問はエリカだけでなく誰もが思っていたものだった。
 山荘の管理をしていた者からも詳しい話を聞ければという思いから発した質問だが、質問を受けたリヒャルトは苛立ちを隠さずに顔を歪めた。

「……とっくにクビにしたわい」
「まあ、当然といえば当然ですね。誰だってそうします」
「わしも、そうする」

 ナオミの言葉に我が意を得たりとばかりにリヒャルトは頷く。
 管理人から詳しい話を聞き出すことは叶わなくなったが、戦うべき敵の正体とその規模がわかっただけでも十分だろう。

 依頼を受諾したワースハンターズは、一旦宿へと引き返すこととなった。
 リヒャルトの方にも準備があるということで本日は山荘へと向かわず、翌日の正午に出発ということになったのだ。

*     *     *

 リヒャルトとの仕事の打ち合わせから、翌日、正午。
 ワースハンターズの面々は待ち合わせ数分前にリヒャルトの邸宅前にやって来ていた。
 貴族が相手ならば実際の待ち合わせ時間よりも少々早く着いている方がいいと宿の亭主に言われたからである。
 ナオミだけは時間きっかりに着くようにしようとうるさかったが……。

「おはようございます」
「おはよう。……うむ、みんな揃っとるな。近頃の若者にしてはなかなかに礼儀正しいのう」

 先日と同じくエリカが前面に立ちリヒャルトと相対する。
 先日と違うのは、リヒャルトが一般的な洋服姿ではなく、鎧を身に着け剣を腰に差しているところだ。
 なるほど、これが騎士としてのリヒャルト・フォン・リンツの姿であるらしい。

「冒険者とはいえ、さすがに仕事で遅刻するというのは許されることではありませんので」
「ふむ、そうじゃな。では、参るとしよう!」

 リヒャルトの号令の下、冒険者たちは件の山荘へと向かう。
 問題の山荘がある北の山はリューンから歩いて1時間ほどの距離にあり、そこは特に人が立ち寄らない場所というわけではない。
 とはいえ、目立った特徴があるわけでもなく、山菜や果物を採りに農家が訪れたり、あるいはリヒャルトのように奥まった場所に山荘を建てて別荘とする者がたまにいるくらいである。

 山を登ることおよそ20分、問題の山荘に到着したところでリヒャルトが口を開いた。

「こほん……。作戦遂行にあたり、まず諸君らに言っておかねばならん事がある。心して聞いてほしい」
「……はい?」

 依頼についての打ち合わせはすでに済んだはずだ、これ以上何を言う事があるのだろうか。
 雇われた冒険者全員に疑念が湧いたが、それに気づかずリヒャルトは続ける。

「屋敷に巣食っておるのは卑劣極まりない妖魔どもじゃ。戦うとなれば建物を傷つけてしまう事もあるじゃろう。それはそれで一向に構わんが……」
「構わへんのかい……」

 思わず漏れたガルディスの呟きを無視し、リヒャルトは続けた。

「ただし……、ただしじゃ。2階に安置されている鎧だけは間違いなく回収してほしい」
「……鎧?」
「左様、鎧じゃ」

 それはここに来て初めて聞く単語だった。

 聞くところによると、リヒャルトの祖父は非常に高名な騎士で――かく言うリヒャルトも騎士道一筋20年の男なのだが――その祖父が先代の国王より鎧を下賜されたのだという。
 厚手の金属板を多用した非常に重いが並外れた防御力を有する、由緒正しい逸品。
 リヒャルトの祖父は騎士を辞するその時までその鎧を愛用し続けたという。
 孫にとっては命よりも大切な家宝の鎧というわけだ。
 その高い防御力がゆえにそうそう壊れることは無いだろうが、万が一が起きる前にその鎧は回収せねばならないのだという。

「依頼の打ち合わせの際に鎧の話は出ませんでしたが、なぜ今この時になってそのような話を?」
「……すまん。依頼を出す際もそうじゃったが、焦っていたものですっかり話すのを忘れておったのじゃ」

 ナオミの険を含んだ声に、さしものリヒャルトも謝罪せざるを得なかった。
 その代わりというわけではないが、山荘の中にある物でリヒャルトとは無関係の物であれば報酬の足しにしてもいいという約束は取り付けられた。
 もっとも、基本的に何も置いていない山荘であるため、冒険者の役に立ちそうなものがあるとは考えにくいが……。

「建物が傷ついてもいいとのことですが、例えば妖魔を殲滅するために建物を外から完全に破壊するというのは?」
「……いや、それは、できれば常識の範囲内で対処を頼みたい」

 エリカのあまりにも過激な提案はリヒャルトの冷や汗と共に却下された。
 もっとも、エリカとしても本当にそのような作戦を実行するつもりは無かったのだが。

「ま、まあ妖魔どもを殲滅し、鎧を回収できればそれでよい。話は以上じゃ」

 その言葉でワースハンターズは山荘への進入を決定した。

 山荘自体は騎士の所有物という割にさほど大きくはなく、どちらかといえば少しばかり大きめの一軒家といったところだ。
 長物の武器を振るうには少しばかり狭いといったところだろう。

「前回の洞窟もそうですが、これだけ狭所での戦いが続くとなれば武器を改めるべきなのでしょうかね」

「それを言うなら俺もだよ。一応、素手で戦うこともできるけどさぁ」

 ワースハンターズの6人の中で特に長い武器を扱うのがナオミとジョナサンだ。
 ナオミの武器は全長1.5メートルの大太刀で、ジョナサンは自身の身長ほどの長さの棍である。
 どちらも前面に突き出して攻撃することは可能だが、やはり遠心力を利用して大きく振り回すことで威力を発揮できる武器である以上、狭い場所で扱うには非常に不向きである。
 仮に愛用の武器を封じられたとしても戦う術が無いわけではないが、主に打撃を多用するジョナサンと違い、軍人畑のナオミは関節技や投げ技の方が実は得意――すなわち対人戦を想定した格闘しか知らないためどうしても妖魔とは戦いにくいのだ。
 スライム等の不定形の魔物が相手ならなおさらである。
 今回戦うことになるオークは骨格を含めた肉体構造が人間とほぼ同じであるため、格闘攻撃が通じないという心配は無かったが、それを抜きにしても狭い場所での戦闘を想定した武器や技の用意は今後必要になるだろうと考えていた。

「何だかんだで私たちも課題は多いですね」
「だね。まあそれもこの依頼が終わったらゆっくり考えようか」

 そう、何はなくとも今はこの依頼をいかにして達成するか、である。
 洞窟の時と同じくナオミは刀を抜いた状態で、ジョナサンは棍を手に山荘の探索を進めた。

 玄関ホールには左右に扉があり、左は書斎と2階への階段があり、右は食堂に繋がっているという。
 今回の目的は妖魔の殲滅と家宝の鎧の確保である。
 鎧の確保は優先事項であるが、どこに妖魔が潜んでいるかわからない以上は山荘内全てを探索する必要があった。
 そこで一行はまず食堂へと向かうことにした。
 食堂には当然食料がある。
 妖魔が食料の確保としてそこにたむろしている可能性があるからだ。

「なんじゃ、あの箱は? 怪物たちのもんかの?」

 食堂に妖魔の姿は無かった。
 食料を食い荒らされている可能性が無いことに安堵した一行だったが、食堂のテーブルの上に置かれた金属製の箱の存在が彼らを別な意味で悩ませることとなった。

「前の管理人の持ち物ゆう可能性は?」
「それだったら管理人さんが逃げ出す時に持って帰ってるんじゃない?」
「それもそぉか」

 言いながら盗賊2人がその箱を改める。
 その金属製の箱には毒針の罠が仕掛けられていた。
 不用意に鍵を外すと毒針が飛び出す仕掛けになっているという。
 山荘の管理人が自身の所有物にわざわざそのような罠を仕掛けるとは思えない。
 つまりこの箱は必然的に妖魔の持ち物ということになる。

「まぁ、この程度の罠やったらワシにかかれば……」

 ほどなくしてガルディスの手によって毒針は外され、鉄の箱はその中身を暴かれた。
 箱の中にはガラスの瓶が3つ入っており、中身は無いように見える……。

「空のガラス瓶? なんでそんなものを罠を仕掛けてまで大事そうに保管しとくのよ?」

 顔に疑惑の色を浮かべながらローズマリーが瓶を取り上げる。
 何かしらの粉や液体が入っているのかと思ったが、どうやら本当に何も入っていないようだ。

「ん……?」

 瓶を眺めていたローズマリーが異変に気付く。
 中身の無いと思っていたそれには注視しなければよくわからないほどに小さな何かが入っていた。
 そしてそれは同じく瓶を改めていたリヒャルトも気づくこととなる。

「なんじゃ、その瓶は。なんか黒い小さなもんがたくさん入っとるぞ? ほれ、動いた!」
「……ちょ、これって……!」

 瓶の中に入っていたのは、数えきれないほどの大量のノミだった。
 3つの瓶それぞれに同じ数の大量のノミが詰まっていたのだ。

「の、ノミぃ~!?」
「毒針の罠まで仕掛けておいて保管していたのが、ノミだと!?」
「そ、そんなもの大切にとっておいて何に使うつもりだったの!?」

 あまりにも信じられない展開に冒険者たちは騒然とする。
 先日のゴブリンがいた洞窟にもガラクタの類が集められていたが、それと比べてもこのガラス瓶の存在は衝撃的に過ぎた。

 結局このガラス瓶はローズマリーが持つこととなった。
 どう考えてもゴミ同然のそれだが「ドッキリには使えるかも」とのことでひとまず持っておくつもりらしい……。

 残る扉の向こう――書斎にて一行は再び捜索を開始した。
 書斎に足を踏み入れた際に3体のオークに襲われたが、所詮は下級鬼族、それなりに戦闘経験を有した7人の敵ではなく、一行は無傷で豚の妖魔どもを倒すことに成功した。
 その勝因は何と言ってもエリオットの目覚ましい活躍である。
 彼の眠りの雲が炸裂したからこそ、豚の化け物を傷1つ負わずに圧倒できたのだ。

「やはりこの手の道具は馬鹿にはできないな。これがあるだけで魔術の扱いが変わってくる」
「だったらなんで今まで杖とか持たなかったの?」

 エリオットは魔術師だが、彼は今の今まで賢者の杖のような魔術発動体を持とうとしていなかった。
 魔術師にとって杖というのは非常に大きな意味を持つのだが、エリオットは、

「あんな長ったらしい物、誰が持つか」

 としか言わず、常に素手のまま今日まで来たのである。
 先程のジョナサンの質問にも同じ答えを返したが、賢者の杖の有用性は認めているらしく、手放そうとはしなかった。

 その書斎にてガルディスが本棚の1つを熱心に漁っている。
 書斎にはリヒャルトの祖父が集めたのであろう騎士道に関する自己啓発本や戦術論、戦略論の類が並んでいる。
 いかにも騎士道一筋の男が読みそうな本で埋め尽くされた中において、盗賊の勘というものだろうか、ガルディスはそこに違和感を覚えたのだ。

「おっ、ええもん見つけたんとちゃうか?」

 そんな彼が本棚から1冊の書物を引き抜いた。
 他の書物と違いその本は表紙からして魔術の色が濃い。
 魔術の理論や扱いが書かれた見た目通りのそれは、およそ騎士道精神に満たされた者の持ち物とは思えなかったが、リヒャルトによれば、その魔術書はおそらく祖父の持ち物だという。
 なんでも晩年のリヒャルトの祖父は魔法や魔術の類に凝っていたらしく、ガルディスが引き抜いた本はその研究成果かもしれないそうだ。
 リヒャルトの許しを得て手に入れた魔術書は間違いなくエリオットの所有物となるだろう。

「その魔術、今すぐ使うことできるんか?」
「いや、さすがに無理だな。理論の理解と解析には時間がかかる。宿に持ち帰って読み進めない事にはどうにもならん」

 手に入れた魔術書をひとまず荷物袋にしまい込み、一行は再び捜索を開始した。

*     *     *

 書斎の奥には2階への階段と通路があるだけで特に目を引くようなものは無い。
 あるとすれば山荘内をうろつくオーク程度か。
 通路の途中でオークの群れに出会ったが、これも無傷で退けることに成功した。
 道中での戦闘である程度は消耗するものだと覚悟はしていたが、2階最奥の部屋に到達するまで一切の傷を負わずに済んだのは実に幸運だった。

「さて、残ったのはこの部屋だけかな」

 2階最奥の部屋――山荘の寝室はそれまでの部屋と違い両開きの扉が備えられている。
 書斎や通路で倒したオークで全勢力でないとすれば、おそらくこの部屋に残りのオークが潜んでいるのだろう。
 そして、リヒャルトが山荘前で言っていた家宝の鎧も……。

 意を決してジョナサンは両開きの扉を大きく開け放つ。
 そこには予想通りというか、オークの一団がいた。
 部屋にいたのは5体のオークだが、真ん中にいる1体は他のオークに比べて一回りも体格が大きく、しかも質の悪そうな服や皮鎧を着たオークと違い上等な金属鎧を着こんでおり非常に目立っている。

「前回はシャーマンときて、今回はロード種か。面倒な……!」

 苦々しくエリオットがこぼす。
 大規模なオークの群れにはそれを統率するリーダーが存在し、その役目を担うのは主にオークロードである。
 オークの亜種であり体格は並のオークと比べて大きく、その分膂力にも富む。
 オークに限らず、他の妖魔にも言えることなのだが、ロード種のような特別な存在に率いられる妖魔は単独で活動するよりも遥かに勇敢であり、恐るべき敵となるのだ。

 ロード種がいるからといって、妖魔退治を引き受けた以上、彼らとしては退くわけにはいかない。
 何よりも同行するリヒャルトがそれを許さないだろう。

 だがそのリヒャルトの様子がおかしい。
 部屋に飛び込んでからというもの、どこか一点を見つめながら顔を青くしたり赤くしたりしている。
 それどころか体もかすかに震えているようだ。
 どうやらその視線はオークロードに向けられているようだが、リヒャルトの様子は卑劣な妖魔の親玉を許せない騎士のそれというよりは、もっと別の何かが感じられた。
 一方、注視されているオークロードも訳が分からぬといった様子で目を丸くしている。

「ぶひひっ?」
「ぶ、ぶ、ぶぶぶ……」
「おっちゃん、どないしたんや?」

 あまりにも奇妙なその光景に、ついガルディスが口を挟んでしまう。
 すると、それをきっかけにしたのか、リヒャルトは部屋どころか山荘全体に響き渡るような大声を発した。

「豚が爺様の鎧を着とるッ!!」
「は!?」

 その言葉でワースハンターズの面々は改めてオークロードに注目する。
 オークロードが着込んでいる上等な金属鎧は、どうやらリヒャルトが求めていた祖父の遺品である家宝の鎧であるらしい。
 ある程度の知能を持った妖魔は人間や亜人種と同じく服や鎧を着る習慣がある。
 とはいえ、自らそれらを作り出す文化は無く、専ら他の種族からの分捕り品であり、しかもまともな整備を行わないため大抵は非常に劣化している。
 そのため、楽に手に入り、しかも上質なものであれば優先的にそれを手に入れようとする傾向がある。
 しかしだからといって、まさか家宝にしている鎧に手を出すとは!

 当然、リヒャルトの怒りたるや凄まじい。
 目の前に現実を突きつけられた彼に、もはや理性ある行動を期待するのは無理だった。

「おのれ、この豚野郎め!」

 その言葉を皮切りに、オークの集団との戦闘が始まった。

「ち、ちょっとリンツ卿!?」

 ナオミの制止しようとする声も届かず、騎士道一筋20年の男リヒャルト・フォン・リンツは豚野郎に奪われた家宝の鎧を奪還すべく単騎突入を図る。
 これで彼らから戦略的撤退の文字は無くなった。

「豚野郎、爺様の鎧を脱げっ!」
「ぶひひんっ!?」
「脱げっつーに、この腐れ豚っ!」
「ぶひひん、ぶひひんっ!」

 オークロードに対し鬼のような形相で剣を振り回すリヒャルト。
 突然やって来た人間に襲われながらも必死で抵抗するオークロード。
 そのオークロードを守るべく人間に襲い掛かり、逆にその人間に吹き飛ばされるオーク。
 もはやどちらが悪でどちらが正義かわからない。
 いや、無論オークの方が悪なのだろうが……。

「ああもう、まさかこんなことになるなんて……」
「言ってる場合じゃないわ! アタシたちも行くわよ!」

 頭を抱えるナオミを叱咤しながら、ローズマリーも戦闘に参加する。
 その言葉に続き残りのメンバーも戦列に加わった。

 だが状況は非常に悪い。
 リヒャルトの突撃のせいで場が混乱し、敵味方入り乱れての乱戦となったのだ。
 しかも相手はロード種に率いられた精鋭。
 これまで無傷だった冒険者たちも被害を免れることはできなかった。

 唯一の例外は1人だけ後ろに下がっていたエリオットだった。
 手にした賢者の杖で集中力を高め、身体を流れる魔力を練り上げ、対象を視線で認識し、発動に必要な呪文を唱えながら、指先を向けて準備を完了させる。

「全てを貫く魔法の矢よ、その牙の洗礼を彼の者に与えよ」

 狙うはオークの1体。
 対象を視認することさえできれば、たとえ乱戦になっても確実に命中させられる。

「貫け、魔法の矢!」

 最後に発動用の呪文を唱え、エリオットの指先からエネルギーの塊が1本の矢となって発射される。
 リューンは賢者の塔にて教えられる魔術師護身用の攻撃魔術、魔法の矢だ。
 魔術師になりたての者でも手軽に扱える基礎的な魔術だが、その割に非常に威力が高く、しかも対象を狙えるのであれば絶対に命中させられる高い性能を誇っていた。
 放たれた矢はオークの首を貫通し、気管と血管をまとめて潰された豚もどきは血を噴き出しながら絶命した。

 しかしオークの1体を倒せても状況はあまり変わらない。
 部屋の中での乱戦であるがゆえに距離を取って動けない両者は、互いに殴り殴られていた。
 オークから手痛い一撃を受けたローズマリーは、隙をついたエリカから水の治療を受け全快したものの普段の速度重視の戦いができずにいたし、長い得物を持つジョナサンやナオミも思い切った攻撃ができずにいた。
 その上、集団を率いるオークロードはリンツ家の家宝の鎧で身を守られており、リヒャルトがいくら攻撃してもその身を傷つけることができない。
 なるほど、確かにその防御性能は家宝にされるだけあって非常に高いようだ。

「こ、この……。ぜぇ、ぜぇ……」
「ぶひっ、ぶひっ……」

 剣をぶつけあっているリヒャルトとオークロードだが、攻撃はいずれも決定打とならず、両者とも疲労の色を濃くしていた。

「あの鎧が特に邪魔だな。魔法の矢でもおそらくは撃ち抜けないぞ」
「あの鎧を脱がせることができればいいんですが……」

 エリオットの魔法の矢は確かに必中の魔術だが、それはあくまでも「狙った対象に追尾して当たる」だけであり、「狙った箇所に正確に当てられる」ものではない。
 命中「率」は高いが、命中「精度」は無いに等しいのだ。
 実はエリオットは狙おうと思えば鎧に覆われていない頭部のみを狙って命中させることができるのだが、この時の本人はその事実を知らなかった。

 すなわち、この状況を有利に進めるためにはオークロードから家宝の鎧を奪い取るしかない。
 そのためにはおそらく正攻法では無理だろう。
 鎧を剥ぎ取ろうとすると間違いなく抵抗される。
 オークロードが自分から鎧を脱ぎたくなるような何かがあればいいのだが……。

「まったく、ノミを集めて大事に取っとくわ、人様の鎧を着こむわ、ほんとオークってロクでもないわね! 豚は豚らしく豚肉になって食べられちゃえばいいのよ!」
「マリーちゃん、いくら何でもオークを食べるのは……」

 思わず苦笑するエリカだが、その瞬間彼女の脳裏に閃光が走った。
 あるではないか、オークロードが鎧を捨てざるを得なくなる最高の方法が!

「マリーちゃん、ガラスの瓶! あの瓶をオークロードに投げつけて!」
「……! そういうことか!」

 エリカの意図を理解したローズマリーが1階の食堂で手に入れたガラス瓶をオークロード目がけて投げつける。
 3つのガラス瓶はオークロードの鎧に当たり涼しげな音を立てて砕け散る。

「……?」

 ガラスの塊が命中したところで家宝の鎧には傷1つつかないが、元々ダメージを与えるために投げたのではない。
 ガラス瓶に入っていた中身を飛び散らせる事こそ最大の目的なのだ。

 何しろそのガラス瓶には大量のノミが入っているのだから!

「……。ぶひぉっ!?」

 割れたガラス瓶からノミが四方八方に飛び散る。
 飛び散ったノミは部屋の中はもちろん、近くにいたオークロードの体にもまとわりつく。
 当然それらは頑丈な金属鎧の中に侵入し我が物顔で動き回る。
 するとどうなるか。

 突如オークロードが悶え苦しみ始める。
 体中をかきむしろうとするが鎧が邪魔になって手が届かない。

「どんなに外壁が強固な砦や城も内部に侵入されてしまえば弱いもの。頑丈な鎧の内部から攻められればさすがにたまらないでしょう?」

 エリカのその言葉通り、オークロードは鎧を脱ぎ始める。
 豚のリーダーの身を守っていた頑強な鎧はその役目を放棄された。
 ついでに身を包んでいた布もなぜか役目を放棄されたが……。

「ちょ、何でここで豚のストリップショーなんか見なきゃいけないのよ!」
「……ここまでは予想外でしたね」

 ノミ地獄から解放されるために鎧や衣服の類を全て捨て去り、素っ裸になったオークロードは至福のため息をついていた……。

 鎧が外されたのを確認できれば後はこちらのものである。
 エリオットの魔法の矢が別のオークを倒し、鎧の無くなったオークロードにはナオミの刀が炸裂する。
 事態を理解したオークどもも反撃に出る。
 先程の豚肉発言が効いたのか、雑魚のオークを斬り倒したローズマリーにオークロードの一撃が襲い掛かり、その勢いで壁に叩きつけられた少女はそのまま気絶する。
 殺し屋1人を戦闘不能に追い込んだとはいえ数の優位性では人間たちの方に分がある。
 そこに緑色の男のもう1つの魔術が襲い掛かる。

「死への眠りへと誘う風よ、我に仇なす者をその腕に抱け。眠れ、眠りの雲!」

 指先から無味無臭の誘眠性ガスが放たれ、残った2体の豚野郎を眠りに落とさんとする。
 さすがにロードの方には抵抗されてしまったが雑魚の方は眠らせることに成功した。

 こうなればもはや勝負は決まったようなもの。
 眠ったオークにジョナサンがとどめを刺し、残りの攻撃がオークロードに集中する。
 頑丈な鎧どころか何も身に着けていないオークロードに身を守る手段は無い。
 冒険者たちに袋叩きにされ、情けない断末魔を上げて、不埒な豚野郎は討伐された。

 オークロードの巨体が倒れる音が聞こえたのだろうか、山荘内に潜んでいたらしい他のオークが我先にと逃げていく様子が寝室の窓から見える。
 どうやら山荘内の危険は完全に排除されたようだ。

「とりあえずこれで依頼完了、ですかね」

 逃げるオークの姿を見届けたナオミが刀を鞘にしまいながら部屋内を見渡す。
 ふとリヒャルトの姿が目に入った。

「うぅぅ、爺様の霊に何とお詫びしてよいやら……。よもや形見の鎧を豚なんぞに着させてしまうとは!」
「……さすがにこれは不可抗力、ってやつじゃない?」

 家宝の鎧をかき抱きながら滂沱の涙を流す騎士道一筋の男にジョナサンがそう声をかけるが、どうやらその声は届いていないようだった。

 また心中穏やかでないのがもう1人。
 エリカの治療を受けて気絶から復活したローズマリーである。

「ムカつく~! 豚なんかにやられるなんて~!」
「気絶させられた後でそれだけ元気なら大丈夫だな」

 愛用の剣を鞘にしまいながら地団太を踏む女殺し屋にエリオットがそう声をかけるが、どうやらその声は届いていないようだった。

 何はともあれ、山荘に巣食った妖魔は全て片付いた。

 山荘の掃除は後日に回すこととなり、一行は星屑の夜空亭への帰途についた。

「お、お帰り。どうだった……、って、リヒャルト殿?」

 宿に着くと亭主のジョッシュ・クーパーが声をかけてくる。
 リヒャルトの落胆した様子に亭主は怪訝な表情を浮かべた。

「おい、何かひどく落ち込んでいるようだが……、まさかしくじったのか?」
「まさか。依頼は達成したよ。ただね……」

 亭主に問われたジョナサンが山荘内で起きた出来事について報告した。

「オークが家宝の鎧を? そいつは気の毒になぁ」
「しかもオークから鎧を脱がせるためにノミの入った瓶を叩きつけたからね。まだ残ってるかもよ?」
「……それはまた気の毒に」

 オークロードの皮脂にまみれ、しかもノミにたかられた家宝の鎧。
 先祖本人はどう考えるかわからないが、少なくとも子孫の落胆たるや計り知れない。

 そんなリヒャルトは落胆の色を隠しもせずに袋を1つカウンターテーブルに置いた。
 重量感のあるそれはどうやら報酬のようだった。

「……諸君、ご苦労じゃったな。これが約束の報酬じゃ」
「……まいどあり」

 代表してジョナサンが応じるが、報酬を受け取っても素直に喜べないのはなぜだろう。

「それじゃ、吾輩は失礼させてもらうよ……。はぁ……」

 リヒャルト・フォン・リンツは冒険者の宿を出て行った。
 薄汚れた家宝の鎧を大事そうに抱えて……。

「……ああなると、さすがに騎士や貴族も哀れなものですね」

 貴族嫌いの急先鋒がその背中を見届けてため息をつく。

「お前さん、内心で喜んでないか?」
「いえ、さすがにそれは……。貴族の中でも彼はまだマシな方でしたから」

 世の全ての貴族がああいったものであればまだ世の中はまともになったかもしれない、とナオミは思う。
 かつて大貴族に家族と財産を不当に奪われたその憎しみはいまだ消えることはない。

「よっしゃ、飲むで~!」
「祝杯よ~!」

 だがそんな考えはパーティの呑兵衛2人の怒号によってかき消された。
 騎士の落胆もどこへやら、報酬が手に入ればもうどうでもよいとばかりに酒と料理を注文するろくでなしども。

 そんな連中を横目に、女軍人は苦笑いを浮かべた。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:家宝の鎧
対象レベル:1~3
作者   :齋藤 洋(groupAsk)様
入手場所 :groupAsk公式サイト、及びギルド

・今回の収支
所持金   800sp
収入+   800sp…報酬
―――――――――
合計=  1600sp

・入手品
スキル …氷柱の槍→エリオットへ
アイテム…ガラス瓶×3→シナリオ内で全部消費

・取得クーポン
全員    …リヒャルト卿の依頼解決(+1)

・備考
レベルアップ→ジョナサン、エリオット、ナオミ、ガルディス、ローズマリー…レベル2ヘ

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当ブログのリプレイにおける文章について

 ゲームのリプレイを小説風に書きブログに投稿する、という都合上、文章表現はもとより気を付けなければならないのは「改行」だったりするんですね。

 縦書き横書きに限らず、書籍の場合は原則行間は詰められています。大規模な場面転換等で間に記号を入れたり、あるいはページを改めたりすることはありますが、ナレーション等の「地の文」及び登場人物の「セリフ」は次の行に連続して書かれているものです。文字がガチガチに詰まっており、まあはっきり言って「読みづらい・読みにくい」のですが、それが小説というものですし、小説を求めて本を買われる方は、正直そんなことは気になさってないと思うんですね。

 ところがこれが「ネット」だと話が変わります。ブログという形式に限らず、ネット上で文章を公開する場合、書籍の小説と同じように書いてしまうと途端に「読めない!」と大バッシングが始まります。それはもう「読めないから読む価値は無い! だから読まない!」というレベルにまで発展します。内容よりも先に読みやすいかどうかで判断されてしまい、どんな内容であっても読みにくければそれまで、なんですね。書籍だとこうはならないのに。

 小説なんてものは原則読みにくいものなんだから、そんなもの気にするな。読みにくいかどうかの前にまず内容を読めよ! と言いたいところではありますが、まあ正直なところ、その気持ちはわかります。書籍の場合は行間が詰められてる、と言いましたが、実はよく見ると全部の行において微妙な「すき間」があるんですね。ネットだとこの「すき間」がほぼありません。だから書籍の場合は数多くの改行を入れずとも難なく読めますし、ネットの場合はある程度改行を入れまくらないと、文字から圧迫感を覚えてしまうんです。

 その都合上、私のリプレイにおいてはかなり多くの改行を入れております。まず読みやすくしないとどうしても読んでいただけないもので……。



(例『PC1・ジョナサン』より)
・執筆時の原文
 目的の高さになるまでロープを掴む手を調整し、丁度いいところで大きく体を揺らす。前に、後ろに、また前に、また後ろに。振り子のように自身を揺れ動かし、勢いをつける。それなりに速度が付けば、後は然るべきタイミングで手を離せばいい。そうして宙を舞い、部屋の中へ自らを飛び込ませる。自身の考えた女性に対する最高のモーニングコールだ。
「カ~レ~ンちゃ~ん――」
 部屋の住人に声をかける。大声ではないので実際は中にまで声は届かない。だがそれでいい。この後が重要なのだ。
「あっさ、でっす――よ~!」
 振り子運動で勢いのついたロープから手を離し、朝の挨拶を叫びながらそのまま自らを矢のごとく一直線に飛ばす。頭を前に、足を後ろに伸ばしてスマートに、それでいて素早く部屋の中へと突撃する。行ける。長年培った経験と勘は今日も冴え渡っている。窓枠に接触することなく綺麗に飛び込める!
 そう、思っていた。
 男の顔が壁と部屋の境界線を越えた瞬間、中の様子が一変した。熟睡していたはずの女性が突然飛び起き、掛け布の中から黒光りする板――丸く加工された本体の一部から取っ手がのび、全体が鉄でできたフライパンと呼ばれる調理器具を取り出したかと思うと、それを両手に構え大きく振りかぶり、高速でやってきた闖入者に向かって横薙ぎに振り抜いたのだ。

↓        ↓        ↓

・ブログ用に編集
 目的の高さになるまでロープを掴む手を調整し、丁度いいところで大きく体を揺らす。
 前に、後ろに、また前に、また後ろに。
 振り子のように自身を揺れ動かし、勢いをつける。
 それなりに速度が付けば、後は然るべきタイミングで手を離せばいい。
 そうして宙を舞い、部屋の中へ自らを飛び込ませる。
 自身の考えた女性に対する最高のモーニングコールだ。

「カ~レ~ンちゃ~ん――」

 部屋の住人に声をかける。
 大声ではないので実際は中にまで声は届かない。
 だがそれでいい。
 この後が重要なのだ。

「あっさ、でっす――よ~!」

 振り子運動で勢いのついたロープから手を離し、朝の挨拶を叫びながらそのまま自らを矢のごとく一直線に飛ばす。
 頭を前に、足を後ろに伸ばしてスマートに、それでいて素早く部屋の中へと突撃する。
 行ける。
 長年培った経験と勘は今日も冴え渡っている。
 窓枠に接触することなく綺麗に飛び込める!

 そう、思っていた。

 男の顔が壁と部屋の境界線を越えた瞬間、中の様子が一変した。
 熟睡していたはずの女性が突然飛び起き、掛け布の中から黒光りする板――丸く加工された本体の一部から取っ手がのび、全体が鉄でできたフライパンと呼ばれる調理器具を取り出したかと思うと、それを両手に構え大きく振りかぶり、高速でやってきた闖入者に向かって横薙ぎに振り抜いたのだ。



「読みやすさ」ということを考えればどちらがいいのか一目瞭然だと思います。
 本来の「小説」のように詰め詰めで書かれている方がいいという方には申し訳ないのですが、「ネット小説」という形式の都合上、ものすごい数の改行にはできれば目をつぶっていただければと思います。
 その代わり、今回のようなリプレイとは違う文章の場合は、改行少なめの詰め詰め文章で書かせていただければと。あくまでも読んでほしいのはリプレイの方ですしw

ゴブリンの洞窟・後書き

 というわけで第1回はカードワースの定番中の定番、ゴブリンの洞窟でした。
 カードワースを遊んだことのある人でこのシナリオをプレイしたことの無い人はいないのではないでしょうか。
 カードワースを始めて遊んだ時に、何も知らずに冒険者を1人だけ作ってスキルやアイテムを持たせてゴブ洞に単騎突入してものの見事に返り討ちに遭ったのも今ではいい思い出です。

 街シナリオの「交易都市リューン」と並んで、プレイヤーが初めてプレイするであろうゴブ洞、最初は全く分からなかったんですが、特に親父さんとの会話をよくよく読んでみると「冒険者になりたてのド新人」に対する会話じゃないように思えるんですね。
 もちろんリプレイ小説という形式である以上は「ド新人の初めての依頼」として書くこともできたのですが、リプレイ・ワースハンターズにおいては「冒険者としての経験はあるけど、実力は新人並になっちゃった連中」に対する依頼として書かせていただきました。

 しっかし最後のゴブリンシャーマン戦、本当に時間かかりました。
 お互いに攻撃が当たらなくて合計9ラウンドもかかっちゃって……。
 まあ相手の方もロクな攻撃してこなかったので、そういう意味では助かったと言うべきかなと。

 さてシナリオ終盤で登場した賢者の杖ですが、これはあるシナリオをプレイするための布石ないしは伏線として入手しました。
 先にネタバレしてしまいますが、そのシナリオで賢者の杖はすぐに返却します(そのためシナリオ自体は即座に終わっちゃうのでクーポン0点処理にします)。
 まあ全く同じ賢者の杖は「闘技都市ヴァンドール」で買えちゃうんですけどもね、正規の値段1500spで……。

その名はワースハンターズ←Prev

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ゴブリンの洞窟

「ゴブリン退治?」

 宿の亭主――ジョッシュ・クーパーから依頼の内容を聞かされたローズマリー・レイドワイズの、それが第一声だった。

 交易都市リューン近郊の森の洞窟に低級妖魔であるゴブリンの群れが棲みついた。
 そのゴブリンたちを退治してほしいという近隣の農民たちからの共同依頼なのだという。

「年に何百回も起きるありがちすぎる依頼じゃない。別にアタシらの仕事じゃないでしょ?」
「まあありがちな仕事だというのは否定できないがな。そういう意味ではお前さんには物足りないだろう」

 声と顔と態度で不満をあらわにするローズマリーに亭主は苦笑を返す。

 実際のところ、ワースハンターズが冒険者として依頼を受けるのはこれが初めてではない。
 彼らは6人で組むようになってから大小様々な依頼を受けており、経験だけで言えば駆け出しの域はすでに過ぎている。
 しかしながらここ半年以上、星屑の夜空亭には冒険者に対する依頼それ自体が激減しており、冒険者としてまともに活動できたのも数回あるか無いかという程度で、結果、彼らは今や駆け出しと同程度の実力に落ち込んでしまっていた。
 基礎的な鍛錬は欠かさないし、街中での簡単な荷物の運搬や警護の依頼等で糊口をしのいではいたものの、大口の依頼で一獲千金を狙えることも無く、貴族や商人といったところからの人づての依頼を受けられることも無いため、冒険者としての彼らは食べていくのもやっとの状態だった。

 それでも星屑の夜空亭が潰れずにいるのは、過去に大勢の冒険者がいた頃の貯金があったからだ。
 星屑の夜空亭に限らず、冒険者の宿は基本的に舞い込んでくる依頼に対し仲介料を取ることで経営を行う。
 質のいい冒険者が多く存在すれば、そんな彼らを目当てにした依頼が多く入ってくる。
 冒険者の宿はそれらの依頼を冒険者に仲介するという義務を負う代わり、依頼主から仲介料を貰える。
 依頼の数が多ければその分仲介料も増える。
 そうして宿が潤えば、その潤った分を新たな冒険者の育成や、何かしらのトラブルで大金が必要になった際、それらに充てることができる。
 星屑の夜空亭の貯金は、宿に残ってくれた6人と経営者及びその家族の生活費に使われた。
 ただし無償でというわけではなく、いつかは返済するようにという約束事――要はツケとして帳簿に記載されることになっていたが。

 農民たちからの妖魔退治という今回の依頼は、実に2ヶ月ぶりのものだ。
 妖魔の中でも低級に分類されるゴブリンなど、近隣の洞窟に限らずどこにでも湧いて出てくる。
 実にありがちで特に駆け出し連中が請け負うことの多い依頼だが、駆け出し同然に落ち込んだワースハンターズにとっては喉から手が出るほどに美味しい依頼、のはずだ。
 はずなのだが、ローズマリーとしては不満を隠せない。
 殺し屋ブラッディ・マリーとしてのプライドが許せないのだろう。
 駆け出しと同等だと見られる事が我慢ならないのだ。

「2ヶ月ぶりの依頼が低級妖魔退治だなんてシケてるわね……」
「だが2ヶ月ぶりのまともな依頼だ。受けないわけにもいかんだろう」

 エリオット・グライアスのたしなめる声に小さな殺し屋はそれでも不満を口にする。

「そりゃまあ確かにそうよ。それで報酬も期待できるっていうならアタシも受けるわよ。でも依頼主って農民でしかも共同出資よ? 期待できるとは思えないわ」
「そういえば報酬はどれほどのもので?」
「銀貨600枚だな」

 ローズマリーのその言葉で思い出したかのようにナオミ・アンダーソンが確認する。
 報酬額や依頼達成の条件、及び禁止事項等の確認は冒険者としては必須事項だ。
 亭主からの答えは妖魔退治の相場よりは安いというものだった。
 とはいえ、現場となる洞窟は宿からも近いところにあり、その規模もそれほど大きくはないため、合計で半日もあれば片付くであろうことを考えれば十分な額と言えた。
 それでも比較的安いことに変わりはないが……。

「安いなぁ。確かに楽勝やけど、それだけゆうんはなぁ」

 今度はガルディス・ネイドンが不満の声を上げる番だった。

「まあ農家の共同出資となるとこの辺りが限界だからな。賃上げ交渉も無理だぞ。わしがすでに確認した」

 亭主のその言葉は金銭による追加報酬は望めないということを意味していた。
 今回の妖魔退治依頼において、実際に依頼主と交渉したのは亭主だ。
 報酬の増額を求めるならすでに彼が行っているだろうが、その彼をして不可能だと言わしめたのだ。
 だが吉報もある。
 洞窟内で発見された物の内、近隣の農民たちと無関係の物があればそれは自由に持って行ってもいいことになっていた。
 すなわち、ゴブリンたちが金銀財宝をその洞窟に溜め込んでいれば、それはそのまま冒険者の収入となるのだ。

「もちろんその財宝の類が農家さんたちのものだったなら、それは返さなければならんがな」
「そやけどそれはええこと聞いたわ。ほんならゴブリンどもが何か隠してるのを期待しよか」

 あるかどうかわからない隠し財宝の存在にガルディスは喜色を見せる。少なくとも彼はこの依頼を受ける気になったらしい。

「条件は悪くありませんが、仮に私たちが受けなかったらこの依頼はどうなるんですか?」

 そこでエリザティカ・レンコップ――愛称エリカがさらに確認を入れる。
 報酬額は安いが、場合によっては臨時収入が見込める。
 しかも拘束時間は短い。
 自分たちの今の実力を考えれば十分な条件だ。
 だがそれでもなお受けないとなればどうなるか……。

「……受けてほしいというのが本音なんだがな」
「どういうことですか?」
「いや、実はな、すでに仲介料を貰ってしまってて、しかも報酬は前払いでわしが持ってるんだ。だからお前さんたちが受けなかったら、この仲介料と報酬はそっくりそのまま別の宿に回るかもしれないんだ」
「……普通、報酬は後払いでは?」
「わしもそう言ったんだが、あちらさんはどうも切羽詰まってるのか、出来るだけ早くに受けてくれる冒険者を、と報酬を先に渡してきたんだよ」

 農民代表としてやって来たその男から聞いた話では、洞窟に棲みついたゴブリンによって近隣の畑や民家が荒らされ、しかも通りがかった旅人も襲われて荷物を奪われているそうなのだ。
 やって来たゴブリンどもを自分たちで追い払えるならまだいいが、農民が対処するには数が多く、被害もそれだけ大きくなっているという。
 すなわち、これは緊急性の高い依頼なのだ。
 放置した期間が長ければ、その分さらに被害は増すだろう。

「あちらさんがうちに依頼を出したのは、一番近い冒険者の宿がうちだったから、なんだとさ」
「……条件としてはそれなりに悪くなく、それでいて緊急性の高い依頼。受けるには十分だと思いますがどうしますジョナサン?」

 自分で承諾の意を示しても良かったが、エリカはあえてジョナサン・グレスティーダの意思を確認する。
 ワースハンターズにおいてリーダーを務めているのが彼だからだ。

「すでに被害が出てる。冒険者の宿自体はいくらでもあるけど、早く解決してほしいからうちに来た。だったらもう答えは決まってるでしょ?」

 食事を終え、カップに注がれた紅茶を飲み干し、リーダーらしくないリーダーは宣言する。

「ワースハンターズ。この依頼、確かに引き受けた」

*     *     *

 青空が広がり、日差しが大地を灼く。
 降り注ぐ熱と地面から跳ね返る熱が一帯を暖める。
 適度な熱は体に活力を与え、知らず知らずの内にその身を動かさせる。
 冒険日和とは今日のような日の事を言うのだろうか。

 これが遠方への旅行だとか、あるいは近場へのピクニックというのであれば、ただひたすらに歩く時間を楽しんでいただろう。
 だが彼らにそのような余裕は無い。
 これから彼らが行うのは自らの命と相手の命を秤にかけた、血で血を洗う争いだ。
 もっとも、自分たちの実力と、想定される相手の実力を秤にかけた結果、半ばピクニック気分になっているのは確かだったが……。

 宿の亭主から渡された地図を頼りに冒険者たちは件の洞窟を目指す。
 宿から近い所にあると言うだけあって、その洞窟は徒歩で1時間弱の距離にあった。
 土の壁をくり抜いて作られたその洞窟は入り口に扉らしいものは無い。
 勝手に中が崩れ落ちたのか、もしくは大型の動物が掘り進んだのだろう、そこに人の手を入れた半分自然、半分人工の洞窟といったところか。

 上の方から木の枝が垂れ下がり、近くで虫が這っているのが見える。
 その洞窟の入り口に緑色の体をした何かがいた。
 ゴブリン――緑色の皮膜状の皮膚に覆われた、一見、蛙を彷彿とさせる外見。
 成人男性よりは一回り小さい体躯を持った下級妖魔。
 彼らの歴史は古く、いかなる悪条件でも生き延びられる生命力の強さと繁殖力の強さを武器に、古代から人との諍いが絶えないという。
 日光を嫌い、洞窟や迷宮に集団で生息する、極めて邪悪なる存在。
 ゴブリンが単体で存在することはまずありえない。
 ゴブリンを1体見かけたらその周辺に集団ないしは巣があるものと思え、というのは冒険者にとっては常識だ。

「ゴブリンの姿……、あの洞窟か」

 そのゴブリンの姿を認め、冒険者たちは見つからないようにと近くの茂みへと姿を隠す。
 外に1体だけ出ているあたり、あのゴブリンはおそらく見張り役なのだろう。
 下手に姿を見られれば洞窟の中にいるであろう他のゴブリンどもに危険が知れ渡るのは間違いない。
 受けた依頼は洞窟内にいるゴブリンの殲滅であるため、こちらの存在を知られようと問題は無いが、できるなら可能な限り余計な労力を割かずに事を進めたいものだ。

「見張りに見つからずに洞窟へ行くことも可能といえば可能でしょうが、リスクは大きいでしょうね」

 見張り役のゴブリンがこちらの存在に気づいていないのであれば、その隙をついて洞窟内に侵入することもできなくはない。
 だがナオミが指摘する通りリスクは大きい。隠密行動を主体とし、なおかつ単独で動いているのならばそれもありだろう。
 だが自分たちは6人組で、必ずしも全員が隠密行動をとれるわけではない。

 すなわち冒険者たちがするべきなのは、見張りのゴブリンを排除することだ。
 それもできる限り静かに、それでいて確実に。

「確実に排除するなら私の出番だろう」

 エリオットが自らを指して進言する。
 魔術師である彼はその身に2つの魔術を修めている。
 それぞれ魔法の矢と眠りの雲と呼ばれるそれらは、離れた相手に被害を与えるのに非常に向いていた。
 眠りの雲は一定の範囲内に催眠効果を持つ無味無臭のガスを発生させる。
 初歩の魔術としては汎用性が高く、これがあるだけで集団を相手にした戦闘で優勢に立てる。
 一方の魔法の矢も初歩の魔術で、こちらは魔術師が護身用として扱う直接攻撃の手段だ。
 しかもこの魔法の矢というのは狙った対象を絶対に外さない。
 確実に攻撃するための強力な魔術だ。

 だがそれらの案はエリカによって却下された。

「確かにどちらも確実ではありますが、正確なゴブリンの数がわからない以上は可能な限り温存しておくべきかと」

 魔術は自身が保有する魔力ないしは精神力と呼ばれるものを練り上げて発動させるもの。
 すなわち、使える回数に限界があるのだ。
 見張り1体を倒すのに使うにはいささかもったいないというのが彼女の主張だった。

 ワースハンターズは遠距離からの攻撃手段を多く持っていた。
 エリオットの魔術と彼の武器である弓矢、ガルディスの投げナイフ、ローズマリーの薙ぎ疾風――剣に魔力を込め薙ぎ払うことで風の刃を撃ち出せる魔法剣の一種――がそれである。
 だがいずれも決定打に欠ける……。

「遠くから攻撃できるのは有効ではありますが、果たしてたったの1発で確実に殺せるものでしょうか」

 相手がゴブリンであっても、必中の魔術があったとしても、万が一それで倒せなかったら?
 エリカの懸念はそこにあった。

 遠距離攻撃が却下されたなら、彼らの取れる行動は2つ。
 数に任せて突撃し、見張りに声を上げさせる前に倒してしまうか、もしくは気づかれないように忍び寄り暗殺をもって仕留めるか。
 どう考えてもリスクが高すぎるが、まさかこのエルフの少女はそんな方法を提案するつもりだろうか。

 だがエリカが提案してきたのはそのどちらでもなかった。

「こちらが近づくのではなく、向こうに近づいてもらうんです」

 エリカの指示に従いメンバー全員が周囲の木陰に隠れ、近接戦闘に長けたナオミ、ジョナサン、ローズマリーが得物を構える。
 全員の準備が完了したのを認めたジョナサンが近くの草を棍で揺らす。
 小動物が草むらをかき分けて駆けるように、激しすぎず、静かすぎず。

 草が擦れる音が洞窟の入り口に陣取るゴブリンの耳に届く。
 が、一瞬だけ音に興味を示したと思うと、すぐさま興味を失う。

 エリカの合図で再び草を揺する。
 興味を示すがやはり動かない。

 そして3回目。
 さすがにゴブリンも音が気になったらしい。
 音の発生源を特定するべく、揺れた草の方に近づいてくる。

 1歩、2歩とゆっくりと近づいてくる。
 揺れた草の所まで無警戒に近づき、それがゴブリンの命運を分けた。

 木陰から小さな影が飛び出し、両手の剣がゴブリンの首を裂く。
 目の前から何かが立ち上がったかと思うと真上から硬い物で脳天を殴られる。
 叫び声が上がりそうになるがその前に横から飛んできた長い刃物が首と胴体を切り離す。

 こうして邪悪なる妖魔の1体は、己の好奇心によって物言わぬ骸と化した。

「よし、いっちょあがり! エリカ、ナイス!」

 言いながらジョナサンは仕留めたゴブリンを草むらの中に隠す。
 見張り役を倒しても、それが洞窟内にいるであろう他のゴブリンに知られてしまえば意味が無いのだ。

 かくして彼らは洞窟内を安全に歩き回る権利を手に入れた。

*     *     *

 洞窟の入り口に罠が仕掛けられていないことを確認し、冒険者たちは敵の巣窟へと侵入する。
 洞窟内は思いの外ひんやりとしており、食料の貯蔵庫として使えそうな印象を与える。
 元々農民たちが貯蔵庫として使っていたものをゴブリンどもに奪われたのか、それともただの何も無い洞窟に棲み付かれただけなのか。
 そして中にいるゴブリンどもを殲滅した後、この洞窟を何かしらの形で利用するのか、もしくはさらなる脅威が棲み付かぬように封鎖してしまうのか。
 そこまで考えてジョナサンは自ら考えを放棄した。
 どうでもいい事だ。
 洞窟は自分たちの所有物ではない。
 元々持ち主がいるかどうかは知らないが、いなかったとしてもこの洞窟は近隣の農民のものになるだろう。
 ならば、自分たちがあれこれ考えたところでどうでもいい事だ。

 自分たちはあくまでも冒険者。
 そう、冒険者でしかないのだから……。

 今はゴブリンの討伐が先だと思い直したところで、ジョナサンは――いや、ジョナサンを含めた全員が違和感を覚えた。
 洞窟に入った瞬間には聞こえなかった異様な音が聞こえてくるのだ。

「……なあ、何かこう、地鳴りみたいな音が聞こえない?」
「めっちゃ聞こえるわね」

 顔をしかめながらローズマリーは前方の道を指す。
 洞窟は入るとすぐに曲がり角が見え、そこを曲がるとT字路になっていた。
 前方と左側に道が伸びており、ジョナサンの言うところの地鳴りのような音は前方から聞こえてくる。
 しかもこの音、一旦聞こえて、一瞬聞こえなくなり、また聞こえて、聞こえない、という風に常に聞こえ続けるわけではないのだ。

「どうします、一応調べておいた方が良さそうな気はしますが?」
「危険なものやったら1つでも減らしといた方がええやろ」

 ただの地鳴りであれば下手をすれば洞窟自体が崩れてしまう。
 そうでないのならそうでないものへの対処をすればいい。
 ガルディスの進言に従い、一行は前方の道を進んだ。

 通路は狭く、成人男性がギリギリで普通に歩けるというものだ。
 ここでゴブリンに襲われたら先頭、もしくは最後尾の1人ずつしか戦えない。
 先頭をガルディス、最後尾をローズマリーの盗賊コンビに任せて慎重に進んでいく。
 全員が聞いた地鳴りのような音は当然のごとく、進めば進むほどに大きくなっていく。

 通路の行き止まりに到着した時、ようやく地鳴りの正体が判明した。
 体長2メートルほどにもなる体格を持ち、その体格に見合った驚異的な膂力を持つゴブリンの亜種――ホブゴブリン。
 そのホブゴブリンが暢気に熟睡していた。
 地鳴りのような音とはこのホブゴブリンのいびきの音だったのだ。

「俺たちがここにいるってのに、よくもまあ気持ち良さそうに……」

 通常のゴブリンと比べて近接戦闘に優れたホブゴブリンは、ゴブリンの集団においては用心棒的な扱いをされることもある。
 だが一方でホブゴブリンは非常に憶病であり、その醜態は冒険者の間で笑い話にされることが多いという。
「田舎者のゴブリン」と名付けられるだけのことはある、というわけだ。

「さしずめ用心棒なのでしょうが、これでは全くの役立たずですね」

 エリカが呆れたように鼻を鳴らす。
 近くに武装した6人の集団がいるというのにその気配に気づかずに寝こけているのだ。
 どのような危険が待ち構えているかと身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなる。

 だが、だからといってこの大型の個体を放置しておくわけにはいかない。
 自分たちが依頼されたのは殲滅だ。
 当然、この寝坊助も討伐対象に含まれる。
 幸いにしてこの行き止まりは通路部分と比べて広く、ナオミの長刀を振り下ろすくらいなら可能だった。

「ん、ここで倒してしまうのか?」

 ナオミが刀を抜くのを見てエリオットが止める。

「倒してしまいましょう。私たちの目的はあくまでも討伐ですし」
「それには依存は無いが、こいつのこのいびきが無くなったら、それだけで他の奴らに危険を知らせる事にはなりはしないか?」
「だとしても問題は無いでしょう。最終的にはゴブリンの集団と戦うことになることを考えると、こいつがこうして存在している方が危険です」

 ホブゴブリンのいびきが止まれば他のゴブリンどもに何かしらの危険を察知させることにはなるだろう。
 だがそれを恐れてこの用心棒もどきを放置しておけば、ゴブリンの集団と戦っている最中に起きてきて背後をつかれる可能性もある。
 ナオミが恐れるのは挟撃される危険性だった。
 今さら自分たちがゴブリンの集団に後れを取るとは思えないが、万が一勝ち目が無くなったなら撤退を余儀なくされるだろう。
 その時にこいつが逃げ道を塞いでいたら?
 挟み撃ちにされ、逃げ道を失う。
 戦って勝利することを目的とするなら、それは絶対に避けなければならなかった。

「万が一を考えておくのも戦略や戦術というものです」

 言いながらナオミは長刀を振り下ろし、ホブゴブリンの首を落とした。

「……なんかさっきもそうだけど、随分と血生臭い事させてるね」

 あまり女の子にそういう事はさせたくないなぁ、とジョナサンは苦笑するが、ナオミは一向に気にしていない風だった。

「軍人として戦争に参加すればもっと血生臭いことになりますよ。これくらいは大したことありません」
「でもさぁ」
「気にしないでください。それに、冒険者ならこういう事は男も女も関係ないでしょう?」

 適材適所というやつだ、とナオミは笑った。

*     *     *

「何かしら……。奥の方から騒々しい物音が聞こえるわ」

 先程の通路を戻り、T字路の残りの道を進むと曲がり角が見えた。
 その曲がり角の奥の方から物音がするのをローズマリーが聞きとがめる。

「……声の感じからしてゴブリンの集団ね。これ以上覗き込むと見つかりそうだから、どんな個体がいるかはわからなかったけど」
「じゃあ、もう正面から突撃するしかないか」

 相手が雑魚のゴブリンのみであればおそらくは楽勝だ。
 だが相手の中に魔術を操るゴブリンシャーマンや、多数のゴブリンを率いることに長けたゴブリンロードのような上位種がいれば……?
 探索役を買って出てくれるローズマリーがそれを判断できなかったのは痛いが、少なくとも背後にいたホブゴブリンは排除したのだ、危険極まりなければ逃げればいい。

 ジョナサンの言葉に従い、それぞれに意思を確認し、各々が得物を構える。

「それじゃ……、突撃!」

 ジョナサンを先頭にワースハンターズは曲がり角を抜け、奥の部屋へと突撃する。

 奥の部屋は広間となっており、10数人の集団が広がって戦えるほどだ。
 そこにいたのはやはりゴブリンとコボルト――犬のような外見をした体長1メートル程度の下級妖魔――の集団だった。
 その数ゴブリンが2、コボルトが4。
 だが、部屋の奥の方に異彩を放つ存在がいた。
 体表はゴブリンと同じ緑色だが、肥大した後頭部ごと全身を濃い緑のローブで包み、杖を手に持ったゴブリンの亜種。

「ゴブリンシャーマンがいたか!」

 ゴブリンシャーマン――下級妖魔ゴブリンの中でも上位種に含まれる存在。
 繁殖力の高いゴブリンの中において稀に誕生する、高い知力を持った魔術を操るゴブリン。
 叫んだエリオットと同じく魔法の矢や眠りの雲を扱いこなす危険な存在。
 どうやらこの討伐依頼、楽勝とはいかなくなったようだ。

「エリオットはとにかく魔術に集中してください! 後はひたすら数を減らしましょう!」

 この状況で最も怖いのはゴブリンシャーマンに眠りの雲を使われることだ。
 初歩的な魔術ではあるが、初心者はもちろん上級者でさえ好んで使いたがるほどに高い効果が見込めるからだ。
 だがそれは相手も同じこと。同じくエリオットが眠りの雲を発動させればそれだけでこちらが有利になる。

 部屋で騒いでいた妖魔たちは突然現れた武装集団を見て慌てふためくが、集団が自分たちを害するためにやって来たと理解するや否やすぐさま戦闘態勢を整えた。

 エリオットが後ろに下がり、構えた弓矢をしまって魔術の集中に入る。
 妖魔の方もエリオットが魔術師でしかも眠りの雲を放とうとしていると分かったのか、それを止めるべく殺到する。

 コボルトが1体飛び込もうとするが、そのコボルトの顎にガルディスの拳がカウンター気味に突き刺さる。
 顎を砕かれたコボルトは痛みに耐えきれずそのまま気を失った。
 盗賊の片割れがコボルトの相手をしている間にもう1人の盗賊が別のコボルトを狙う。
 逆手に構えられた剣がコボルトの胴を薙ぐが、当たりは浅かった。
 ローズマリーはそれに構わず次の獲物を狙うべく場を駆け回る。
 高速で動きながらすれ違い様に両手の剣で斬りつけていくのが彼女のスタイルだ。

 奥にいるゴブリンの相手はジョナサンとナオミの担当だ。
 数こそ多いコボルトだが、実はコボルトは妖魔の中では非常に憶病であり、無理に相手せずとも勝手に逃げていくことが多い。
 ならばコボルトの方は適当に相手をし、前衛連中が比較的戦意の高いゴブリンの対処をするのがいい。
 ジョナサンの棍が、ナオミの刀が2体のゴブリンを襲う。
 大振りを放ったジョナサンの攻撃は回避されたが、ナオミの刀は片方のゴブリンを袈裟懸けに切り裂いた。

 だがゴブリンの方も負けてはいない。
 前衛2人に狙われたゴブリンはそれでも後方にいる魔術師を狙ったのだ。
 ジョナサンに狙われた方は持っていた得物の斧をエリオットに投げつける。
 魔術に集中していたエリオットは、突然飛んできた斧をすんでのところで回避するが、これは実はゴブリンによるフェイントだった。
 一方、刀で斬られたゴブリンは目の前の白い女を無視し、奥にいるエルフの少女を棍棒で殴りつけた。
 人間どもに指示を出していたのはこのエルフの女だ。
 指示系統を奪うならこの少女を狙うべきだ!
 ナオミによって抑え込まれたはずのゴブリンに狙われたエリカは、とっさに自前の槍で身を守ろうとするが、防御が間に合わず肩を殴打されてしまった。

「エリカ!」
「大丈、夫! マリーちゃん、行って!」

 殴られたエリカの悲鳴にローズマリーは自慢の足を止めそうになるが、当のエリカから気にするなと言われてしまえば気にするわけにはいかない。
 それにエリカを殴った手負いのゴブリンはガルディスの放ったナイフが頭に突き刺さり、エルフの参謀を殺せぬまま絶命したのだ。
 エリカ自身も、ローズマリーに斬られて動揺したコボルトに槍を突き出してその命を奪っていた。
 なるほど、彼女はまだ大丈夫そうだ。
 ならば、自分は自分の役目を果たすのみ!

 ローズマリーが走り回る中、意外な事態が起きていた。
 奥に控えていたはずのゴブリンシャーマンがエリオットを杖で直接襲いに来たのだ。
 眠りの雲で冒険者どもを眠らせるよりも、魔法の矢で1人ずつ血祭りにあげるよりも、まずは脅威になりうる魔術師を始末しようと思ったらしい。
 斧を投げられ、意識が回避に向いていたエリオットはどうにかその悪意から身を守ることに成功したが、魔術の集中を邪魔されたことには変わりはない。

「ちっ、まさか直接殴りに来るとは……!」

 舌打ちするが彼の頭には斧を投げられた恐怖がこびりついてしまったらしく、さらなる集中ができなくなっていた。

 ところが、そんなエリオットを狙ったゴブリンシャーマンの邪魔をする者が現れた。
 ジョナサンである。

「この野郎!」

 シャーマンを守るはずのゴブリンが1体いなくなり、コボルトも2体が倒れ、残った内1体は怯えからか身構えるしかできておらず、気が付けば1体は逃げ出していた。
 その上、守られる立場にあるはずのシャーマンが前線に出てきたのだ。
 これを見逃すわけにはいかない。
 ゴブリンの相手もそこそこに、ジョナサンはその身を翻しゴブリンシャーマンの頭部めがけて飛び蹴りを繰り出した。
 ジョナサンの左足がシャーマンの側頭部に吸い込まれ、その中に詰め込まれた脳を揺らす。
 揺れた頭に応じるように足が勝手に動き、緑のシャーマンは緑の魔術師から離れていった。

 後ろにいたはずのシャーマンが前線に出てくる。
 この事態は残ったゴブリンとコボルトをも驚かせた。
 相棒を傷つけられたゴブリンは白い女を狙うが、逆に女の刀で斬られてしまう。
 駆け回っている小さい女の攻撃をコボルトは回避できず背中を切り裂かれる。

 その隙にエリカは持っていた荷物袋から水筒を取り出し、溜まっている水を少々手に移して、その水を棍棒の一撃を受けた肩に塗り付ける。

「水よお願い、力を貸して。私の肩を冷やして」

 それは呪文詠唱というよりも、自然界に対する呼びかけだった。
 エリカは宿の歌い手ではあるが、それと同時に精霊術師である。
 彼女の精霊術は精霊を呼び出し使役する「召喚」ではなく、精霊をその身に宿らせ肉体を媒介として力を扱わせる「憑精術」でもない。
 どちらかといえば精霊の力を一瞬だけ顕現する「霊験」である。
 水の精霊ウンディーネの霊験が彼女の傷ついた肩を冷やして治療する。
 全快にはならなかったが、少なくともこれでやすやすと倒されることは無くなった。

 戦いは冒険者の側が優勢だった。だが冒険者たちのこの優位性は活かされることが無かった。

 乱戦状態となった広間はそれぞれの掛け声と、武器の振るわれる音と、それを回避する音に支配された。
 繰り出した攻撃がことごとく当たらぬまま、何10秒もの時間が過ぎてしまう。
 特に両陣営の魔術師が呪文詠唱に集中できないために、互いに決定打に欠けていたのだ。

 そんな膠着状態から解放されたのはローズマリーのおかげだった。
 敵の数が減ったために普段の高速移動戦法をやめ、1体の相手に集中した結果、残っていたゴブリンを屠ることに成功した。
 それがきっかけとなったのか終始怯えてばかりだったコボルトをガルディスの拳が打ち据える。
 焦ったゴブリンシャーマンはガルディスに精神破壊――対象の精神を破壊し激しく混乱させる魔術――を仕掛けるが健闘むなしく、ジョナサン、ガルディス、ナオミの連続攻撃によってついにその生涯を終えた……。

*     *     *

「誰だよ、簡単な依頼とか言ったの……」

 妖魔たちとの戦闘を終えて冒険者たちは一部を除いてその場にへたり込んでいた。
 激しい負傷はほとんど無く、せいぜいがエリカがゴブリンから手痛い一撃を食らったのと、膠着状態での乱戦でジョナサンが殴られたくらいであるが、負傷よりも精神的な疲労が彼らを襲っていた。

 妖魔の方もそうだが、何よりも攻撃が当たらなかったのは痛すぎる。
 眠りの雲の発動が早く行われていれば、間違いなくもっと早くに、それでいてもっと楽に戦闘は終わっていただろう。
 もっとも、相手方も似たような状態ではあったのだが……。

「戦闘1つでこんなにも集中できなくなるとはな……」

 ジョナサンのぼやきにエリオットが舌打ちで応じる。
 今回の戦闘において最も役に立てなかったのが彼だ。
 敵が残っている間、彼はほとんど何もできず、ようやく眠りの雲を発動できると思った瞬間には戦いが終わってしまったのだ。

「そのあたりは今後の課題にするとして、今はとにかく休みましょう」
「そうですね、もう危険は無いようですし……」

 メンバーの中では比較的冷静なナオミとエリカも安心したように座り込んでいる。
 確かに彼女たちの言う通り、洞窟内にいるゴブリンを含めた妖魔たちは大方片付いた。
 少なくともコボルト1体が逃げてしまっているが、用心棒のホブゴブリンもいなければ頭を務めていたゴブリンシャーマンもいないので、当分帰ってくる事は無いだろう。

「でもさ、できれば日が暮れない内には帰りたいよね……」

 言いながらジョナサンは広間の奥を眺めやる。
 広間には、自分たちが入ってきた曲がり角の通路の他にもう1つ通路があった。
 戦闘終了後に、ボスが待ち構えていたボス部屋の奥といえば宝物庫だ、とばかりに盗賊2名がそちらへと向かってしまったのである。

「まったく元気なもの、……いやこの場合は現金なもの、と言ったところでしょうか」
「宿でも話してたもんね。隠し財宝があれば俺たちのものになるかもってさ」
「……今ならその気持ちがわかりますね。あまりにも無駄な労力を費やしたわけですから、何かそれなりの見返りでもないとたまったものではないですね」
「ホントに財宝とかあったらいいんだけどね。盗賊2人に、いや、この場合は財宝を貯め込んでるはずのゴブリンに期待、なのかなぁ」

 ナオミとそういう雑談を繰り広げていた時だった。
 当の盗賊2人が疲れを滲ませながらも満面の笑みを浮かべて戻ってきたのは。

「見つけてきたで、臨時収入や!」

 言いながらガルディスが見せつけてきたのは何やら重量のありそうな麻袋と、先端に宝玉が取り付けられた杖だった。
 麻袋の方は銀貨が200枚入っている。
 農民のものとは考えにくいのでおそらくは自分たちのものになるだろう。
 杖の方はガルディスからエリオットに手渡される。

「これは……、賢者の杖か?」
「何それ?」
「所有者の精神集中を助ける魔術が込められている、魔術師の必需品だな。……私は持っていなかったが」

 魔術師学連に所属する魔術師であればほぼ誰もが持っている、魔術師のための魔術発動体。
 諸事情によりエリオットはこの杖を持つ事が無かったが、まさかそんな杖がこんな所で手に入るとは。

「あれ、だったらさっきのゴブリンシャーマンが持ってたのは?」
「ああ、賢者の杖に似ていたがあれはただのまがい物だな。あんな物を持っていたところでただの棒にしかならん」

 ゴブリンシャーマンが魔術を行使する際に使っていた杖はただの飾り物だった。
 それなりに効果のある代物であればいっそ自分が奪ってしまおうとエリオットは考えていた。
 何しろ戦闘中だったとはいえ一切の魔術を発動させることができなかったのだ。
 さすがに自らの無力さを実感せざるを得なかった。
 何かしらの魔術発動体は必要になるだろうと思ったが、まさかこんなに早くそれが手に入るとは考えもしなかった。

「なんぼなんでも農民の持ちモンやないやろ。ありがたく使うとけ」
「……そうだな、ありがたく使わせてもらうか」

 魔術師であるはずなのにいざという時に魔術が使えないのでは己の沽券に係わる。
 賢者の杖はエリオットの良き相棒になるだろう。

「他には何か無かったの?」
「他はもうガラクタばかりね。頑丈な鉄製の箱に入ってた割には大したことなかったわ。銀貨と杖が一番マシな戦利品ね」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。まだ報酬も貰ってないしね」

 ローズマリーから成果を聞き出したリーダーが立ち上がると、それに呼応するかのように残りのメンバーも立ち上がる。

「報酬貰ったら美味しいもの一杯食べようよ。最近あんまり食べてないんだしさ」
「いや、あなたは普段から食べてるでしょう。人の何倍食べれば気が済むんですか」
「食うのもええけど、まずは酒やろ。今日は呑むで~!」
「そういえば朝の仕事の祝杯、貰い損ねてるのよね。絶対飲んでやるんだから」
「それもいいですが、技の講習に使うのもいいと思いますよ。さすがにこんな事態は2度は避けたいですし」
「……その前に借金返済か貯金だろう。どれだけツケが溜まってると思ってるんだ」

 貰い受ける予定の銀貨の塊を脳裏に浮かべながら彼らは凱旋する。

 そして、この時手に入れた賢者の杖を巡って後に騒動が起きることを、彼らは知る由も無かった……。



・プレイしたシナリオ
シナリオ名:ゴブリンの洞窟
対象レベル:1~3
作者   :齋藤 洋(groupAsk)様
入手場所 :ゲーム本体ダウンロード時に同梱

・今回の収支
収入+   600sp…クリア報酬
  +   200sp…洞窟内で入手
―――――――――
合計=   800sp

・入手品
アイテム…賢者の杖→エリオットへ

ゴブリンの洞窟・後書きへ

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その名はワースハンターズ

 冒険者の宿「星屑の夜空亭」は、交易都市リューンに点在する宿の中でも老舗に分類される。
 何年前から建てられたのかは今となっては誰も知らないが、幾人もの経営者が代替わりを繰り返しながら続いてきたのは間違いない。
 今に至るまでに何人もの冒険者が生まれ、育ち、そして消えていった。
 成り上がった末に王宮や貴族のお抱えとなった者。
 結婚して家庭を設け、静かな生活を送った者。
 旅の中、帰れなくなった者……。
 大半の冒険者が冒険の最中に命を落とし、そうでない者もいつの間にか名前も忘れ去られた。

 そして、その数ある冒険者の中に、英雄と呼ばれた者は、いない。

 冒険者というのはどちらかと言えば社会の底辺に属する集団だ。
 地位も名誉も欲しいままにしていたが落ちぶれてしまった元貴族や王族。
 家族を養いたいが運悪くまともな仕事に就けなかった親。
 家族に愛されず捨てられた孤児。
 高貴な身分を持ったまま冒険者になる者はそうそうおらず、ほとんどはチンピラやゴロツキに毛が生えた程度の「それよりは多少はマシ」な連中ばかり。
 だがごくまれに、数々の冒険を経て英雄とまで呼ばれるようになる例外中の例外が現れるのだ。

 冒険者は社会の底辺。だがいつの世も、その冒険者になりたがる者は後を絶たない。
 初代の経営者もご多聞に漏れず、そういったところに目を付けたのだろう。
 冒険者は天に散らばる星屑のような存在。
 そのほとんどは小さいが、中には大きく輝く星もあるものだ。小さな星々も集まれば夜空を彩る光になる。
 そういった意味を込めて「星屑の夜空亭」と名前を付け、冒険者を利用して金儲けを企んだのが始まりだった。

 そうして英雄こそ生まれなかったものの、運良く長続きした冒険者の宿。
 その今代の経営者はジョッシュ・クーパーという中年の男だった。
 かつては冒険者として数々の旅を経験し、それなりに名をはせ、所属していた宿を受け継ぎ、今度は自身が冒険者を受け入れ育てる仕事に就いた。
 さすがに体力の面では衰えたが、冒険者だった頃の知識と経験を活かし、亡くなった妻との間に生まれた娘カレンと共に、未来の英雄候補たちを支えるのがこの男の役目だった。

 だが、かつて自身が冒険者として多くの敵を屠ってきたそのツケが回って来たのか、星屑の夜空亭は未曽有の危機に瀕していた。
 冒険者の信頼と信用を根幹から揺るがす大事件により、所属する冒険者の大半が宿から出て行ってしまったのだ。
 冒険者の宿は、その名の通り冒険者という存在がいなければ成り立たない商売だ。
 その商売の種が無くなってしまえばどうなるかは想像に難くない。
 ジョッシュ自身、まさか自分の代で長年続いてきた宿を潰す破目に陥るとは思いもしなかったが、全ての冒険者の宿が永遠不滅ではなく、似たような理由で潰れたものもある以上、これもまた運命かと半ば受け入れてもいた。

 そんな星屑の夜空亭には6人の冒険者が所属していた。
 前述の「大事件」を経て、それでも宿に残ってくれた若者たちだ。
 長い棒を振り回す狩人の武術家ジョナサン・グレスティーダ。
 破壊専門の魔術師を母に持つ緑色の魔術師エリオット・グライアス。
 北の国から流れてきた長刀を操る女軍人ナオミ・アンダーソン。
 投げナイフとボクシングの使い手で西方訛のきつい盗賊ガルディス・ネイドン。
 腰に差した2本の剣が武器の小さな殺し屋ローズマリー・レイドワイズ。
 宿の歌い手にして精霊と繋がりのあるエルフの少女エリザティカ・レンコップ。
 この6人組こそが、星屑の夜空亭で唯一活躍するパーティだった。

 彼らは決して正義の味方ではない。
 金銭を含めた報酬と、それに伴う危険を比べて、生きるためにはそれなりに手段を択ばない。
 わざわざ悪の道に手を染める事は無いが、それでも所詮はチンピラ、ゴロツキと同義の底辺連中。
 だからこそ彼らは自分を高く見せようとはしない。

「偉くないからこそできる事がある」
「複数形のSは決して独りきりではないという意味」
「いついかなる時こそ自分らしくあれ」
 それが彼らの信条。

 ワースハンターズ。
 自身にとって最も価値あるものを追い求める者たち。

 彼らは自分たちをそう呼んだ。

*     *     *

 道を駆け、壁を上り、屋根を飛ぶ。
 日課にしている走り込みで同じコースは基本使わない。
 石畳のひびを避けながら、あるいは普通に、時にはつま先だけで、走り方にもひと工夫。
 目についた好みの女の子に声をかけるのは、……今日はやめておこう。
 宿に依頼が入っているという話があったと思うから、今日は普通に帰ろう。
 多少、後ろ髪を引かれる思いをしながらジョナサン・グレスティーダはリューンの街を駆けていた。

 上った屋根から通りを見渡せば、見慣れた緑色のシルエット。
 その後ろ姿を追い抜いて、屋根から飛び降りる。

「おわっ!?」

 男の目の前数10cmのところに突然何者かが落ちてきた。
 後ろ姿しか見えないが、背中に長い棒を括り付けた暗い金髪の持ち主は緑色のマントを羽織った男――エリオット・グライアスのよく知る人物だった。

「お先!」

 言い残し、ジョナサンはそのまま通りを駆け抜ける。

「――っ! 毎度毎度人の目の前に降りるなと言ってるだろうが!」

 聞こえているのか聞こえていないのか、魔術師の文句を背に狩人は走り去ってしまう。

「まったく、あの男は……」
「相変わらずやな、あいつは」

 そうしていると今度は横合いから声がかけられる。
 西方訛のその声の持ち主は盗賊ガルディス・ネイドンのものだ。

「別に走り込みをやめろとか言うつもりは無いが、気まぐれで人の目の前に飛び降りるというのはどうにかならないものか」
「そぉ言うたかてやめるあいつやないやろ。ましてワシらが言うたところで無視するだけやで」
「男の言うことは基本聞かん男だからな」

 ジョナサンに対する不満を口にしながら、ハーフエルフの2人は連れ立って歩きだす。

「ところで卿(けい)がここにいるということは『仕事』は終わったのか」
「そらもぉ。きっちりカタつけたがな。……ローズマリーの奴はさっさと帰ってもぉたけど」
「あいつはあいつで相変わらずか。実に逃げ足は速い」
「まったくや。報告とかは全部ワシの仕事になっとるで」

 不満の対象はいつの間にか変わっていた。

*     *     *

 半ば日課となっているリサイタルを終え、エリザティカ・レンコップ――愛称エリカは宿への帰路を急いでいた。
 小さな竪琴を抱え、プラチナブロンドをなびかせながら走る姿は人々の好奇の視線を誘うが、そのようなものを気にする彼女ではない。
 そんな彼女が足の速度を緩めたのは全力疾走に疲れただけで、決して見知った姿が目に入ったからではない。

 リューンの街を走り回るジョナサンを見るのは、別にこれが初めてではない。
 朝、適当に出かけて軽く歌い、それから帰る。
 その道すがら走り込むジョナサンを見かける、もしくは声をかけられて共に帰る、というのはエリカの日常でもあった。
 場合によっては若い女性に声をかけるジョナサンを竪琴で殴りつけて、無理やり引きずって帰るということもある……。

 どうやら今日のジョナサンはまっすぐ宿に帰るつもりらしい。
 道行く人々を避けながら疾走するということは、ナンパをしている暇は無いのと同義だからだ。
 これで彼がナンパに走っているようであればとりあえず一撃を入れるつもりであったが……。

 呼吸を整えながらエリカは足を進める。
 昨日の夜、依頼が入ったという話を聞いたのだ。
 依頼――冒険者にとっての仕事があるということは、それはすなわち自分たちの出番ということ。
 であれば、余計な時間は使っていられない。

 そうしていると他の見知った顔が見えた。
 同じ宿に所属するハーフエルフの魔術師と盗賊だ。

「エリオット、ガルディス、おはようございます」

 同じパーティの一員として活動するハーフエルフたちに、エリカは丁寧だった。

「おはよう、エリカ」
「お、おはようさん。さっきまで歌ってたんか?」
「ええ」

 半妖精と妖精族が連れ立って歩く。
 冒険者が多く存在する交易都市リューンならではの光景だ。

「その様子やと特に何も無かったみたいやな」
「……無かったと言えば無かったような、あったと言えばあったような」
「な、何があったんや?」
「いえ、ちょっとファンクラブに囲まれてなかなか脱出できなかっただけです」
「人気者やからな、エリカは」

 ファンの子供たちに囲まれて困惑する光景を想像し、ガルディスは笑った。

「しかし包囲網から脱出できても、今度は出待ちのファンが現れるのではないか?」

 星屑の夜空亭の前にエリカのファンが大勢集まっている光景を想像したエリオットの顔に冷や汗が流れるが、エリカはその心配は無いと笑う。

「冒険者の仕事があるからと言っておきましたので、さすがにそれを邪魔しに来る子はいないと思いますよ」
「いやいや、それやったら『エリカに危ない事はさせない』とか言うて押し寄せてきたりとかあるんちゃう?」
「さすがにそうなったら、少しばかり『お仕置き』せざるを得ないですね」

 温厚なエリカは怒ると怖い、というのはファンクラブの間では周知の事実である。
 それを理解したハーフエルフ2人は今度こそ納得したのだった。

*     *     *

「ただいま~!」

 星屑の夜空亭に走り込みから帰ってきたジョナサンの声が響いた。
 宿の1階を見渡せば盗賊ギルドの仕事に行っていたらしいローズマリー、宿を出る前には姿を見なかったナオミ、そして先程まで奥の部屋で寝ていたらしい宿の亭主ジョッシュの姿があった。

「おう、お帰りジョナサン」
「ただいま親父さん。朝ごはんある?」
「今カレンが奥で作ってるよ」
「お、カレンちゃんの手作り!? カレンちゃんの料理おいしいんだよね~」
「その言い方だとわしの料理はまずいという風に聞こえるんだが?」
「やだなぁ、親父さんの料理もおいしいに決まってるじゃない」

 ジョナサンに限った話ではないが、星屑の夜空亭ではジョッシュの事を名前で呼ぶ者はいない。
 誰もが親しみを込めて「親父さん」等と呼ぶのだ。
 一方でカレンの事は誰もが名前で呼んでいたが……。

「でも親父さんの料理よりもカレンの料理の方が嬉しいんじゃないの?」
「そりゃもう! 女の子の手料理なんて世の男どものロマンだもんね!」

 先に朝食を済ませていたローズマリーが茶化すように言うが、そもそも女好きであることを公言してはばからないジョナサンには大して効果は無かった。

「ということは私やローズマリーの料理でも大丈夫、ということで?」
「よっぽどまずい、とかじゃなきゃもちろんね。……っていうかナオミ、俺に料理作ってくれるの?」
「まさか。戦場(いくさば)に生きる私がそんな酔狂なことをするとでも?」
「ですよね~。野宿とかならともかくね~」

 17歳のジョナサンにとって18歳のナオミは彼のストライクゾーンに該当するのだが、当のナオミの方はそもそも恋愛に興味が無いのかジョナサンに対してかなり辛辣だった。

「ただいま~。戻って来たで~!」

 そのような会話を繰り広げていると、先程ジョナサンが追い抜いたエリオット、そこに後から合流したガルディスとエリカが宿に入ってきた。

「おうお帰り、お前さんたち」
「皆さんお帰りなさい! 朝ごはん出来てるわよ」

 厨房からカレンが顔を出す。
 ワースハンターズの6人が揃ったのを確認して、先にナオミとローズマリーに出していたものと同じ朝食を提供する。

「後、ジョニィさんにはリクエストの紅茶もあるわよ。食後でいいわよね?」
「心の栄養と健康のために食後に1杯の紅茶、ってね」

 などとのたまいながら、カレンの手作り朝食にジョナサンが手を伸ばす。
 紅茶に明確な健康増進の効果があるのかは定かではないのだがジョナサンは毎回こう言うのだ。

「さてお前さんたち、食いながらでいいから聞いてくれ」

 ナオミとローズマリー以外の4人が食事を開始したあたりで宿の亭主がそう切り出す。

「昨日の夕方に入ってきた依頼がある。ぜひとも受けてもらいたいんだが、頼めるか?」

 その言葉に彼らは、依頼の詳しい内容の確認を求めた。

 ワースハンターズの物語が、今、始まる……。

PC6・エリカ←Prev

Next→→ゴブリンの洞窟



 というわけでPC及びパーティ名の紹介でした。
 これからシナリオをプレイするとともにリプレイもちょくちょく書かせていただきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。

 ワースハンターズは聖職者がおらず、盗賊が2人で、万能型多め、ついでに「_不心得者」ばかりのパーティです。
 これはつまり「回復役に欠ける」ということを意味します。
 回復は基本的にエリカの精霊術頼りですね。
 他に神聖技能以外で回復が可能なスキルやアイテムを入手できればいいんですが、その辺は追々探すことにします。

 PC紹介の時点でお気づきでしょうが、ワースハンターズは「すでに結成していて、すでに冒険者として依頼を受けたことがある」状態からリプレイが始まっています。
 ただし、実際のプレイでは「PC作成したてのレベル1」の状態から始めます。
 途中でプレイするシナリオがいわゆる「過去編」になるということですね。
 ……パーティ結成時の話はどうしたって?
 それはまた、追々、ね?
 あとはまあ勘のいい方であれば「所属する冒険者が出ていくことになった大事件」が何のシナリオか、お分かりになるかな、と。
 それもプレイする予定です。

 ところでパーティ名のワースハンターズですが、実はこれ「Wirth Hunters」と書きます。
「自身にとって最も価値あるものを追い求める者たち」という意味にしてはおかしいって?
 はい、スペルミスです。
 なぜこんなことになったのかは……、これもいつか語りますのでその時までのお楽しみということで。

PC6・エリカ←Prev

Next→ゴブリンの洞窟

PC6・エリカ

 目覚めの光が街を照らしていくにつれて、生きとし生ける者たちは1人、また1人と起きだしていく。
 時には1人で、時には同じ場所に住む家族と共に。
 目覚めの時を宣告して、ある者は商売のための店を開け、ある者は離れた所へと働きに出かけ、またある者はそうした生活とは無縁とばかりに暇を持て余し、またある者は知り合いに会うべく外へと出かける。

 眠っていた街に喧騒が戻ってくる。
 交易都市リューンはその名の通り、周辺地域との交易によって成り立つ街であり、そこには当然のごとく人が集まってくる。
 人と言ってもそれは人間だけではない。
 中には人間と姿形の変わらないエルフやドワーフといった亜人種もいる。
 その年齢層も子供から年寄りまで様々で、一部の裏通りなどを除けば人のいない所は無いだろう。

 交易都市という名前だが交易だけしか存在していないわけではない。
 人が住むための住宅街もあるし、信仰を持つ者のための教会もある。
 また、人が集まり交流を深めるための憩いの場もある。

 リューンは広い街だ。
 商店の数はもとより、住宅街も1区画だけでなくいくつも存在し、またこの世界に広く伝わる宗教――聖北教会も1軒だけでなく、いくつもの教会が点在している。
 裏通りに代表されるようなスラムも1ヶ所だけではないし、無論、憩いの場も1つしか無いわけではない。

 リューンの憩いの場の1つに大きな噴水があった。
 地下から汲み上げた水を独特な形に変えて噴き出させ、その勢いを無くした水が溜まっていた水に落ちていく。
 水同士の衝突音と、舞い散る水飛沫が清涼感を生み出すそこは、冬場はともかく夏の暑い時期には涼を求めてやって来る者たちにとって、最も手軽な避暑地となっていた。

 噴水周辺に人が集まらない日は無い。
 無論、人数に差こそあるものの、必ず誰かがそこにいた。
 それは例えば休息のためであったり、露店を開いて商売するためであったり、はたまた目立つ場所であることを利用しての待ち合わせを行うためであったり……。
 とにかく何かしらの理由で誰かがそこにいる。
 そして今日もまた、やはり人が集まっていた。

 石造りの噴水の縁に腰かけ、すらりと伸びた左手の指先を水の中に沈める。
 誤って落ちないように右手は噴水の縁に添えておく。
 膝の上には愛用の小さな竪琴。
 目を閉じて視界を一面の闇に変え、尖った耳が話し声や足音を捉え、風が長いプラチナブロンドを撫で、陽光の熱が色白の皮膚に降り注ぐのを感じる。

 美しいエルフの少女だった。
 見た目は10代前半といったところの、何も知らぬ子供から少女へと変わってゆく境目だが、外見年齢にそぐわない落ち着きと美貌を有していた。
 長命種であるエルフは個体によっては人間の10倍以上の年月を生きる。
 彼女も実際は130年を生きており、どうやら落ち着いた佇まいはそこから来ているようだ。
 腰の下にまで伸びた長い髪はプラチナの色に輝いており、身に纏う白と桃色を基調としたおしゃれな衣服と相まって、妖精か精霊が血肉をもって存在しているのかと思わせる。

 彼女の存在に気づいた幾人かがその一挙手一投足を注視する。
 噴水の縁に腰かけて微動だにしないその姿は、この広場ではすでになじみのものとなっている。
 そしてそんな彼女がこの後何をするのかも知っている。

 左手に水が絡みつくのがわかる。
 吹く風が髪を梳いていくのがわかる。
 降り注ぐ日が頬を包むのがわかる。
 足が触れる地面から生き物の鼓動が伝わってくるのがわかる。
 どうやら今日の自然たちはとても機嫌がいいらしい。

 ならばこの歌にしようか。
 エルフの少女が縁にかけていた右手を膝の楽器に伸ばし、水から左手を引き抜く。
 沈められていたはずの指先に水滴は一切ついていない。
 引き抜いた瞬間にはすでに乾いていた。
 右手で竪琴を構え、左手の指がその弦を1本ずつ揺らしていく。
 弦の張り具合を確かめてから、知っている音階を呼び出し、指先をもってそれをゆったりと奏でる。

 少女の口が開いた。

 ♪ 踏みつける広い大地は 私の揺り籠
   生まれた私の体を 優しく包むの ♪

 開かれた口と喉から生まれるは歌。
 音階と歌詞を組み合わせて作られる楽曲。
 英雄譚や詩といった語り継がれるようなものではなく、純粋な心や気持ちを乗せただけのもの。

 エルフの少女は歌い手だった。

 ♪ 流れゆく輝く水は 心を洗って
   穢れや涙、汚れたち 清めてくれるの ♪

 ♪ 燃え上がる炎は ほら 優しいぬくもり
   凍り付いた氷を ねえ 融かしてください ♪

 少女が歌うのは彼女が自ら考えだしたものではなく、すでに世の人々が知るような既存の楽曲である。
 彼女はあくまでも生み出す立場にはなく、誰かによって生み出されたものをただ歌うのみ。
 歌うのは彼女の趣味だが、以前他人に対して戯れに歌ってみせたらそれが好評だったため、最近は趣味と実益を兼ねて酒場や広場などで気まぐれに歌い金銭をもらうストリートミュージシャンのようなこともしている。
 作詞や作曲は今のところ考えてはいない。

 ♪ ほらほら風は踊りまわる 世界をぐるりと回しゆく
   ほらほら吹き抜ける風は 世界に思いを届けてく ♪

 歌う姿に道行く人々が足を止める。
 竪琴と少女の口から放たれる音が空気を震わせ、それが優しく人々の耳に入ってくる。
 ハイテンポな激しい歌は彼女の趣味ではないし、また周囲の誰もが彼女がそういった歌を歌うのを求めていない。
 美しいエルフには静かな曲が似合うものだ。
 彼女の歌う「精霊賛歌」は比較的ゆったりとした曲で、歌詞が少ないが歌い終わるのに5分近くかかる。
 精霊に近しい存在である彼女はこの歌を気に入っている。

 ♪ 地よ水よ 炎よ風よ 世界の友よ
   私の隣で今日も 共に生きてゆくの ♪

 最後のフレーズを歌い終わり、余韻を残すように少々のメロディー。
 竪琴から音が途切れると、その一瞬後に周囲の人々から拍手が起こる。
 拍手に混じって心付けとばかりに銀貨も放られる。
 足元に転がる銀のきらめきに少女は苦笑いを浮かべた。
 歌いたい気分で来ただけなのに……。
 とはいえ、この銀貨は彼女の歌に対する報酬のようなもの。
 いただかないというのはかえって失礼になるかもしれない。

「エリカ!」

 逡巡していると観客の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。
 エリザティカ・レンコップ――愛称エリカの耳に届いた高い声は、確か自分のファンを名乗る男の子のものだったか。
 朝のこの時間に噴水で歌うとほぼ必ず聞こえる声だけにすっかり覚えてしまった。

 声の聞こえた方に目を向けると、やはり件の男の子が駆け寄るところだった。
 よほど熱狂的なファンなのだろう、人込みをかき分けて最前列で歌を聞きたがるし、あるいは我先にと曲のリクエストもしてくる。
 もちろん、そういったファンの存在は彼女にとってありがたいものだった。
 ただの趣味として歌っているだけではあるが、そんなものでも聞きたいと言ってくれる者がいるのだ。
 悪い気はしなかった。
 少々強引なきらいはあるが……。

「エリカ! 『朝占い』歌って!」
「また? あの歌そんなに好きなの?」
「エリカが歌うのは何でも好き!」
「……何でもいいんだ?」
「うん!」

 と言いつつ7割の確率で同じ歌をリクエストするのはどういうことだろうか。
 しょうがないなぁ、と苦笑しつつも指定された歌の音階を呼び出す。
 客からのリクエストに応えるのはプロとして当然のことだ。
 別にプロを自称した覚えは無いが……。

 ♪ カーテンから光が差し込んできて おはよう
   今日の朝はどんな顔してるかな 占いの時間 ♪

 ♪ 晴れの日雨の日曇りの日 それとも
   まだ私の知らない朝の顔 見せてくれるの? カーテン開けよう! ♪

 ♪ 目の前に広がるは灰色で ちょっぴり涼しい曇りの日 
   そうだお茶を淹れよう 体を温め
   この後の変化 期待しちゃいましょう ♪

 静かにゆったりと歌われる「精霊賛歌」と違い、この「朝占い」はどちらかと言えば軽やかなアップテンポの曲だ。
 先程は噴水の縁に座りながら、弾き語りよろしく竪琴を奏でていた。
 だがこの歌の場合は座ったままではむしろ歌に対して礼を失することになってしまう。

 噴水から腰を浮かせ、立ち上がる。
 竪琴を右手で抱え、左手で爪弾く。
 軽くステップを踏みながら、少女は歌う。

 ♪ 毎朝 目覚めるたびに世界は ころころ
   素敵な色や音の数々 見せてくれるの ♪

 ♪ 晴れの日雨の日曇りの日 どれでも
   嫌いな朝なんてありはしない とはいえ 好きな朝はあるけどね! ♪

 ♪ 水たちのダンス眺めて ぱらぱら今日は雨降りさん
   土や木々を叩いて 演奏会ね
   自然が奏でる オーケストラ聴こう ♪

 楽器を演奏しながら大きく動くことはできない。
 できるのはせいぜい足踏みと体を軸にした回転くらいだ。
 1歩、2歩、3歩、ターン。
 1歩、2歩、3歩、ターン。
 プラチナのブロンドと膝丈のスカートを翻し、竪琴の音色と共に少女は踊る。

 それにつられたのか、集まっていた人々の反応も変わってきた。
 ステップに合わせて手拍子を送る者、足踏みの音を追加する者。
 子供たちはエリカの動きを真似てステップとターンで彩りを添える。

 間奏が終われば最後の小節だ。
 エリカの左手が目まぐるしく動き竪琴の弦を次々と弾いていく。

 ♪ 飛び込んでくるのは光 きらきら眩しい太陽の日
   日差しをめいっぱい浴びて 命の鼓動を感じながら 今日も生きてゆく ♪

 ♪ 青い空に白い雲に 緑の木々に茶色い土に
   色づく朝を歩いて まだ見ない人に
   今日も出会って 朝の挨拶しよう! ♪

 1歩、2歩、3歩、ターン。
 最後の演奏が終わる。

 集まった観客たちに一礼すると、再びの拍手。
 先の歌の時と同じく銀貨が放られる。
 1枚2枚だけでなく、時折10枚程度が小さな袋に入れられて放られてくる。

 1曲目でもそうだったが、今日は金策ではなくただ歌うだけのつもりでここに来たのだ。
 そのため集金用に使っているバスケットは持ってきていない。
 しかし集まった銀貨をそのまま捨ておくのも気が引ける。
 と思っていると、それに気づいたのか周囲の子供たちが地面に落ちた銀貨を拾い集めだした。
 その光景からエリカがこの後の展開を予想するのは容易かった。

 次に彼らは、

「はい、エリカ。集めておいたよ!」
「……っていうのがいつものパターンよね、やっぱり」

 そう、善意からエリカに投げられた銀貨を集めて、それをエリカに渡そうとするのだ。
 彼らのこうした行動は別にエリカが指示したものではない。
 街中で歌い、いくばくかの金銭をもらうことにした当初は、集まった銀貨はエリカが自らの手で集めていた。
 それがいつの間にか、エリカの歌を聞きに来た子供たち――大半は男の子だった――が自主的に回収を買って出て、今ではそれが当たり前の光景になっているのだ。

 エルフ年齢で130歳のエリカは見た目は人間の13歳に相当する。
 エルフ特有の美しさを持つ彼女は、近所の男の子たちにとってのマドンナ的存在だった。
 それゆえに一部の女の子からやっかみを受けることも無いではなかったが、基本的に男女分け隔てなく接するエリカを心から悪く言う者はいなかった。
 仮にいたとしても周囲の子供が親衛隊よろしくエリカを守ろうとするし、そうでなければエリカ自身が強烈なお仕置きを与えるものだから、面と向かって彼女に危害を加えようとする愚か者はいなくなっていた。

 そんな子供たちの人気者はこの状況を打破することができないでいた。
 ただ歌いに来ただけだ、と言えればそれでよかったのだが、相手が純粋な子供だけにそれが言えない。
 これが大人相手であれば逆に遠慮なく断りの文句を入れられたのだが……。

 ところがそんなエリカの悩みは突然打ち切られる。
 警笛を鳴らしながら、人垣をかき分けて何者かが近づいてきたのだ。

「あ~、失礼、そこの君。治安隊の者なんだがね」

 エリカに声をかけてきたのは男性で、どうやらリューン治安隊の隊員らしい。
 この状況下、単独で声をかけてきたということは、街頭で楽器演奏と歌唱を行うこと、及びそれで金銭を得るのが迷惑行為に当たると注意しに来たのだろうか。

「いや別にね、演奏するなとか歌うなとか言うつもりは無いんだよ。もちろん銀貨を貰うのもダメとか言うわけじゃないんだよ。でも君ね、許可持ってるの? さすがに無許可だと見過ごすわけにはいかないんだよね。周りのみんなは喜んでるかもしれないけど、さすがに無断でやられてるとなるとこっちが困る――」

 そこまで言ったところでエリカは治安隊の男の眼前に1枚の羊皮紙を突きつけた。
 役場から発行された公的な書類であることを示す印鑑と共に「許可証」の文字が大きく書かれていた。

「当然、許可は得ておりますが何か?」

 努めて笑みを浮かべてエリカは事実を述べた。

「楽器演奏についても、歌唱についても、ましてその報酬として金銭を得るということについても、この通りしっかりと許可を頂いております。ついでに言うと、私が街中で歌うのは1度や2度ではありませんし、こうして許可証を提示するのも同じ数だけあるんですよね」

 目の前に突き出された羊皮紙の内容を目で追った治安隊員は己の言動を後悔した。
 目の前のエルフの少女が無許可で歌っていると決めつけ、あまつさえ説教しようとしたのだ。
 この後にこの治安隊員がとるべき行動は決まっている。
 自身の失礼を詫び、その場から立ち去ればよいのだ。

 だが男はその行動に移ることを許されなかった。

「そうだぞおっさん! エリカが許可無くやってるわけないじゃないか!」
「何か月も前からエリカは色んな所で歌ってるんだぞ!」
「治安隊とか自警団とかみんな知ってるのになんでおっさんは知らないんだよ!」
「お、おっさんて、俺はまだ23――」

 周囲に集まっていたエリカのファンクラブの男の子たちから一斉に非難の声を浴びせられる治安隊員は、哀れにもその場から離れることができずにいた。
 何を隠そうこの治安隊員はつい最近入隊したばかりの新人で、エリザティカ・レンコップという少女が何か月も前からストリートミュージシャンよろしく歌って回っていることを本当に知らなかったのだ。
 そこに新人特有の仕事熱心が重なって暴挙に出てしまった。
 その結果が、特に子供が見せる集団暴力の被害だった。

 だがこれは今のエリカにとって非常に都合がいい状況だった。
 注目の目がエリカから治安隊員に移ったのだ。
 話を切り上げてこの場から退散するなら今しかない。

「ねえ、みんな。せっかくだからその銀貨は私からみんなにプレゼントね。それでおいしいものでも食べちゃいなさい」

 言いながらエリカはいそいそと撤収準備を始める。

「え~、エリカ、帰っちゃうの!?」

 当然ながらファンクラブからは不満の声が漏れる。

「ごめんね。この後お仕事があるの」
「それって冒険者の?」
「そうなのよ。だから今日はここまでね」
「ええ~!」
「よかったらまた後で星屑の夜空亭に遊びに来てちょうだいね。後、そのお兄さんの事、あんまりいじめちゃだめよ」

 言い残し、彼女はその場から走り去ってしまった。
 後にはエリカからプレゼントされた銀貨で何を買いに行こうか話し合う子供たちと、あっけにとられる治安隊員の姿が残された。

 星屑の夜空亭に所属する歌い手、というのは彼女の姿の1つ。
 彼女には冒険者という姿もあった。

 エルフの彼女には生来、世界に存在する精霊と繋がる力がある。
 彼女は精霊術師でもあった。

 男の子たちのマドンナ、精霊と歌う歌姫、世界を駆ける冒険者の少女。
 エリザティカ・レンコップは様々な顔を持っていた。

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標準型
秀麗     田舎育ち   貧乏
誠実     冷静沈着   無欲
献身的    秩序派    保守派
無頓着    穏健     勤勉
陽気     派手     上品
繊細

【初期所持スキル】
・水淑女の守…入手シナリオ・風鎧う刃金の技(Y2つ 様)

【備考】
・上記シナリオにてクーポン「精霊術師の徴」取得→経験点-1

 パーティ6人目、エリカです。
 はっきり言って彼女が最も難産でした。
 歌の歌詞をオリジナルで考えないといけないんだもの……。
 エリカは歌い手で精霊術師です。
 あくまでも「歌い手」であって「吟遊詩人」ではないのがポイントです(でもスキルによっては『吟遊詩人』クーポンが必要になるかもしれないので、こっちはこっちで持たせてます)。
 そのため呪歌スキルは持たせますが、あくまでも彼女の本業は精霊術師の方なので、メインは精霊術スキルになります。
 持たせる精霊術も「召喚」や「憑精術」ではなく、「霊験」メインです。
 システム的にカードワースのスキルでこれを表現するのはちょっと厳しいのですが、エリカには「精霊を使役するのではなく、自ら精霊の力そのものを操る」という設定があるからなんです。
 表現的には、変身せず、猫を連れておらず、脱がない「超少女明日香」みたいなもんだと思っていただければ……。

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PC5・ローズマリー

 違法な地下賭博場に昼夜の概念は無い。
 存在を知っているのであればいつ何時訪れても誰かしら居るもので、どのような時間帯でも賭けが行われている。
 盗賊ギルドによる摘発作戦が開始されたのは街の人々が起きだしてくる前――早朝だったのだが、それでも多くの客が隠れて博打に興じていた。

 ギルド員の突入の際、店にいたほとんどの者が乱闘に参加していた。
 手持ちの武器、ないしは酒瓶や椅子を手に、それも無ければ己の手足で戦闘に加わったが、店内にいた全員が盗賊ギルドの手によって倒され捕らえられた。
 だが乱闘開始時に2人だけがその場から逃げのびていた。
 どちらも違法賭博を取り仕切る運営スタッフで、彼らは戦闘に参加するよりも早く自分たちの摘発に繋がりそうな証拠品の類の隠蔽に務めたのである。
 例えば顧客リスト、例えば客に売りつけるための薬物、例えば自衛手段としての武器類……。
 仮に店内にいる全員が捕縛され治安隊に引き渡されたとしても、違法賭博の決定的な証拠が無ければ、重罪にはならず、あわよくば数日の内に釈放されるであろう。
 そのためには自分たちは決して捕まってはならないのだ!

 賭博場に作られた隠し通路を通って彼らは外の世界に飛び出した。
 脱出場所として用意されたのは交易都市リューンの裏通りの一画だった。
 日が昇り、街の様子が明るい色を伴って確認できる時間帯だが、裏通りである以上、人通りは皆無だ。
 このまま路地を駆け抜け、適当な場所に証拠品の数々を隠しておき、ほとぼりが冷めた頃に回収し、リューンを離れ別の場所でまた賭博場を開けばいい。
 今は一時の敗北を甘受するのだ……。

 だが世の中において悪い事というのは立て続けに降りかかるものなのだ。

 脱出に成功した2人の前に1人の人間が立ち塞がっていた。
 長い金髪を頭の横で2つ結びにし、結び目には大きな赤いリボンが結わえ付けられた――いわゆるツインテールの髪形をし、膝の上までの長さの短いスカートという出で立ちの女性である。
 いや、女性と呼ぶにはその人間は身長が低く、どちらかと言えば少女と呼ぶべきだった。

「な……、お、女の子……?」

 あまりにも場違いな存在にさしものヤクザ者も困惑を隠せなかった。
 ここが裏路地で朝から誰かが迷い込んだにしては、目の前の少女から発せられる雰囲気はあまりにも場にそぐわない。
 突然現れた男2人に驚くどころかむしろこちらを見据えて仁王立ちをしているのだ。
 加えて少女の腰の後ろには、どう考えてもその可愛らしい見た目に似合わない剣が2本差してある……。

「ちょっと君、こんな所で何してるの。ここは今から危ない人たちが集まるかもしれないんだから、ケガしない内に早く離れた方がいいよ?」

 それでも何とか平静を取り戻し、男たちは危険に巻き込まれた一般市民のふりをして少女をその場から逃がそうとする。
 いくら相手が子供でも逃走の現場を見られるのは大変によろしくない。
 片方が少女にこの場から離れるよう促そうとして近づいたその時だった。

 少女の両手が腰の後ろに回され、そこから伸びた剣の柄にかかったかと思うと、少女は2本の剣を同時に抜き放ち、近付いてきた男の両の太腿を切り裂いた。
 斜めに一閃された太腿は筋肉に力が入っていなかった分、刃の侵入を容易く許し、血管を断ち切られ紅い血が噴き出す。
 男が足の痛みを知覚したのは噴き出た血液が少女の顔に飛び散ったその後だった。

 突然襲い来る痛み。
 流れ出る血が太腿から下の皮膚と衣服を紅く染め上げる。
 だがそれだけで終わらない。
 少女の逆手に構えられた剣が今度は男の額を真一文字に傷つけ、それに驚いた男が数歩よろけて下がると、今度は真下から剣が振り上げられ正中線に沿って切り裂かれる。
 5秒ほどの間に4回もの斬撃を受けた男は耐えられる痛みの許容範囲を超えて、それ以上の痛みを感じなくなるよう意識を失った。

「な、何だ! 何をするんだ!?」

 少女の蛮行にもう1人の男が驚愕する。
 それもそうだろう。およそ10歳程度にしか見えない可愛らしい少女が、突然剣を抜き放ったかと思えば何のためらいも無くそれを操って男を1人血に染め上げたのだ。
 返り血をその身に浴びた少女は先程と変わらず2本の剣をそれぞれ逆手に持った状態でもう1人を油断なく見ている。

「何をするも何も、これがアタシの仕事なのよね」

 事も無げに言ってのける少女に男は戦慄せざるを得ない。
 表情1つ変えずに人を斬り倒すなど常識では考えられない。
 だがたとえ目の前の少女が何者であろうと、自分がやるべきことがこの場を逃げ延びることなのは変わらない!

 三十六計逃げるに如かず。
 背後から襲われ背中を斬りつけられることになるとしても、殺されてしまうよりはましだ!
 男は逃げ出した。
 戦おうなどとは考えもしなかった。
 そしてその判断は正しかった――はずだった。

 逃げ出す際に男は少女に完全に背を向ける。
 危機回避のために男の上半身が先に動き、それに続いて足が地面を踏みしめる。
 踏み込んだ足の力が推進力となり最高速度を叩きだすのだが、その分、どうしても足が離れるのが遅くなってしまう。
 そこを少女は見逃さず、両の手に持った剣で男の足の腱を切り裂いた。
 最短距離で少女から離れるための行動だったのだが、それが逆に仇となった。
 地面を踏む力が腱を斬られたことで失われ、バランスを崩した男はその場に倒れ込む。

 逃げられない。
 それを理解した男は自らの死を覚悟した……。

*     *     *

「いや、確かに逃げる連中がいたらここで止めろとは言ったよ。場合によっちゃ殺してもいいとは言ったけどよ」

 違法賭博取り締まりのために集められた盗賊ギルドのメンバー――先のガルディスの上司を務める男が少女の起こした惨状を見て肩をすくめた。
 この男は少女――同じく盗賊ギルドに所属する冒険者ローズマリー・レイドワイズの上司でもあった。

 違法賭博を運営するような連中が、何の対策も無しにただ摘発され捕縛されるのを待つはずが無い。
 摘発に乗り込んできた盗賊ギルドやリューン治安隊を相手にするための戦闘準備があるだろうし、そうでなくとも全員で逃げ出すための抜け穴の1つや2つくらい用意していておかしくない。
 ローズマリーに与えられた役割は、要はそんな脱走者の足止めだった。
 当然ながら相手からの激しい抵抗も予想されるため最悪は殺害も許可する、と上司は言ったのだが、だからと言って本当に殺しにかかる奴がいるか……。

「殺してほしくなかったならアンタの人選ミスを呪いなさいよ」

 渋い顔をする上司にローズマリーは鼻で笑って見せる。

「アタシに対して殺すなって言うのは息をするなって言うのと同じ意味よ。捕縛だけが目的ならアタシ以外で2、3人くらいよこすべきだったんじゃない?」
「いやまあそりゃ確かにそうだけどな。だからってこれはやりすぎじゃないかね?」

 眼下に見えるは赤色の海だった。
 体のあちこちをローズマリーが得意とするショートソードの二刀流で刻まれ、そこから噴き出た男たちの血が裏通りの地面をねっとりと濡らしている。
 それどころかローズマリー自身さえも返り血で赤く染まっていた。
 とはいえ、この惨状は脱走を図る連中の足止めをローズマリーに命令した時点で予想して然るべきもののはずだ。

 ローズマリー・レイドワイズは星屑の夜空亭に所属する冒険者であり、リューンに数ある盗賊ギルドの1つに所属する盗賊であるが、それとは別に殺し屋という顔も持っていた。
 2本の剣をどちらも逆手に持ち、肉体をあちこちを切り裂き目標を血まみれにした上、自身も返り血で赤く染めるその姿から「ブラッディ(血まみれの)・マリー」という異名を持つ女殺し屋。
 冒険者をやっている今でこそ殺しの依頼は積極的には受けないが、状況が許すなら殺人に一切の躊躇を見せない凶暴な少女。

 脱走者の足止めが彼女1人に任されたのは、周囲に他の誰かがいれば満足な動きができないからというものでしかない。
 無論、ローズマリー自身もそれを承知していたからこそ足止めを単独で引き受けたのだ。
 自分だけしかいなければ遠慮なく動けるから……。

「まあ最悪は捕まえた他の連中から色々聞きだせばいいんだけども、出来れば情報源はもう少し欲しかったな」

 状況を考えて動けと上司は暗に非難したがそんなことで反省するようなローズマリーではない。
 殺し屋が殺しをやめるなど自身の存在意義にも関わる大問題だ。
 無論、そんなことを言おうものならこの上司からさらに長い説教を聞かされることになるのは火を見るよりも明らかなのだが……。

 だからこそローズマリーは行動で示してみせた。
 倒れている違法賭博の運営スタッフ2人を何も言わずに蹴りつける。
 突然体に衝撃を与えられた男たちは、全身を血にまみれさせたまま呻き声をあげた。
 どうやら彼女は全身をズタズタに切り裂いたものの、殺してはいなかったらしい。

「これで満足?」

 どうだ、お前のリクエストに応えてやったぞ。
 とでも言うかのようにローズマリーは笑顔を見せた。

「……満足するとしよう」

 上司は肩をすくめながら、自身の敗北を認めてやることにした……。

*     *     *

 ローズマリーが星屑の夜空亭に帰り着いたのはそれから10数分後だったが、宿の1階にてくつろげるようになったのはさらに30分も後の事だった。
 それもそのはず、彼女は先程の戦闘――という名の殺戮もどきによって全身が返り血で真っ赤に染まっていたのだ。
 見苦しいというよりも気持ち悪くなるその出で立ちに、ローズマリーは宿の娘カレンによって有無を言わせぬまま浴室に放り込まれ、全身の返り血を洗い流された後に部屋に置いてあった替えの服に着替えさせられたのである。

「毎回思うけど、依頼とかで戦う度に返り血で真っ赤になるのってどうなの?」
「アタシがブラッディ・マリーと呼ばれる所以ってやつなんだし、しょうがないじゃない」

 仕事をこなす前と同じ姿になったローズマリーはカレンの文句にまだ濡れたままの髪をタオルで拭きながら同じく文句を返す。
 ローズマリーとしても自分が返り血で染まる度にとりあえず浴室に放り込むカレンの所業に文句を言いたいのだ。
 1度文句を言ってみたところ、それはそれはいい笑顔を返され、そのあまりの迫力に負けて以来どうしても文句を言えなくなったが……。

「ところでガルディスさんはどうしたの。あの人も一緒に依頼を受けたんでしょ?」
「アイツはギルドに残って報告の手伝いしてるわ。手入れで最初に乗り込んだのアイツだしね」
「ギルド員っていうのも大変ね。……って、ローズマリーちゃんもギルド員でしょ、報告はどうしたの?」
「あ~、アタシはそういうの苦手だからさっさと切り上げちゃったわ」
「……押し付けたのね」
「適材適所って言ってよ」

 実際のところローズマリーは頭脳労働は苦手な方だ。
 そのために盗賊ギルドに対する報告は、同じギルドに所属するガルディスに任せっきりであることが多い。
 もっとも、そのガルディスも頭脳労働は苦手だったりするのだが、立場的にはローズマリーの先輩にあたるためどうしても断れずにいる……。

「そんなことよりカレン、祝杯の葡萄酒がまだなんだけど?」

 酒場のカウンター椅子に腰かけ、棚に置かれた葡萄酒の瓶に目を向けるが、その瓶はカレンによって遠ざけられてしまった。

「だーめ。ローズマリーちゃんは子供でしょうが」
「子供じゃないわよ! アタシはこれでも16なんだから!」
「……毎回思うけど年齢詐称してるんじゃないの?」
「してないわよ! 最低でも16年生きてるのは間違いないんだから!」

 この会話も毎回のものである。

 実際のところローズマリー・レイドワイズという少女が16歳であることはほぼ間違いない。
 だが本人の自己申告によるところが大きいのと、彼女が自身の誕生日を知らない上その出生が不明であること、及び彼女の見た目が10歳程度の少女のそれでしかないところから、16歳なのだと誰も信じてくれないのだ。

 しかもフルネームのローズマリー・レイドワイズというのもどこまで本当なのか定かではない。
 幼少の頃から自分がローズマリーと呼ばれていたことで自分の名前がそれだというのは間違いないが、姓のレイドワイズについては情報源が無いに等しいのだ。
 気づいた時には暗殺者ギルドにて小さな手に剣を握りしめ、人を殺す技術を教わってきた彼女は自分の正体について一切知らない。
 当時、身に着けていた装飾品に「レイドワイズ」と書かれていたことからおそらくそれが彼女の姓なのだろうという予想で、その名前がどういう意味を持つのかを知らぬまま彼女はそれを名乗っているだけに過ぎない。
 その装飾品も暗殺者ギルドに所属する頃には失われてしまい、今ではそれが何だったのか、もはや思い出すこともできない。

 それから時が経ち、リューンの盗賊ギルドに所属するようになってからも彼女は自身をローズマリー・レイドワイズと名乗り続けている。
 自身の出生の秘密について興味を持ったことはあるが、10数年の歳月が彼女から興味を奪い、まして冒険者をしている今となってはもはやどうでもよいものとなっていた。
 今の時点でそれなりに楽しくやっているのだ。
 今更、自分の生まれ育ちがどのようなものであろうと、今の自分を変えることなどできはしないのだから……。

「でもどっちにしてもお酒はだめよ。丁度依頼が入ってるんだし」
「……あ、そうか。そういえば昨日そんな話してたっけ」
「そうよ。それを前にして酔っぱらうわけにもいかないでしょ?」
「……朝から働いて、祝杯を挙げる暇も無く、また働くのかぁ……。一体いつになったら飲めるのかしらね、アタシのお酒」
「依頼が終わったら飲む暇くらいあるでしょうが! 雰囲気出さないの!」

 言いながらカレンは一仕事終えたばかりの小さな殺し屋のために朝食を作ってやる。
 同じ宿に所属する女軍人が買ってきてくれた食材がたくさんあるのだ。
 少しばかり奮発してやろうではないか。
 もっとも、こんなので満足するようなローズマリーではないだろうが。

 腰の後ろに差した2本の剣が武器。
 両方とも逆手に構えて高速で突進するのが彼女のスタイル。

 返り血で自分を赤く染めるのが好き。
 葡萄酒の赤もお気に入り。
 着る服も所々に赤が盛り込まれている。
 赤色が好きでたまらない。

 見た目のせいで子供扱いされるが実年齢は16歳の若者。
 だというのに年齢相応の落ち着きが無いのはなぜなのか。

 見た目は少女、中身は女殺し屋ブラッディ・マリー。
 それが盗賊でもあるローズマリー・レイドワイズという女なのだ。

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万能型
高貴の出   不心得者   猪突猛進
貪欲     利己的    混沌派
進取派    好奇心旺盛  過激
高慢     軟派     ひねくれ者

【初期所持スキル】
・盗賊の眼…入手シナリオ・鼠の行路(SIG 様)
・薙ぎ疾風…入手シナリオ・SIMPLE2000シリーズ THE野宿(絹漉とうふ 様)

 パーティの盗賊役その2、ローズマリーです。
 ガルディスと同じく盗賊として活躍してもらう予定ですが、本質的には「殺し屋」であるため、専業の盗賊ではありません。
 ついでに「暗殺の一撃」も習得予定は(今のところ)ありません。
 ひとまず盗賊系スキルは覚えさせて、それから風系の遠距離攻撃とかを覚えさせる予定です(薙ぎ疾風を持たせたのはそういう意味だったり?)。
 設定上は16歳ですが、ゲームシステム的には「_子供」です。
 そのため、口調振り分け等で子供枠が当てられてしまいますが……、まあリプレイでは若者の女性口調で書かせていただきます。

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PC4・ガルディス

 陽の光が差さない、土と石で囲まれた小さな世界。
 壁に掛けられたいくつものランタンが唯一の光源としてささやかな灯りを提供している。
 息の詰まりそうな暗い世界。
 日の光の下に生きる者ならば誰もが関わり合いになりたくないと思うであろう、閉じた世界。

 だからこそ、必然的にそこに集まるのは日陰に生きる者ばかりだった。
 身なりの良くない酔っ払い、物陰に隠れ棲むことをむしろ生きがいとする盗賊や犯罪者、時折ひきつった笑みを浮かべたり、はたまた何の前触れも無く泣き出す薬物中毒の患者。
 はたまたそれらとは対称的に豪華な衣装に身を包んだ貴族らしき者、文字通り私腹を肥やしているのであろう腹の出た商人。
 そこに男女の区別は無い。
 若者から老人まであらゆる年齢の者がそこにいる。ただし、子供だけが門前払いを受けていた……。

 酒に酔った大声、設置されたテーブルに叩きつけられるカードや銀貨の塊、一瞬前には笑っていたかと思えば次の瞬間には絶望の叫びをあげる。
 そこは違法に作られた――都市や盗賊ギルド等の組織の認可を受けていない地下賭博場だった。
 客もそうだが、運営しているのは当然ながら堅気の者ではない。
 やって来るまともでない連中からひたすら金を巻き上げて、酒と女を買うことに躍起になっているような、そんな輩が客に一獲千金の幻想を眼前にちらつかせていた。

 地下世界とはいえ普段ならそこはそれなりの喧騒に満ちていたはずだ。
 だがどういうわけか今日は喧騒とは程遠い静寂がその世界を満たしていた。

 噂を聞きつけた者であれば基本的に客を拒むようなことはしない。
 金を持っている、それだけが入場資格だった。
 だからだろうか、唐突にやってきた奇妙な客の行動に場内は困惑の色を浮かべるしかなかった。

 やって来たのは若い男だった。
 身の丈は180センチメートルを越えるであろう長身、見える肌は鍛えられた筋肉が盛り上がっており、どうやらそれなりに腕はたつらしい。
 濃紺の髪をオールバックにし、目は愛想が良さそうに開かれている。
 顔の両側から伸びた耳の形は人間のそれとは違い、妖精族の特徴も持っている。
 どうやらハーフエルフらしい。
 一般にハーフエルフといえば人間とエルフの合の子で、両方の特徴を中途半端に受け継いでいるものだが、その男はハーフエルフにしてはやたら筋骨隆々の長身ときているのだ、客どもが不思議がるのも頷けるというものだ。

 そしてその奇妙なハーフエルフはこともあろうにその賭博場でカードを使ったゲームの親をやりだしたのだ。
 通常、賭博場で親といえば賭博場の運営者が行うのが筋だ。
 しかもゲームの方式は賭博場で定められたものに従うものだが、なぜかその男は自分が持ち込んだオリジナルのルールで仕切りだしたのだ。
 どう考えても仁義に反している――違法賭博の時点で仁義も何もあったものではないが――その男を最初は締め出そうとしたが、運営の者達はその男を締め出すのに失敗した。
 物理的に敵わなかったからである。
 だがそれで諦めるような運営ではない。
 当然、男の方もそれを承知していたのか運営者たちに提案を出した。

 曰く、自分が仕切るゲームで勝てたら大人しく引き下がる、と……。

 かくしてテーブルの1つでハーフエルフの闖入者と賭博場のスタッフ数名によるゲームが始まった。
 スタッフたちの手にはそれぞれ1枚のカードが握られており、目の前には表に向けられたカードが1枚ずつ。
 スタッフの1人が手の中と目の前のカードを見比べて宣言する。

「……もう1枚」

 都合3枚目のカードがやはり表を向いた状態で男の手から放たれる。
 手にはハートの5、先に出ていたのはクラブの6、放られた3枚目はスペードの7。
 合計にして18……。

「表が13、まずいんじゃないか……?」
「いや、1の位が8だ。むしろ助かった」
「チョウベエってやつか、やったな」

 スタッフたちの声は親の男に聞こえないような小声である。

「チョウベエ」というのは彼らが行っているゲームでの役の一種であり、3枚のカードの合計の内、1の位が8であることを示す。
 2枚から3枚のカードを手札とし、その1の位の数の大小で優劣を競う――ハーフエルフの男が言うところの「カブ」と呼ばれるゲームを彼らは行っていた。

 場に親を含めた人数分のカードを表にした状態で出す。
 1から10まではそのままの数値で、絵札は一律で10と数えられる。
 参加者はそれぞれのカードに掛け金を乗せ、2枚目のカードが裏向けに配られる。
 2枚のカードの1の位の数値が低ければ3枚目を要求できる。
 最初と3枚目を表に、2枚目だけを裏に、0を最低値、9を最大値として最終的に数値の大きかった者が勝ちだ。
 出来上がった数値によって呼び方が変わり、0から順にブタ、インケツ、ニタ、サンタ、ヨンタ、ゴタ、ロッポ、ナキ、と続く。
 ここまでは数字による呼び方だと想像できるが、8をチョウベエ、9をカブとなぜか呼んでおり、その由来はこのゲームを持ち込んだ本人でさえも知らないという……。

「よし、じゃあ俺はもういい」

 3人目のスタッフがカード2枚で勝負に出る。彼は7――ナキだった。
 ちなみに1人目は2人目と同じくチョウベエだ。

「さすがにこの数値の高さだ、親もそうそう勝てないだろうよ」

 3人でほくそ笑む。ここまでに5回ほどゲームを行ってきたが、その全てに彼らは負けてきた。
 自分たちが低い数値であれば仕方がないが、それなりに高い数値でも親はカブ――9を出して勝っているのだ。
 さすがに運営スタッフたちも不満が溜まろうというものだ。

「おいこらさっさと引けよ。この掛け金で今まで負けた分、全部取り返してやるんだからな!」
「……ガタガタ抜かすなや。言われんでも今からやるわい」

 長身の男の口から紡がれたのは、遠い西の方で使われる方言だった。
 訛のきついその口調にスタッフたちはどうしても慣れることができずにいる。

 男の手が山札からカードを引く。
 表にはダイヤの2、手元にはハートの3。
 ゴタだ。
 3を出しさえすればスタッフ2人と同値で、親の有利により勝利することができる。
 4なら当然勝ちだ。

 2枚目を引いたところで男の手が山札の上でゆっくりと揺れる。
 安全策をとって引かずに勝負に出るか、多少の危険を冒してでも3枚目を引くか悩んでいるらしい。

「おいどうしたよ。勝負するのか、それとも引くのか?」
「ちょっと待ったれや。今おまじないかけてるとこや」

 言いながら男は手の動きを止めない。

 数秒の後に、揺れるその手が山札の上に乗った、かと思えばその手は山札をすり抜けて男の後方へと回され、次の瞬間には男が持つ手札にダイヤの4が書かれた3枚目のカードが現れていた。
 山札からカードを引くふりをして腰の後ろに仕込んでいたカードを抜き取った、完全なイカサマだった。

「よっしゃ、来たで~! 2(にい)3(さん)4(よ)ってらっしゃいのカブや~!」

 叫んで男がカードをテーブルに叩きつける。
 確かに3枚の合計は9。
 完全な男の勝ちだった。
 男の叫びと叩きつけられたカードの勢いに負けてスタッフたちが椅子から転げ落ちた……。

「ち、ちょっと待てこら! どう考えてもおかしいだろうが!」
「どないしたんや?」

 スタッフの1人がすぐさま立ち上がり男に迫る。
 だが男の方は涼しげな表情を一切崩さない。

「どないした、じゃないだろう! 今、お前、何しやがった!」
「見てたぞ! お前、今の3枚目、山札じゃなくて腰の方から出しただろう!」
「お前まさか全部の勝負、イカサマしてたんじゃないだろうな!」

 他のスタッフたちも気色ばんで立ち上がる。
 男の方は悠然と座ったままだ。

「……ワシがイカサマしたゆう証拠がどこにあんねん?」
「今やっただろうが!」
「それを証明できるモンがどこにおるんや」
「だから今からそれを証明するんだろうが!」
「ほぉ。それで何も出て来んかったらどないするつもりや?」
「な、何だと……!?」

 明らかにイカサマで勝ちをもぎ取ったのはハーフエルフの男の方だが、そんな彼はといえば、さも何もしていないといった表情を見せつけている。

「ボディチェックは構わんけどな、それやったらワシがこの店に入った時にするべきやったんとちゃうんかい」
「何!?」
「な~んも検査せんと、このバクチに乗った時点であんさんらは負けを認めたも同然やで」
「……ッ!」
「……まあ仮に何か出てきたところで、ワシにはどうっちゅうことあらへんけどな」

 それは完全なイカサマ宣言、に見せかけた挑発だった。

「こ、この野郎……! やっぱりイカサマしてやがったか!!」

 そしてその挑発に乗り、ゲームに参加していた3人のスタッフ、周囲の客たち、叫びを聞いて駆けつけた他の運営スタッフが一斉に殺気立つ。
 中には刃物を持ってきている者もいた。

 その光景を見届けたハーフエルフの男はそこで急激に雰囲気を変えた。

「……ほぉ、ワシとケンカしてくれるっちゅうんかい。おもろいやないけ!」

 両手の指を鳴らしながら男は握り拳を作り、両腕を胸の前に持ってくる。
 両の拳のみで敵を殴り倒す格闘術――ボクシングの構えだ。

 激昂したスタッフたちはその構えの隙の無さに一瞬怯んだが、すぐさま男にとびかかる。
 だが真正面からやって来た素人臭い動きに後れを取るはずがなく、男は少し身を屈めたかと思うと、右の拳をまずは中央の男の顎に叩きつけ、瞬時に意識を奪う。
 その勢いで飛ばされた体が別のスタッフを巻き込む間に、左の拳で右からやって来るスタッフの胴を打ち据え、右の拳を振り抜き顔面を砕く。

 それを見た運営スタッフの1人が手に持っていたナイフを長身の男に投げつける。
 回転しながら飛ぶ刃が男に傷をつけるかと思われたが、男はそれを難なくかわし、着ていた上着の内側から細身のナイフを取り出して逆に投げつける。

「アホ! ナイフゆうんはこう投げるんじゃい!」

 投げられたナイフは逆に運営スタッフの肩を貫いた。

 その光景にさらに激昂する者、逆に委縮して逃げ出そうとする者が同時に現れ、賭博場内はたちまちパニックに包まれる。
 そして次の瞬間にはその光景がさらに一変していた。
 1つしか無い地下賭博場の出入り口から大勢の男女がなだれ込んできたからだ。
 手にはそれぞれナイフ、あるいは生物の首を締めあげるための絞殺紐や捕縛用の長いロープが握られている。

「と、盗賊ギルドの手入れだ!」

 誰かが叫んだが、その叫び声はたちまち怒号と殴打音と破壊音に包まれ、全員に届く前に霧散した……。

*     *     *

 違法賭博場の噂を聞き付けた交易都市リューンの盗賊ギルド――ギルドそれ自体はいくつも存在し、今回の突入作戦に参加したのはその内の1つだ――が潜入捜査を行いだしたのは噂を聞いたその日から、都市の役所から許可を得て、関係者の捕縛に踏み切ったのはそれから7日後の事だった。
 星屑の夜空亭の冒険者ガルディス・ネイドンは所属する盗賊ギルドから今回の話を受け、賭博場の摘発作戦に参加したのである。

「アホな奴らやで。ワシが挑発するために見え見えのイカサマをしたゆうことにも気ぃつかんかったんやから」

 ガルディスが担当したのは摘発に当たっての「挑発」だった。

 相手が違法賭博場であることは数日の潜入捜査でわかってはいたが、決定的な証拠を集めることはできなかった。
 ただ「賭博場を開く届が出ていない」ということだけを理由に摘発しようとしても、後に届けを出されるかあるいは店をたたんで逃げられてしまえばおしまいだ。
 賭博の客の中には薬物中毒患者やその薬物の売人、違法賭博によって利益を得ようとする貴族や、運営スタッフに武器を売りつける闇の武器商人もいたのだ。
 盗賊ギルドのメンツにかけて、そうした連中を逃がすわけにはいかない。
 だからこそ決定的な証拠――売りつけられた武器や薬物を持ち出す、ないしは客に対し不当に暴力を振るう現場が必要だった。

 そこでガルディスは「他人が運営している賭博場」に「自分が好きなゲームを持ち込む」ことでまず怒りを買い、スタッフ相手のゲームでイカサマをしたと匂わせ激怒させた。
 賭博場のスタッフの方も実はイカサマによって大金を稼いでいたのだが、無論それで「お互い様」となるはずがない。
 自分たちはイカサマをしてもいいが、それ以外の者がイカサマを働くのは決して許してはならないのだ。
 そうして見事に挑発に乗ってしまったがためにあえなく御用となったのである。

「まあその程度の連中だからこそ堅気じゃない客ばかり集まるのさ。で、その結果、真っ当な連中から怒りを買ってこの結果に収まる。因果応報ってやつさ」

 ガルディスの直接の上司が呆れたようにため息をつく。
 またつまらん連中を捕まえてしまった、とでも言いたげだった。

「まぁ、そぉゆうことやな。ワシら正義の味方に目つけられたんが運の尽きゆうやつや」
「まったくだよな。ところで……」

 上司の掌がガルディスに向けられる。

「お前さん、さっきのカブで儲けた分、まだ出してないよな?」
「……な、何のことでっか?」
「あのゲームはあくまでもギルドからの依頼、つまり仕事であってお前さんに対するボーナスじゃないんだぜ? 懐にしまい込んでないでさっさと出せっつの」
「な、何を言うてんねん! さっきのドサクサで銀貨も散らばって、ワシ1枚も回収でけへんかったんやで!?」

 ガルディスがその言葉を言い終えぬ内にガルディスの上司は彼の服を捲り上げる。
 ズボンの内側に収まっていた服の中から何枚もの銀貨が雨のように零れ落ち、銀貨特有の高い金属音が床で小気味の良い交響曲を奏でた。

「…………」
「…………」

 目をそらすガルディスの頭に、上司の鉄拳が落ちた。

「お笑い芸人みたいなことしてんじゃねえよ!」
「……ワシ、お笑い芸人ですがな」

 ハーフエルフのくせにやたら長身で格闘が得意。
 服の内側に仕込んだナイフを投げる技は、彼がかつて旅芸人の一座に所属していた頃から鍛えられた職人芸だ。

 西方のきつい訛で話し、何かしらお笑いを求めて常に騒がしく、1日に1杯以上はエール酒を飲まなければ気が済まない酔っ払い。

 盗賊ギルドに所属しているくせにおよそ盗賊らしからぬ20歳の若者。
「盗賊ギルドのお笑い芸人」ガルディス・ネイドンの、これが普段の姿だ。

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万能型
下賎の出   不心得者   冷静沈着
利己的    混沌派    好奇心旺盛
過激     楽観的    遊び人
陽気     粗野

【初期所持スキル】
・盗賊の手…入手シナリオ・鼠の行路(SIG 様)

 パーティの盗賊役その1、ガルディスです。
 ハーフエルフで、盗賊で、投げナイフが武器だけどボクシングも強い、……という意味不明なコンセプトのもと生まれたこの男は実はパーティで筋力トップだったりします。
 いやまあ確かに器用と筋力の両方が欲しいと思って、キャラクターに応じた特徴を設定しましたがどうしてこうなったのか……。
 ひとまず盗賊技能、ナイフの投擲術、あとパンチ技を少々覚えさせるつもりです。
 彼のしゃべり方は「じゃりン子チエ」を参考にしてます。
 私が関西弁を書くと普通の表記しかできないので、持ってる漫画を読みながら細かいところを書き換える、ちょっと面倒な作業をしております。

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PC3・ナオミ

 今日は厄日だろうか。彼女は内心で毒づいた。

 普段であれば拠点にしている冒険者の宿「星屑の夜空亭」の裏で剣の素振りを2000回行い、汗を拭った後は自室にて柔軟体操、次いで座禅を組み黙想に入る。
 冒険者として依頼が無い日はいつも行っている日課を、今日も行うはずだった。

 それがどういうわけか日課に入る前にカレン――宿の娘に呼び止められた。
 宿の備品や食料が少なくなってきているので買い出しに行ってほしい、とのことだった。
 無論、断ることもできたのだが、ちょうど手の空いている者が自分しかいないことが彼女の運命を決定づけてしまった。

 求めている物が品切れといったトラブルに遭うなどといった事は無く、買い物は無事に終わった。
 そこまでは良かった。
 その後の帰り道が悪かった。
 よりにもよって往来の真ん中で妙な連中に目をつけられた。チンピラが1人か2人程度ならまだ適当にあしらって逃げに徹することができたものを、人数が5人、しかもその内の1人はそれなりの手練れらしいときた。
 ただでさえ日課をこなせなくて少しばかり不満だというのに、この状況はさすがによろしくない。

 こんなにも空が青いのになぜこのような目に遭うのか。
 いや、違った。
 こんなにも空が青いからこそ、このような輩が湧いて出てくるのか。

 彼女は不満げな顔を隠さずに内心で毒づいた。

「よぉよぉ、そこの白いお嬢ちゃん、朝っぱらから随分とゴキゲンだねぇ~」
「お買い物してたのぉ? だったらついでに俺たちと遊ぼうよぉ~」
「それにしても君って美人だねぇ。この辺じゃあまり見ない黒髪がとってもキュート!」

 自身を囲んだ男たちが下卑た声と態度で迫る。
 いかにも汚らしい身なりによく似合った気持ち悪さに彼女は呆れるしかない。

「白のマントも似合ってるね~。清楚美人って感じでさぁ~。でもちょっと汚れてくすんでるのがもったいないねぇ」
「肩から剣みたいなのが見えてるけど、君には似合わないよ、全然!」
「顔立ちはいいんだけど、化粧っ気が無いのがダメだねぇ。せっかくの美人が台無しだよ~」

 大きなお世話だ。
 大声で怒鳴ってやりたかったが、目の前の典型的なチンピラ風情に怒鳴ったところで意味が無いことは知っていたので怒りと声を同時に飲み込む。

 首から下を包む白の外套は交易都市リューンに来る前から身に着けていたもので、確かに汚れが重なってくすんでしまっている。
 別段、お気に入りというわけではないが、生まれ育った故郷を離れる際に適当な店で購入した旅装は、今現在に至るまで買い替えることなく彼女の体を包んでくれた。
 愛着も湧こうものだ。
 故郷にいた頃は体のラインが強調されるほどに密着する黒の上下を着続けていただけに、白というのは非常に珍しく、旅立つにあたって普段とは違う自分を演出するために買ってみたのだが、これが意外と手放すことができず、いつしか半ば彼女のトレードマークとなっていた。

 別に外套をけなされるのは構わない。
 使い物にならなくなれば買い替えればいいのだから。
 背負っている武器が似合わないと言われるのもどうでもいい。
 似合うかどうかで選んだわけではないのだから。
 顔立ちも化粧の有無も適当に言わせておけばいい。
 そもそも自分は女を捨てていると言ってもいい生き方をしているのだから。

 だが、そんな自分にも我慢の限界はある。
 目の前の女の表情が不満げなものから凍り付いたそれになっていくのに気づかないまま男たちは続けた。

「せっかくだしさ、俺たちが服を見繕ってあげてもいいよ? 化粧のやり方も教えてあげるしさ。新しい自分に生まれ変わるつもりでさ、俺たちにつきあってよ」
「……つきあう?」

 女の口がそこで初めて開いた。

「そう、つきあうの。君は、俺たちと、つきあう。オーケー?」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の脳内にて戦術のシミュレーションが開始される。

 まずは手に持っていた荷物袋を地面に下ろす。中には割れ物も入っているのでできるだけ衝撃を与えずに。
 行動の自由は多少制限されるだろうが、盗難防止を考えて足の間に置くのがベターだろう。

 周囲にはチンピラが5人。
 前方に3、後方よりの左右に1ずつ。
 近づいてくるのは左右の2人。
 手練れは真正面にいる。
 前方の3人とは距離が離れているが、左右に対処している間に詰められるのは間違いない。
 だがこの場合は、まずは離れているというのが重要だ。
 詰められるまでには時間の猶予がある。
 その間に体勢を整え、場合により背中の得物を抜くのもいい。

 これで十分。後は実行に移すのみ。

「お、荷物なんか置いちゃって。ようやくその気になってくれた?」
「……ええ。『つきあえば』よろしいんですね?」

 言った瞬間、女の左の肘が左後方にいた男の胸の下に突き刺さった。
 鋭く突き出された肘は男の心臓を激しく揺らし、男に言いようのない衝撃を与える。
 肺から空気が抜けるわけでなく、腹に詰まった内臓が気持ち悪さを訴えるわけでもなく、ただひたすら本能に生命の危険を知らせ、それが男の体の動きを止める。
 突き刺した左肘を離したかと思うと、女はそこから左手で拳を作り男の顎を打ち抜く。
 完全に無防備だった男はその突き上げに宙を舞わされ、その勢いのまま頭から落とされた。

 雷のような女の動きに右後方の男はあっけにとられたが、すぐさま思い直し、女を抑えようとその手を伸ばす。
 だが男の腕よりも女の右足の方が長い。
 体を無理矢理傾け、右足を浮かせたかと思うと、次の瞬間には男の胸、やはり心臓付近に右足の靴底が叩きつけられる。
 正面からの衝撃に右後方の男は3メートルほど後ろへ飛ばされ、近くの建物にぶつけられた。
 建物の壁を枕にしたまま男は地面に崩れ落ちる。

「な、て、てめえ! 何を!」
「……これでは『突き合い』ではなく、ただの『突き』ですね。で、誰が私と『突き合って』くれるんですか?」

 言いながら女は前方の3人に向けて向き直る。
 その立ち居振る舞いは歴戦の戦士を連想させた。

 左右の男があっという間に倒されたのを見て手練れ以外の2人は腰が引けている。
 女が想定していた時間以上の余裕が生まれ、その間に構え直す。
 得物は必要ない。
 どうやら素手で対処できる程度のものらしい。
 それが証拠に女を抑え込もうと真正面から男たちが襲い掛かって来るが、手練れの男だけは指示を出すばかりで向かってこない。
 腰が引けた状態で後ろから追い立てられるように突撃してくる2人は、表情や動きからすでに戦意が無いことは明らかだった。

 だが女はそんな連中にも決して容赦はしない。
 右側の男の腹に膝蹴りを叩き込み、体が前のめりに折れたところで露になった首めがけて肘をめり込ませる。
 頸椎を強く打たれ、男はそれで意識を失う。
 その間に左側の男が接触してくるが、女はそんな男の腕をつかみ、自らの体を男の体の内側に潜り込ませ、男の突撃の勢いと腕を引く勢いを利用し、柔道でいう背負い投げの要領で近くの壁に投げつける。
 当然受け身など取れようはずがなく、男は壁に顔面から突っ込み、そのまま地面に崩れ落ちた。

 自然と女は手練れの男に背を向ける形になる。
 男はそこを見逃さなかった。腰から大振りのナイフを抜き女に向かって突きにかかる。
 生物を殺傷するにあたって有効なのは、身体の表面を傷つける斬撃よりも肉体に深く食い込む刺突であると言われている。
 確実に男は女を殺すつもりでいた。

 だがいくら手練れといえど所詮はチンピラ。
 正式な剣術など身に着けた事など無いのだろう、とりあえず体ごとナイフを突き出してくるその気配を女が察知する方が早かった。

 男に背を向けたまま、女は左肩から見える剣に右手を伸ばす。
 左肩越しに柄を握り、自身の正面に鞘ごとそれを引っ張ってくる。
 鍔の部分が見えたらそこに左手を添え、押し出す親指の動きで刀身を解放してやる。
 両腕と胸の長さを一杯に使って抜き放たれた反りのある剣――遠い東方の剣士が愛用する刀と呼ばれるそれは、女の体が右へ半回転するのに合わせて銀色の煌きを残し、自身に突き立てられるはずだった悪意を弾き飛ばした。

「なっ――!?」

 男の手から飛ばされたナイフは数瞬だけ宙を舞い、民家の扉に突き刺さる。
 周囲に人がいないのが幸いだった。弾かれたナイフが罪の無い誰かを傷つけていたかもしれないし、振り抜いた全長1.5メートルもの長さの刀が誰かを斬りつけていたかもしれなかった。

 その事実を確認した女は返す刀で男の首元に刃を突き付けた。
 首に当てられた刀は薄皮1枚切り裂くことなく、ただ当てられている。
 一切の負傷を追わなかった男は、しかしながらそれ以上のダメージを負わされていた。
 女の振るう刀もそうだが、女から向けられる視線が男に恐怖を与えていた。

 動けば殺す。
 女は言外にそう告げており、そして確実に実行するであろう。
 向けられるその目つきに嘘偽りが無いことを理解した男は失神することも忘れて、ただ微動だにできなかった。

「……あなたみたいなクズ野郎を殺すのももったいない」

 努めて冷静に女は告げる。

「この刀にあなたの汚い血を吸わせるのはやめてください。無論、それがお望みとあらば遠慮なくそうしますが」

 そこまで聞いて、男はようやく気を失うことを許された。
 崩れ落ちる男には目もくれず、長い刀を鞘に戻し、地面に置いていた荷物袋を持ち直して、女はようやく帰路についた。

*     *     *

「うわ~、それは災難だったわねナオミさん。なんだか悪いことしちゃったかなぁ」

 星屑の夜空亭に帰り着き、事の顛末を報告した女剣士――ナオミ・アンダーソンは、カレンのその言葉とカップに注がれた冷水で労われた。

「いえ、私だったからこの程度で済んだんですよ。戦う力を持たない一般市民ならそれこそどうなっていたか」
「だとしても、よ。ただのお使いに行かせたら危険な目に遭ったなんて笑い事じゃないわ」
「日課代わりの実戦訓練だと思えば腹も立ちませんよ。まあ運動した分お腹が空いてしまったので、朝食を頂けませんか。危険手当の分、おいしいのをお願いしますよ?」
「軍人さんにそう言ってもらえると助かるわ。せっかくナオミさんが買ってきてくれた食材だもの、腕によりをかけて作らせてもらうわね」

 逆に労われる形となったカレンが食材を手に厨房へと入るのを、ナオミは冷水を喉に流し込みながら見送った。

 冒険者ナオミ・アンダーソンが普段使用する武器は一般的な刀剣と比べて非常に長い「大太刀」に相当する刀だが、彼女は決して東方の「サムライ」ではない。
 まして剣士や戦士と称するのも間違いである。
 確かに彼女は戦いのために鍛えられた肉体を有しており、有事とあらば背中の刀を振るい、最前線にて人や妖魔を問わず斬り倒す。
 そういう生活が染みついているが、戦いそれ自体を求め戦いに生きる戦士ではなく、他者を守る志を掲げ重い鎧に身を包む騎士でもなく、誰かに雇われて戦場に身を投じる傭兵でもない。

 遠い北の国の軍隊に所属する「軍人」というのが、彼女に対する正確な肩書きだった。

 アンダーソン家は北方における交易商人の出であり、ナオミ自身はもちろん、彼女と双子の兄も両親も戦いに生きるような人格を有していない。
 決して裕福とは言えなかったが、父の商才のおかげで貧しい暮らしを送ることもなかった。
 何事も無ければ兄が家業を継ぎ、自身はその補佐に回る。そう、信じて疑わなかった。

 だが世の中というものはそんなささやかな願望を許さないようにできているらしい。

 アンダーソン家があるその国は、平民の上に貴族が多数存在し、その頂点に皇帝がいる、いわゆる貴族社会の国だった。
 農民のように土にまみれることなく、商人のように愛想笑いを浮かべることなく、汗をかかない、決して飢えない。ただ生まれたというだけで全ての人民の上に立つ――と勘違いした、魂まで選民思想に染まりきった人の姿をした何かが支配する国。
 貴族たちにとって平民とは須く貴族のために生き、搾取されるべき存在であり、人間と呼んではならない何かであった。

 ナオミの一家がそんな貴族たちの悪意を受けたのは、言ってしまえばただの偶然だった。
 とある大貴族の乗る馬車に母が誤って撥ねられ、母はそのまま即死した。
 一般的な社会であれば人を轢き殺した側が罪に問われるはずだったが、ナオミの国ではその逆の展開が当然のように待っていた。
 貴族の乗る馬車の前に飛び出し、あろうことかその身でもって馬車に傷をつけ、噴き出した血で馬車を汚したという罪で母親の方が大罪人として扱われ、その慰謝料としてアンダーソン家が所有する家以外の財産全てを没収されたのだ。
 無論、父はそれに抗議したが、父の方は「貴族の馬車に傷と汚れをつけた売女(ばいた)」を制御できなかった無能者と罵られた挙句、貴族に楯突いた反逆者として即決の裁判が行われ、その場で斬り殺された。

 残された兄妹の下に返された――と言うよりは処分するのももったいないという理由で突き返されたも同然だったが――両親の遺体は、2人の手でひっそりと埋葬された。
 家財道具が無くなり空っぽになった家と、お互い以外の全てを失った幼い兄妹は両親の墓の前で涙を流すことしかできなかった。
 だが兄の方は流れる涙を怒りの炎を燃やす燃料へと変えていた。

「力だ……。力が欲しい……。何ものにも邪魔されないだけの強大な力が欲しい。近所の悪ガキどもが邪魔をするならそいつらを凌ぐ力が。大人が邪魔をするなら大人を凌ぐ力が。貴族が邪魔をするなら、皇帝が邪魔をするならそいつらをも凌ぐ力が欲しい! ナオミ、僕と一緒に来い! 2人で力をつけ、奴らを叩き潰してやるんだ!」

 国を牛耳る貴族たちと皇帝を倒し、両親の仇を討つ!

 幼い兄妹は生まれて初めて、強さを求めた。

 何も無い状態ではどうすることもできなかったが、殺された両親は万が一を考えて財産の一部を隠してくれていた。
 その隠し財産を使い、冷静で知に優れた兄は魔術を学び、活発で力に優れた妹は剣を学んだ。
 身に着けたそれぞれの力をもって2人はその国の軍人になる。
 平民が権力を手に入れる最も手軽な方法が軍人となってのし上がる事だったからだ。
 同時期に軍に入った平民や貴族の子弟どもを優れた才覚で圧倒していった兄妹は、互いに武勲を重ね、いつしか軍の中でも高い地位につくことになった。
 2人が17歳になった時、兄ケン・アンダーソンは軍の中でも比較的少数の魔導兵部隊の一員として最高位から1歩手前の上級大将の地位を手に入れ、妹ナオミ・アンダーソンは歩兵部隊の一員として大佐の地位を手に入れた。
 無論、軍にとってこれは異例にもほどがある出世だったが……。

 ところがここで状況が大きく変わってしまう。
 2人がさらなる武勲を求めた矢先、国家間の情勢が落ち着き、大規模な戦いも小競り合いも無くなってしまった。
 そしてそれをきっかけに兄の方は自らの立場を固めることにしたのだが、妹の方はその兄から国外退去を命じられてしまったのだ。

「我々は確かにこの国でそれなりの地位を得た。だが戦いの無くなった今、さらにのし上がるには力だけでは足りない。もっと多くの知識や経験が必要だ。そこで私はこのまま残り自らの地位を守る。お前には他の国へ赴き、様々な事を学んでほしい。その知識や経験を持ち帰り、さらなる戦いに臨むのだ。……我々の目標のためにも、な」

 釈然としなかったナオミだが、上級大将閣下からの命令とあれば従わざるを得ないと、渋々国を出ることにした。

 そうして1年後、流れ着いたのが交易都市リューンであり、彼女はそこで現役の軍人でありながら冒険者として活動することになったのだ。

 本当ならば兄の補佐としてそのまま国に残りたかった。
 わざわざ他の国で何かを学ぶ必要など無かったはずなのだ。

 それがどういうわけか軍人とは程遠い冒険者なるものをやっている。
 この経験が一体何の役に立つというのだ。

 始めてしまった以上はある程度はやり通すつもりではいるが、先の見えないこの職業は可能であれば早めに見切りをつけたいところだ。

 カレンが作ってくれたベーコン入りのオムレツを頬張りながら、軍人ナオミ・アンダーソンは悩んでいた。

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勇将型
不心得者   誠実     冷静沈着
貪欲     秩序派    進取派
勤勉     上品     武骨
硬派     名誉こそ命

 軍人という名のパーティの戦士枠ナオミです。
 システムの数値的には「平均的な戦士」程度のステータスでしかありませんが、実は設定上はパーティでナンバー1の実力の持ち主となっております(数値でも表現したかったけどこれがなかなか難しくて……)。
 戦士枠ではありますが知力は一応上から2番目、軍事的なものに関しては誰よりも強い参謀としても活躍してもらいます。
 ただサムライじゃないのに覚えさせる予定のスキルは日本刀の技ばかりなんですよね……。
 演説か何かでも覚えさせようかなぁ……。
 ……ところで実を言うとこのナオミというキャラクター、私にカードワースを教えてくれた友人が使ってたキャラがモデルだったりするんですよね。
 魔術師の兄の存在とか、生まれ育った国の設定的なものとか、結構パクらせていただいてます。
 まあその友人とはここ10年近く連絡を取ってないというのもあって、承諾を得るのも難しい、ので、怒られるまではこのまま使わせてもらっちゃおうかなと思ってたりして……。

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PC2・エリオット

 紙とインクが織りなす独特のにおいが充満するその部屋に、備え付けられたガラス窓から光が差し込んでいく。

 眩しい太陽の光は部屋の中を照らし、舞い上がったかすかな埃の姿を容赦なく浮かび上がらせる。
 歩き回る誰かがいれば、舞い踊る埃たちはその数を増やしていただろうが、あいにくそこに歩き回る者はいない。

 特に誰かが厳命したわけではないがその部屋の中では騒音はご法度だ。
 だからこそ音らしい音は聞こえず、聞こえるとすれば本のページをめくる際の紙が擦れる音と、その紙の内容を確認する誰かの息遣いのみ。

 石造りの建物の中に組み込まれた書庫にいたのは1人の男だった。
 ページをめくる指はしなやかで細く、その指が付いた手も、手を支える腕も、腕を動かすための体も何もかも細い印象を与える。
 とはいえ、それは病的な細さというわけではなく、椅子の上で組まれた足や伸ばされた背筋の力強さが、彼が健康的な細さを有していることを伝えていた。

 見目麗しい男だった。世間一般にいる同年代の男性と比べれば白い肌、ドワーフの手によって生み出された視力矯正用具――眼鏡の奥から見える鋭い目、頭を覆う緑色がかった艶のある金髪。
 大勢の観客の前でピアノを奏でる楽士、あるいは社交界で貴婦人の相手をする高位の貴族や王族と、彼を知らぬ者は彼をそう評価するかもしれない。
 ガラスの張られた部屋で陽の光を浴びながら本を読むその姿は、彼という人物、その役職や地位をそう錯覚させるほどに美しい。
 だがいずれも彼を評価するのに相応しくない。

 ガラス窓を有するその部屋は、賢者の塔――古代文明や魔法の研究を専門とする魔術師学連という団体が所有する建物――に備えられた書庫の1つで、主に一般市民向けに公開を許された書物が納められていた。
 貴重・重要な魔術書の類は陽の光が入らない別の書庫にあり、それは光に当たることで劣化するのを防ぐための措置であり、また書物の扱い自体も厳格な決まりがあった。
 彼がピアニストや貴族と間違われかねないのは、読んでいるのが魔術書ではなく一般向けの歴史書であったからに過ぎない。
 読んでいたのが魔術書であれば彼に対する評価は一変したであろう。

 彼――エリオット・グライアスは魔術師だった。

 魔術師学連に所属する魔術師の1人として名を連ねるエミリア・グライアスの息子として生まれ、母親の扱う魔術という人為的な奇跡に惹かれ、自らも魔術師を志した青年。
 実用的な魔術としては基礎にあたる魔法の矢や眠りの雲を習得できる程度には研鑽を積み、魔術、雑学を問わず、知識の蒐集は決して怠らない。
 母に並ぶほどの魔術の才があるわけではなく、物事に対する理解度では天才と呼ばれるごく一部には及ばない彼は、言ってしまえば凡人だ。
 まして彼にはどうしても他人に及ぶことのできない理由があった。

 母エミリアが結婚してグライアスを名乗る前、彼女の旧姓はノーランドという。
 魔術師学連においてエミリア・グライアスのフルネームを知る者は少ないが、それ以前のエミリア・ノーランドを知る者は多く、そしてそれは決して良い意味ではない。
 エミリアは学連の中でも高位に属する魔術師ではあるが、その評価自体は高くない。
 学連の歴史に名が残る程の発見をしたわけでなく、論文といった記録や執筆の結果を残したわけでなく、まして後輩たちに遺せるような画期的な魔術を開発したわけでもない。
「破壊魔エミリア(エミリア・ザ・ブレイカー)」と呼ばれた彼女は――あくまでも学連からの指示を受けてのものではあるが――生物・非生物を問わず直接潰した標的の数によってその地位を手に入れたのだ。
 エミリアの通った後には雑草すら生えない、という評価はいささか誇張が過ぎたが……。

 そんなエミリアが結婚相手として選んだのは、町で雑貨商を営む変わり者のエルフ、フォスター・グライアスだった。
 手当たり次第に「ブッ壊す」だけが取り柄の彼女がなぜそんなのと結婚したのか――そもそもエミリアが結婚できたこと自体に驚きの声が上がったが――当の妻が馴れ初めを話さない以上、憶測が憶測を呼んだが、いつの間にかそうした混乱は忘れ去られ、2人の間に子供ができた。それがエリオットである。

 そう、エリオットはハーフエルフなのだ。
 ここに彼が魔術師として正当に評価されない理由がある。

 人間の力強さ、エルフの神々しさのどちらも持ち合わせない中途半端な忌み子にして、あの破壊魔エミリアの息子!
 それがエリオット・グライアスに対して下された評価。
 魔術師として、まして1人の存在としての評価は一切されなかった。

 とはいえ、そんな評価は彼自身の怒りを引き起こす程のものではなかった。
 ハーフエルフである以上、人間、エルフの双方から疎まれるのは世界の歴史上仕方がないとある程度は割り切ることはできたし、「破壊魔エミリアの息子」という立場は辟易するものではあったものの、彼に魔術を教えたのは当の母であり、何より彼女の扱う魔術の美しさを彼は尊敬していた。
 毎度毎度、色眼鏡で見られるのはさすがに鬱陶しいものではあったが、魔術師学連が保有する魔術書や一般向けの書籍が見せてくれる知識の数々は何よりも得難いものであるため、偏見の目を向けられる面倒臭さを我慢して彼は賢者の塔に入り浸っているのである。

「朝から精が出るわね」

 静寂の世界に浸っていた彼の精神に、突然ノイズが入った。
 金縁眼鏡越しにノイズの発生源を探ると、そこにはいかにも魔術師と呼ぶべき黒いローブに身を包んだ女が立っていた。
 長いウェーブのかかった金髪を乗せたその顔にエリオットは見覚えがあった。
 いや、正確には「見たことはある」程度の認識だった。
 片手に杖を持った自身と同年代であろうその女性については名前も種族も覚えておらず、どの程度の実力の持ち主なのかも知らない。
 彼が認識している事といえば、魔術師学連の所属で、どういうわけか自分にやたらと突っかかってくる高慢な女、それだけだった。

 女の姿を一瞥したエリオットは、手元の歴史書に再び目を落とす。
 続きの文字を追った瞬間、頭上から嘲るように鼻を鳴らす音が聞こえた。

「そんな歴史書なんか読んで楽しいの?」
「……本というものは実に良い」

 魔術師のくせに魔術書を読まず、一般市民に向けて編纂されたただの歴史書ごときを読み耽るなんて情けない。
 言外にそういう言葉が聞こえたが、エリオットはつとめてそれを無視した。

「ただ手に取り、その中身を開くだけで自分の知らない事を教えてくれる。無論、全ての書物がそうというわけではないがな」
「……そういう誰でも知ってるようなありきたりなものじゃなくて、もっと有意義なものを読めと言ったつもりなのだけれど?」
「あっちはあっちであらかた読んでしまったからな」
「へえ。じゃあ書庫にある魔術書の中身は全部記憶しちゃったってわけ?」
「いいや」
「……読んだのに覚えてないの?」
「さすがにあの量を全て記憶するのは無理がある。必要になった時に読み直すつもりだ」
「その必要になった時っていつのことよ」
「いつか、だな」
「ふん、それで今はどうでもいいのを読み耽っているってわけか。暇人ね、あんた」
「暇だからな」
「……チッ、とことん食えない奴ね。本当にむかつくわ」
「忌み子のハーフエルフなぞ食ったところで美味くはないと思うがね」

 そこまで言われて女は顔色と表情を目まぐるしく変えた。
 魔術師らしからぬ明るい緑のマントを羽織ったハーフエルフの若造に対し、嫌味の文句が浮かばなくなったからである。
 目の前の男は嫌味を言われたことに気づいていないのか、気づいていてなお適当にあしらっているのか――当然、後者だが――いずれにせよ女は口論でエリオットに敗北した。
 女としてはそのような事実など到底認める気になれなかったが。

「……大体あんた、こんな朝早くから何やってるのよ」
「見ての通りだが?」
「いや、そうじゃなくて、もっと他にやる事とかあるんじゃないの?」
「たまたま朝早くに目が覚めたから、とりあえず本でも読んで暇つぶししようと思っただけだ」
「……それは余裕のつもり?」
「何の話だ?」
「魔術師のくせに魔術に触れようとしないのはどうなのか、って言ってるのよ」
「今はその必要が無いだけだ」
「ふうん。偉大な母親がいるから好き勝手に暇つぶしをしていても大丈夫ってわけか」
「……何が言いたい」

 高慢な女の妄言を聞き流すという作業はエリオットにとっては造作もないことだったが、それでもさすがに限度というものがある。
 いい加減しつこく感じたのか、本から目を離したエリオットは眼鏡の奥から女を射抜くように睨みつける。

「魔術師らしく魔術書を読んで、その訓練を欠かさない。そうであればまだ良かったわ。高位の魔術師の息子は常に努力を怠らない。それならばこっちだって諦めもついたのに!」
「書庫内では静かにしろ」
「学連に入って、魔術師を名乗るようになったのはほぼ同時期。破壊魔エミリアの息子。中途半端なハーフエルフ。それだけのハンデを抱えていて、賢者の杖すら持てていないのに、あんたはあっさりと基礎的な魔術を修め、一方で私は魔法の矢を使いこなせるようになったのがつい最近。なのにあんたはこんなところで暇つぶしとばかりに遊び惚けてる」
「…………」
「私がどれだけの努力をしているか知ってる!? それこそ呪文の詠唱で血反吐を吐くほどよ! それなのにあんたはあっさりとその上を行く! ハーフエルフのくせに! たかが破壊魔エミリアの息子のくせに!」
「……何を言い出すかと思えば」

 それだけ言われてようやくエリオットは理解した。
 目の前のこの女は、自分と同時期に魔術師となり、自分とは違い純粋な人間で、自分とは違い色眼鏡で見られる事が無いくせに、魔術の扱いで上を行かれていることを僻んでいるだけなのだ。
 なるほど、道理でやたらと突っかかってくるわけだ。
 自分よりも強い存在が、自分を超える存在がたまらなく許せないだけだったのか。
 エリオットは自身と他人を比較したことなど無く、だからこそ誰かを妬むようなことなど無いのだが、どうやらこの女はそうではないらしかった。

 つい笑いがこぼれる。
 まさかそんなくだらない事のために自分はやっかみを受けていたのか!

「何を言い出すかと思えば、つまりはただの僻みか。傑作だな」
「何がおかしいのよ!」
「おかしいに決まってる。結局のところ、それは貴様が実力に欠け、なおかつ才能も無いということでしかないだろう。それならば私のことなど無視してひたすら魔術の研鑽に励めばいいものを、せっかくの貴重な時間を潰して私に文句を言いに来ていたのか。なるほど、その程度の力しか得られないわけだ」
「な、何ですって!?」
「貴様が言った言葉をそのまま返してやろう。こんなところで私を相手に無駄な時間を過ごす暇があるなら、もっと有意義な時間を過ごしたらどうだ。暇人の私を超えられるかもしれんぞ?」
「……ッ!」

 その言葉で女の中の何かが切れた。
 目の前のハーフエルフに自らの努力の結晶を叩き込まんと杖を向ける。
 魔法の矢は賢者の塔で学べる魔術の中では基本中の基本であり、汎用性の高い攻撃方法で、しかもその威力は初歩にしては高いときた。
 至近距離から放たれたならば防ぐ手段は無く、当たり所が悪ければ一撃で命を奪うことも可能だろう。

 だが女の杖から魔力の塊が放たれることはなかった。
 女が杖を標的に向けるよりも早く、標的の手から本が放たれたからだ。
 顔面に向かって高速で飛来する紙の塊は女の視界を塞ぎ、目元にやってきたその衝撃が女を怯ませる。
 その間に緑色のハーフエルフは立ち上がっており、右手の人差し指を女の眉間に突き付けていた。

「杖を向けるより指を向ける方が速い」
「く……!」
「言っておくが私はまだ詠唱をしていないぞ。この状態でどちらが速く魔法の矢を放てるか、勝負してみるか?」

 指を向けながらエリオットは眼鏡越しに女の様子を窺う。
 怒りで赤くなっていたはずの顔は今は青くなっていた。

 エリオットの提案に勝負の要素など無いに等しい。
 女の呪文詠唱がエリオットのそれよりも速ければ女が勝ってエリオットが負ける道理だ。
 冷静に考えればこの時点でまだ女は負けておらず、すぐさま呪文の詠唱を行い、目の前の男に魔法の矢を叩きつければいいのだが、エリオットの視線に射抜かれ、雰囲気に呑まれた女にその発想はできなかった。

「……フィールドワークと称して外に出たことはあるか?」
「……?」
「自分の魔術を使って、何かを殺したことはあるか? あるいは、何かしらの方法で命を脅かされたことはあるか? 生き残るために、命を懸けて戦ったことはあるか?」

 口には出さずにいずれの質問にも女は否と答えた。
 魔術師学連に所属してからというもの、ほとんどの時間を賢者の塔の中での座学に費やし、魔法の矢で狙うのは練習用にあてがわれた木製の的で、戦いなど経験したことは無い。

 そこまでを考えてエリオットと同格のはずの見習い魔術師の女は、自身がこの瞬間、完全に敗北したことを理解した。
 目の前の男の目は「何かを殺したことがある」目をしていたのだ。それは自分と同じ人間なのか、あるいは知能の低い虫か獣か、はたまたこちらの命を脅かさんとする化け物の類か。
 いずれにせよ、このハーフエルフの青年は、他者の命を奪うことに何の躊躇いも見せないのだろう。

 エリオットは魔術師学連に所属する魔術師でありながら、冒険者の宿「星屑の夜空亭」に所属する冒険者だった。
 賢者の塔で書物を読み、時には座学に参加し、時には母から魔術の手ほどきを受け、一方で冒険者として宿に持ち込まれる様々な依頼を受け、時に野山を駆け巡り、そして戦う。
 これはエリオットの両親が彼に対して示した道だった。
 研究者として賢者の塔に勤めていても「エミリアの息子のハーフエルフ」というレッテルが彼の将来の邪魔をする。
 それならばいっそ、命の危険はあるものの書物を読むだけではわからない経験をさせた方がいい。

 エリオットは確かに凡人だ。だがただの凡人にはできないような経験をしてきている。
 塔に籠っているだけの引きこもり共とは比べ物にならない強さを彼は持っていた。

「別にここで座学に励むことが悪いとは言わないが、少しは外に目を向けてみることだな」

 突きつけた指を下ろし、不幸にも人に向かって投げつけられた罪の無い歴史書を元の場所に戻しながら、エリオットは呆然と立ち尽くす魔術師の女に背を向けた。

 この騒動が表沙汰になれば、しばらくは静かに本を読むことができなくなるだろう。
 そう残念がりながら彼は太陽の下へと歩き出す。

 別に誰かといることが嫌ではなかったが、どちらかといえば1人でいる方が好きだ。

 知識を得ることは好きだ。
 魔術師になったのは母の影響、冒険者になったのは両親の勧め。
 正直なところ、冒険者になるのは面倒であったが、まだ見ぬ知識を得られる機会が増えることには魅力を感じていた。

 面倒事は嫌いだ。
 先の見習い魔術師の女のような存在がいるだけで、自身の平穏や未来が脅かされる。
 力ずくで排除しても構わないが、できれば避けて通りたいものだ。

 エリオット・グライアスとは、そういう魔術師なのだ。

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策士型
秀麗     都会育ち   不心得者
冷静沈着   貪欲     利己的
秩序派    神経質    過激
悲観的    勤勉     高慢
ひねくれ者

【初期所持スキル】
・魔法の矢…入手シナリオ・闘技都市ヴァンドール(レイ 様)
・眠りの雲…入手シナリオ・闘技都市ヴァンドール(レイ 様)

 パーティの魔術師枠エリオットです。
 魔術師といえば大体は冷静で、頭が良くて、パーティの頭脳を一手に引き受ける役どころですが、彼の場合は冷静で頭も良いけれどやたら攻撃的で決して頭脳とならない、変わった魔術師です。
 知力はパーティでダントツなんですが、彼の立場は「歩く事典」であり「参謀」ではありません。
 知識はあるけど知恵と応用が足りないキャラとして設定しちゃったので、参謀役は別のPCにお願いすることになります。
 習得予定のスキルも特定の属性にはこだわらず、色んなものを覚えさせて、シナリオに応じて持っていくものを選ぶ、という風にしようと思います。
 ところで最初に覚えた魔法の矢と眠りの雲がなぜ闘技都市ヴァンドールのものなのかですが、……初めてカードワースに触れて、初めて使用時イベントによる詠唱を見たのがこれだったので、思い入れがあるからなんです。

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Author:GM屋
しがないカードワースのリプレイ書き。とある所でTRPGのプレイヤー&ゲームマスターもしております。
画像が無いのはご勘弁。

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